最終話…魔王
アシュール公爵領ベルメル。
アシュール公爵家の分家であるベルメル子爵家が統治する一帯に深い森がある。
『魔王の森』
いつの頃からか、そう呼ばれるようになった森には、恐ろしい『魔王』が住む城があるのだと言う。
Aランク冒険者『聖騎士』リチャード・ゴールドン率いる一党『極光騎士団』のメンバー6人が森の中を進んでいた。
「今日こそ『魔王』を倒し、この地に平和をもたらすのだ」
そう決意し進む、聖騎士リチャード。
この森周辺は『魔王』のもたらす災厄によって苦しめられている。
何年もの間、天候不順が続き作物の収穫量は減り。
近隣の村々から若い女は姿を消した。
街道には野盗や山賊が横行し治安は乱れに乱れている。
それらは全て『魔王クラージュ』の仕業だ。
『魔王クラージュ』
その正体は謎に包まれている。
噂では、200年前にイシュリス王国に魔族災害を引き起こした上位魔族とも、邪神たる復讐の女神スィーラスーズの眷属神の1柱とも言われるが…
『魔王クラージュ』の姿を見て生きて帰った者は居ないため正体は判明していない。
何人もの英雄、豪傑が『魔王の森』に『魔王』討伐に乗り込みながら『魔王』の姿すら見れないのには理由がある。
それは…
「むむっ!」
聖騎士リチャードの足元に1本の矢が突き刺さる。
それは『魔王の森』より立ち去れという警告だろう。
「あれが『魔王クラージュ』の妃の1人『妖魔王の娘』か」
聖騎士リチャードは魔法の盾を構え仲間たちを散会させる。
遠くに見えるのは山羊を模した不気味な兜で顔を隠した黒衣の女。
弓を構える女は、噂に聞く『魔王クラージュ』の3人の妃の1人である闇妖精『妖魔王の娘』だろう。
邪神スィーラスーズの大司教である人狼『月光の銀狼』
何千年も生きているという半吸血鬼『闇夜の剣姫』
そして、闇妖精の英雄『妖魔王』が『魔王』と縁戚を結ぶために嫁がせたという『妖魔王の娘』
圧倒的な力を持つ3人の妃に守られた『魔王クラージュ』には誰も近づけない。
『魔王』の正体が謎なのは『魔王』討伐を志し森に向かった者たちは、ことごとく3人の妃により倒されてきたから。
「だが!この聖なる鎧に矢など効かぬぞ!!」
法典神の聖職者たちにより強力な守りの力を付与された聖なる鎧。
聖騎士リチャードは大鬼の怪力で振るわれた戦斧でさえ掠り傷1つ付かなかった聖なる鎧の防御力を信頼し、黒衣の女を見据えて走り出す!
矢など何十本射掛けられても傷1つ負う事など無いのだ。
そして、聖剣の間合いまで距離を摘めたなら聖騎士リチャードの剣技に勝てる者など居るはずが無い。
そのはずだった。
だが…
「あっ?」
傷1つ負わぬはずの聖騎士リチャードは激痛を感じた。
それは兜の視界を確保するスリットを正確に射貫いた1本の矢がもたらした激痛。
右目を射貫かれた聖騎士リチャードは倒れ…
「リチャード殿が殺られたーっ!!」
「逃げろ…いや転進だ!転進するぞー!」
聖騎士リチャードの仲間たちが我先に逃げ出して行く。
それを見届けた黒衣の女は、その場から立ち去った。
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『魔王の城』なんて呼び方は大げさ過ぎるだろう。
下級貴族の別荘程度の大きさの館。
地下室が広い以外は、まあ下級貴族の別荘と大差ない館。
地下室へ向かう階段を下りながら黒衣の女は山羊を模した兜を脱ぐ。
下から出てきた顔は闇妖精ではなく森妖精の美貌。
「何でも悪い事をクラージュのせいにするのは止めて欲しいものね」
魔王(?)クラージュの第一婦人シシリィ・アナスタージア・ルオナヴェーラは1人愚痴る。
近年の天候不順に文句があるなら、クラージュではなく天候神の神殿に言いに行けばいいだろう。
クラージュに天気を操る力なんて無いのだから。
近隣の村々から若い娘が姿を消したのは、天候不順で作物の出来が悪く生活に困った村人たちが娘を奴隷商人に売った結果。
治安が悪化して野盗や山賊が増えたのも生活苦で犯罪に走る者が現れたからだろう。
「悪いのはクラージュではなく領主よね」
その領主ベルメル子爵が、200年前のアシュール公爵家令嬢ベアトリスにクラージュが産ませた息子の子孫なわけだが…
「今度、クラリィに、ちゃんと領主の教育をするよう言うべきね」
シシリィの1人娘、半妖精のクラリィは、異母弟であるベアトリスの息子を溺愛して200年も子孫であるベルメル子爵家の当主の側に仕えている。
「あの娘の変な溺愛っぷりは誰に似たのかしら…」
シシリィはタメ息を吐くが、他人から見たなら両親の悪い部分が見事に遺伝しただけだろう。
「子供と言えば…」
シシリィは先日ゲルタの息子が館を訪ねて来た事を思い出す。
『妖魔王』の子孫だけあって才能の塊のような闇妖精の息子。
