第158話…運命の日
「本当に行くのか?」
『木漏れ日亭』の店主は身重の妻を心配し声をかけた。
「ルオナヴェーラ氏族は、もう誰も残っていないんだ。
数少ない同族の知り合いとして結婚式に参加してやりたいじゃないか」
妻、リィーリ・セラフィ・ユリリネストの言い分も理解出来る。
今日、これから参加する結婚式の新婦と妻は同じ森妖精。
そして新婦である『天弓』シシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラの氏族は20年前の魔族災害で全滅している。
20年を世捨て人のように過ごしていたシシリィに、リィーリ以外の森妖精の知り合いは居ない。
だから結婚式に参加してやりたい、という妻の言い分は分かるのだが…
店主は、数十年望み続け、やっと授かった子供を宿した妻の腹部を見る。
身重の妻に何かあったなら…お腹の子に何かあったなら…
その不安が消えないのは心配し過ぎだろうか?
「少しでも体調が悪くなったなら直ぐに帰る。
それでいいだろう?」
「ああ、そうだな。
馬車を呼んでくる」
新郎クラージュも新婦シシリィも『木漏れ日亭』を拠点にする冒険者であり、店主と交友がある。
店主としても2人を祝福してやりたい気持ちはある。
だから店主は、一抹の不安を抱きながらも妻の出席を認めた。
だが…
残念な事に、その不安は最悪な形で当たっていたのだった。
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Aランク冒険者『深緑の賢者』リィーリ・セラフィ・ユリリネスト。
多くの依頼を達成し、多くの事件を解決してきた優秀な冒険者。
しかし、それは同時に様々な恨みを買っているという事でもあった。
冒険者として名が知られているが故に、リィーリが冒険者を休業している事、休業理由が妊娠である事は知られていた。
そして子供を妊娠している状態が、女性として最も外敵に弱い状態である事は疑い無い事実なのだ。
「今日こそ、あの森妖精への恨みを晴らす時」
結婚式に向かうリィーリの乗った馬車を待ち伏せする10人程の覆面を身につけた一団。
それはリィーリに壊滅させられた犯罪組織の残党たち。
「でも兄貴…あの化け物みたいに強い女を俺たちだけで殺れるんですかい?」
「多分、無理ですぅ」
「手は考えてるさ」
Aランク冒険者リィーリの実力を知る弟分の心配に兄貴分はポケットから大きな水晶を取り出して見せる。
「コイツは、ぶつけると派手に爆発する魔法の水晶だ」
「そうなのですぅ?」
「あの森妖精は爆発に耐えれても、あいつの腹の中の子供はどうかな?」
「それは大変ですぅ」
確かにAランク冒険者であるリィーリなら爆発に耐えれても、お腹の子供が耐えられるわけは無い。
「アイツから、女として、母親として、一番大事なものを奪ってやる。
そうすれば、アイツも俺たちの恨みの深さを知るだろうさ」
「やれやれですぅ」
犯罪組織の残党の男たちは、我が子を失い苦しむリィーリを想像して邪悪な笑みを浮かべる。
彼らには、不意打ちでもAランク冒険者に勝つ実力は無い。
それでもリィーリ・セラフィ・ユリリネストに一生消えない苦しみを与える事は出来る。
通りを伺う兄貴分の眼にリィーリが乗った馬車が見えてきた。
「よし、準備しろ」
兄貴分の命令に答える弟分たちの返事は無い。
「おい!準備しろって言ってるだろ!」
兄貴分は、返事をしない弟分たちがいるはずの背後に振り向く。
「なっ?!」
振り向いた先では…
「これ売れるですぅ?」
「売っても二束三文ですぅ」
弟分たちが全員気絶させられた上に身ぐるみ剥がされていた。
弟分たちの衣服どころか下着まで剥ぎ取り、奪った物を風呂敷に詰め込んでいるのは、小さなぬいぐるみ達。
「な…ななな…なんだコイツら…」
状況を理解出来ず立ち尽くす兄貴分。
兄貴分の目の前の銀色の狼のぬいぐるみの口からシュルシュルと舌が伸びてきて爆発する魔法の水晶を奪い取る。
そして水晶は銀狼のぬいぐるみの口の中に消えた。
「あの森の娘のお腹の子供は、ウチの姉御が守護ってるんですぅ。
それに手を出そうなんて、舐めた真似をしてくれたのですぅ」
リィーリを狙っていた犯罪組織残党は人知れず壊滅した。
リィーリ・セラフィ・ユリリネストがマシロンから貰った。
『阿穂之古神社・安産御守』
その小さな御守りに魔法的な効果など無い、霊的な効果も無い。
ただ物理的暴力を持って、子供が無事産まれるまで守る『安産御守(物理)』である。
冥府の六畳間に居る阿穂之古狛白神から指令を受けた59匹のマシロン達はリィーリ・セラフィ・ユリリネストが無事に出産するまで守り続けるだろう。
「これを故買屋に売ってからご飯を食べに行くのですぅ」
そんな事を言いつつ倒した犯罪組織残党たちの身体に『負け犬』と落書きして、59匹のぬいぐるみは身ぐるみ剥いだ戦利品を手に立ち去っていった。
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結婚式会場。
新郎控え室。
「お前が結婚か…
それで冒険者は続けるのか?」
新郎クラージュを祝福に来たのは『獅子面』の二つ名で呼ばれる若手最強の戦士ラルフ・アッド。
「冒険者ね、辞めたいのが本音だけど、今のアシュールは冒険者不足だからね。
僕のお嫁さん…」
『お嫁さん』と口にしてクラージュの顔が、だらしなく緩む。
そして咳払いして話を続ける。
「僕のお嫁さんにもリィーリさんが現役復帰して欲しいって言ってきてるし、簡単には辞められないかもね」
「どちらにしても結婚式の後は、新婚旅行とやらに行くんだろ?」
「しばらくアシュールから離れるからラルフ達の仕事は増えるかもね」
そんな話をラルフとしていると扉がノックされた。
「俺は、そろそろ会場の方に行くよ」
「ああ、また後でな」
ラルフは立ち去り、扉が開いて招待したけれど来ないと思っていた招待客が来てくれた。
「「「「……」」」」
祝福に来てくれたはずの『闇の後宮』の4人の美少女。
本物の後宮のようにクラージュと肉体関係がある4人。
「来てくれて、ありがとう」
クラージュは、祝福する気は無いとばかりに参列客風の正装ではなく、これから冒険に行くような武装した姿の4人に頭を下げた。
「ところで…」
クラージュは4人が持ってきた大きな麻袋に疑問の視線を向けた。
「その袋…何?」
その疑問に、4人の眼がギラリと光った。
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新婦控え室。
大きな鏡の前に座る新婦が美しいのは、純白のドレスだからでも彼女が美形が多い森妖精だからでも無いだろう。
これから幸せな結婚式をあげる新婦。
だから彼女は美しいのだ。
「おめでとう『天弓』」
「ありがとう『深緑』」
普段は顔を会わせたなら口喧嘩を始めるシシリィとリィーリが、今日だけは笑顔で会話する。
「身体の方は大丈夫かしら?」
リィーリの腹部は、まだ目立つほど大きくなっていないが、そこに目を向けシシリィは心配する。
「直ぐに『天弓』も、この大変さを理解するよ」
「そうね、そうだと良いわね」
繁殖力が弱い森妖精。
そして2人とも夫は異種族である人間。
子供が出来る可能性は低い。
だからこそシシリィはリィーリを心配し、リィーリはシシリィにも子供が出来る事を願う。
顔を会わせたら喧嘩ばかりしてきた。
最初に仲違いした理由なんて、2人とも覚えていないくらい昔から喧嘩ばかりしてきた。
それでも今日だけは休戦して相手を祝福する。
そんな穏やかな雰囲気の新婦控え室に、新郎控え室に挨拶に行っていた店主がやって来た。
「小僧…いや新郎の姿が控え室に無かったぞ」
その一言に、Sランク冒険者の勘が全力で警鐘を鳴らし始める。
「待て『天弓』!!」
リィーリの制止を無視してシシリィはウェディングドレスのまま結婚式場から飛び出した。
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1台の馬車が城塞都市アシュールの門を抜けて街道を疾駆する。
「よし!城門を抜けた!」
馬車の屋根付き荷台の上から遠ざかって行くアシュールの城壁を見たゲルタは安堵の息を漏らす。
「んーっ!んーっ!」
荷台に固定された大きな麻袋が暴れ、中から呻き声が聞こえる。
「ここまで逃げれば、あのド貧乳も追って来れないよね」
麻袋を押さえつけながらエリが言う。
「偉大なるスィーラスーズよ!感謝いたします!」
ルゥが女神に作戦の成功を感謝する。
しかし、彼女たちの幸運は、ここまでだった。
ドドドドドドドドドドドドーッ!!
「何だアレは?!」
ゲルタが示す方向には派手な土煙が上がっている。
まるで何か凶暴な魔物が全力で突進してくるような土煙が上がっていた!