シシリィも弓術を教えた弟子と呼べる相手で、20歳にも成らない内に全盛時のシシリィの技量を追い越し絶技『天弓』まで身につけた天才。
「10歳の息子に剣術で負けたクラージュがショックで三日三晩寝込んだのよね」
実の娘がクラージュに似て弓術の才能が全く無かった事から、シシリィの技を受け継ぐ唯一の教え子。
今は、祖先である『妖魔王』の下で魔法の修行をしているのだが…
「『糞爺が、他の氏族の族王の娘たちとの結婚を薦めてきて魔法の修行をしてるか婚活してるか分からない』って愚痴ってたわね」
女にモテるのと女難は父親譲りなのだろう、とシシリィは笑う。
半吸血鬼のエリは、自分と同じ苦労を子供にさせたくない、と子供は作らず。
ドロレスには子供は出来なかった。
そして…
階段を登ってくる銀色の子狼たち。
小さな子狼たちは今年ルゥが産んだ子供だろう。
シシリィを見つけた子狼たちはシシリィに遊んで貰おうと駆けてくる。
足元にジャレつく子狼たちをどうしようかとシシリィが悩んでいると、大きな子狼たちが駆けてきてシシリィの足元の子狼を咥え一礼して去って行った。
今の大きな子狼は昨年ルゥが産んだ子供だろう。
「あの雌狼は何匹子供を産むつもりかしら?」
ルゥの子供が何匹いるのかシシリィは知らない。
父親のクラージュすら知らない。
とにかく気づけばポンポン産んでいるのだ。
子狼が、ある程度大きくなると邪悪な59匹のぬいぐるみが迎えに来て何処かに連れて行く。
「そもそも人狼の寿命は人間と差が無かったはずだけど」
ルゥが歳を取った様子は無い。
銀狼・人狼が異常なのか?
でも昔シシリィが出会った銀狼は老狼だったはずだ。
「あの邪神の眷属神の力かしら?」
ルゥが不老な理由は謎である。
そんな事を考えながら階段を降りて行くと目的の部屋の大扉が見えてきた。
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大扉を開くと中身は広い空間。
エリが『魔王の謁見の間』とか言って冗談で用意した調度品が並んだ大部屋は、確かに謁見の間に見えない事もない。
その玉座と呼べる位置にある揺り椅子
そこに座り眠るのは、この館の主。
すなわち魔王(?)
シシリィは揺り椅子で眠る愛しい相手を見つめ近づいて行く。
眠るのは200年近く前に下位吸血鬼に成ったクラージュ。
昼間は強い睡魔に襲われる下位吸血鬼のクラージュは、昼間に起きる事は稀なのだが。
「うっ…シシリィ…?」
クラージュは珍しく眼を覚ます。
シシリィはクラージュが昼間に眼を覚ました理由を察すると、ゆっくりと焦らすように服を脱ぎ始めた。
200年近い時が過ぎても人の血を吸う事に躊躇があるクラージュは極端に少食であり、お腹を空かせて眼を覚ましたのだろう。
「シシリィ…」
吸血鬼は性的興奮でも吸血したくなる。
200年経ってもシシリィの裸体に興奮するクラージュは激しい吸血衝動にも襲われているはずだ。
クラージュの瞳が紅く輝き口から牙が伸びる。
それを確認したシシリィはクラージュの膝の上に座り首筋を差し出すように抱きついた。
吸血衝動に耐えられなくなったクラージュがシシリィの首筋に牙を立て血を啜る。
「ふふ…可愛い…」
その様にシシリィは娘が自分の乳を吸っていた時の事を思い出した。
「珍しいな、クラージュが起きていたのか」
シシリィが迎撃した冒険者に別動隊が居る可能性を考え偵察に出ていたゲルタが戻ってきた。
「クラージュ、起きたの?」
地下室の奥の闇から姿を表すのは半吸血鬼のエリ。
「そうやってクラージュを甘やかすから偏食が治らないんですよ」
エリの隣で、欠伸をしているドロレス。
クラージュと同じ下位吸血鬼で、館の下働きをさせている人間の奴隷たちの血を吸うドロレスは、奴隷の血を吸わずシシリィの血ばかり吸うクラージュを矯正したいようだ。
「くぅーん」
最後に銀狼ルゥが姿を表す。
「「「……」」」
その姿に全員が眉をひそめる。
何故なら銀狼のお腹が不自然に膨らんでいたからだ。
「お前は何匹産むつもりだー!」
代表して突っ込むゲルタを無視した銀狼ルゥはクラージュの足元で寝転がると欠伸をした。
もはや昼間でも狼形態を維持出来るルゥ。
クラージュの足元で昼寝する姿は、愛玩動物にしか見えないだろう。
そんな女性たちに微笑むクラージュ。
「みんな…」
お腹を満たしたクラージュは再び強い睡魔に襲われ寝息を立て始めた。
「お休み、クラージュ」
シシリィは眠ったクラージュの頭を優しく撫で、その寝顔を幸せそうに見ていた。
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ここは貴方の『闇の後宮』
愛し合いましょう…
時の終わりまで…