「えっ?アレって、まさか…」
「嘘ですよね?」
思わず呆然と呟くエリとルゥ。
土煙の正体に気づいたゲルタが御者席のドロレスに叫ぶ。
「スピードを上げろ!全速力だ!」
「もうギリギリの速度よ!」
叫び返しながらドロレスは馬に鞭を入れ限界以上の速さで走らせる。
ドドドドドドドドドドドドーッ!!
だが土煙は馬車より速いスピードで迫ってきた。
「んーっ!んーっ!」
麻袋の口から猿轡をされたクラージュが顔を出した。
それが見えたのか土煙は、さらに速度を上げる。
「よくも…よくも私のクラージュをーっ!!」
土煙の正体はウェディングドレス姿で追撃してくるシシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラ!
「絶対に許さないわーっ!!」
口から火炎を吐かんばかりに叫び追ってくるシシリィ。
「「ヒィィィーッ!」」
ルゥとエリが恐怖で抱き合い。
「火…火の精霊よ!」
ゲルタの炎の槍の魔法はシシリィの手前で消滅する。
「シシリィーッ!助けてーっ!」
猿轡がほどけたらしいクラージュが助けを叫び。
「あの若作り女、どこに消えた?!」
「ええっ?」
「消えました…ね?」
ゲルタ、エリ、ルゥがシシリィの姿を見失った。
次の瞬間!
ドーンっと屋根から派手な音がして馬車が揺れた。
「まさか屋根に?!」
「えっ?嘘でしょ?」
「かなり距離がありましたよね?」
一足飛びで届く距離では無かったはずだ。
無かったはずだが…
ドーン!
再び派手な音がして、屋根に飛び移っていたシシリィの掌底が馬車の天井を突き破ってくる。
「化け物めー!」
「あり得ないでしょー!」
「偉大なるスィーラスーズよ!我々をお助け下さい!出来れば!今すぐにー!」
叫ぶ3人の声も虚しく。
「きゃあああーっ!馬がーっ!!」
ドロレスが操作を誤り、馬車は見事に横転した。
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「「ヒィィィーッ!!」」
再びエリとルゥが抱き合い恐怖に震える。
横転した馬車の屋根から飛び下りた怪物が、ズシン!ズシン!と大型巨人族のような足音をさせて迫ってきた。
「殺す…殺して…やる…」
全身から濃密な殺気を放ち迫りくる怪物シシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラ。
武器など持たず、服装はウェディングドレス。
それでも怒り狂った怪物は『闇の後宮』の4人を簡単に皆殺しにするだろう。
ガタガタと死の恐怖に震える4人の美少女。
4人は助かる方法を考える。
しかし、愛する新郎を誘拐され結婚式をブチ壊された怪物が彼女たちを許す事などあり得ないだろう。
「どうすれば…どうすれば…」
「「「ヒィィィーッ!!!」」」
ゲルタは必死で考え、今度はドロレスも加えたエリとルゥは抱き合って震えていた。
ズシン!ズシン!
足音は迫る。
ゲルタは横転した馬車内を見回し助かる方法を探す。
麻袋から頭だけ出したクラージュ。
抱き合い震えるエリ、ルゥ、ドロレス。
そして天恵のようなアイデアがゲルタに浮かんだ。
「待て!こっちにはエリが居る!」
ゲルタの叫びの意味は誰も理解出来ずシシリィは迫る。
「エリは半吸血鬼だ!
エリならクラージュを吸血鬼化できる!!」
シシリィは怒りで爛々と眼を光らせ迫る。
「クラージュが吸血鬼になれば、何百年後でもクラージュと一緒に居られるぞ!」
遂にシシリィは馬車に辿り着き、ゲルタの肩を掴んだ!
そしてシシリィは言った。
「その話…詳しく!!」
「「「えっ?」」」
驚く一同。
「クラージュと何百年でも一緒に居られるんでしょう?」
シシリィは迫りゲルタはガクガクと首を縦に振る。
そしてクラージュは叫んだ!
「ちょっと待ってシシリィ!!
僕は吸血鬼になるなんて嫌だよ!!」
そんなクラージュに、シシリィは飛びっきりの笑顔を向けた。
「ねぇ、クラージュ…」
ただし、その瞳は欲望に濁っていた。
シシリィはクラージュの肩を掴み懇願する。
「クラージュ!お願い!500年だけ!500年だけだから!!」
握り潰さんばかりに自分の肩を掴む愛する花嫁。
その姿に底知れぬ恐怖を感じ…
「吸血鬼になるなんて嫌ーっ!!」
クラージュは絶叫した。
クラージュは知らなかった。
この日、彼の運命が決まってしまったのだと。
後に『魔王』と呼ばれる運命が決まってしまったのだと。




