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「お兄様、お義姉様! おめでとう!」
「とてもお綺麗でした!」
その日、ヴィノーチェ家は祝い事に湧いていた。ノアとヘレンがついに結婚式を挙げたためだ。本来、貴族の結婚式ともなれば婚約してから数年後に結婚式、というのが通常である。だが、先代エルサの容態の関係で異例の早さで式を挙げたのだ。
「ありがとう」
「お義姉様、お姫様みたいでとても素敵!」
「ターニャもいつか着ることになるのよ?」
「私も…そっかぁ、私も、いつか着るのよね…!」
「姉さま、今は妄想に浸らないで」
「もう、もう! エメリオはちっとも私に優しくないのね! それに妄想なんて言わないで!」
変わらない二人に、ヘレンはくすりと笑みを零し、空を仰ぎ見る。
深い青をした空は、どこまでも澄んでいた。冬になる前に挙げることになった式は、まるで天からも祝福されているようにすら感じる。
「ノア、ヘレン。とてもいい式だった…本当におめでとう」
「母上」
「お義母様!」
すると、車いすに座ったエルサがトンクスに押されながらやって来る。以前にもまして顔色は悪く、痩せたというよりもやつれてしまっていたが、表情は晴れやかだった。
「うっ…うっ…あ、あんなにお小さかったノア様が…こんなにご立派に…!!」
車いすを押しているトンクスは、手巾を片手に涙をぼろぼろと零している。
「涙脆くなったなぁ、トンクス」
「エルサ様だって、先ほど泣いておられたでしょう…!」
「あぁ…年を取ると、どうも涙脆くなっていけないね」
そういうエルサの目元は、確かに少し赤くなっていた。
「お義母様、寒くはありませんか? ご無理はされて…」
「大丈夫だよ、ヘレン。私だってそこまで柔じゃないよ」
ヘレンが心配そうに声をかけると、エルサはからからと笑いながら言った。しかしエルサの言葉をいまいち信用できないノアとヘレンは、すぐに屋敷の中に入ろうと声をかける。
本来ノアほどの立場の人間の結婚式ともなれば盛大に開かれるのだが、エルサの容態のこともありヴィノーチェ家の屋敷で、知人だけを呼んだものとなったのだ。
「ヘレン嬢、いつも可愛らしいけど、今日は女神のように美しいね」
「ミーシャさん!」
すると、背後から警備をしてくれていたミーシャが声をかけてくる。その傍にはゼニアもいた。
「本当に。とてもお綺麗です、ヘレン嬢」
「お二人とも、今日はありがとう。忙しいのに…」
「いいえ、ヘレン嬢のこんな美しい姿を見られるのであれば、全く問題ありませんよ」
ミーシャは流れるようにヘレンの手を取り、その甲に口づけを落とそうとする。が、それをノアがすぐさま阻んだ。
「…ノア様?」
「ミーシャ、息を吸うように妻を誘惑しようとするのは止めてくれ…」
「あはは、そんなことしていませんよ…?」
にやりと笑うミーシャに、ノアはため息をついた。
「とりあえず屋敷に入ろう。母上のお身体にもこの寒さは良くない」
「はい、ノア様」
ヘレンは二人のやり取りを戸惑いながらも見つつ、ノアの指示に従った。エルサとトンクス、そしてターニャたちは既に屋敷へと向かっている。
ノアはヘレンに向かって腕を差し出した。
「―――おいで」
「っ…はい…」
ノアは、蕩けるような視線でヘレンをエスコートする。その視線のあまりの甘さに、ヘレンは一瞬で頬を赤くしながらもノアの腕に自身の腕を絡めた。
そんな二人を背後から見ていたミーシャに、いつの間にやらやってきたマーカスが声をかけた。
「ミーシャ、新婚早々奪おうとするんじゃないぞ」
「そんなことしていませんよ」
「どうだか……ヘレン嬢…いや、ヴィノーチェ夫人はお前の好みど真ん中だからなぁ…」
「あ、隊長も気づいていました?」
「ゼニア…当り前だろう。俺は隊長なんだぞ?」
「いや、普通隊長でも気づきませんよ」
「マーカスは変態ですからね」
「おい!? そういうのヤメロ!? お前が変なことを言うと、新人どもが信じるだろうが!?」
「人徳の差ですね」
ミーシャはその美貌に憂いを含ませながら甘く吐息する。どうみても恋をしているようにしか見えない。そんなミーシャに、マーカスはひくりと頬を引きつらせた。
「おいおい、まじで本気になるなよ? 俺は血の雨なんぞ見たくないぞ?」
「失礼ですね、流石脳筋」
「お前も大概な!?」
軽い掛け合いをする二人に、ゼニアはなんだかんだ言って仲がいいんだよなぁ、と一人考えていた。
「まぁ、脳筋は放っておいて…ですが、ヘレン嬢が泣くようなことがあれば…ね?」
「ね、じゃねーよ! ノア様がそんなことをすると思ってんのか!?」
「わかりませんよ? でも男女とはそういうこともあるものでしょう? それでしたら私が守ってあげたほうが…」
「ヤ・メ・ロ!! 公爵夫人をたぶらかそうとするんじゃないぞ!?」
「はぁ…そんなことするはずないでしょう? 馬鹿なんですか?」
「お前がそれを言うな!」
必死になるマーカスを、ミーシャはからかっているのだろうと思う。実際にミーシャがヘレンをたぶらかそうとするはずはないだろう。ミーシャはいつだって女性の為になることしかしないのだから。
ただ、もしヘレンがノアの所為で苦しみ、泣くようなことがあればどうなるかは保証できない。ゼニアに出来ることと言えば、ノアにそれとなくそのことを伝えることだろう。
「さぁ、お二人とも。そろそろいい加減になさってください」
「あぁ、ゼニア。待たせてしまって申し訳ないね。マーカス、少しは落ち着いたらどうだい?」
「お前……!!」
ゼニアの一声に、ミーシャが颯爽と歩き出す。あくまでも警護の為に来ているのだ。守るべき人たちの傍にいなくてはならない。
「はぁ……」
先を行くミーシャの背中を見ながらマーカスが深いため息をつく。その姿に、ゼニアは少しだけ同情をした。ミーシャがマーカスをいじるのは、あくまでも親愛的なものと、あとは事務処理の恨みがあってのもだということをゼニアは知っている。
それに、基本的に誰にでも一線を引くミーシャが気兼ねなく接しているのは異性ではマーカスだけなのだ。だからと言って、親愛以上の感情を持っているわけではないことも理解している。
「ゼニア、おいで」
どうしてミーシャが、同性しか愛せないのかをゼニアは知らない。ただ、知り合った当初から、彼女はそれを隠さずに生きている。きっと、生きづらいだろうに。
だが、その姿はとても綺麗だと、ゼニアは思う。きっと、かつてミーシャと関係を持った人たちも、そうだったのかもしれない。
「今行きます」
叶うならば、ミーシャが生涯の相手を見つけてくれるようにと祈る。自分では、なれない。どんなに自分が彼女を尊敬し、敬愛していても、それ以上になれない。
いつか、自分も誰かと添い遂げることになるのだろう。それが異性なのか同性なのか、わからない。だが、ゼニアはミーシャという人と知り合い、そして一時でも共にあれたことを一生誇るだろう。
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「本当にいいお式でしたわぁ」
「ありがとう、イリーヌ」
「もう、ノア様もノーサツ、でしたわよ?」
「そ、そうかしら…?」
屋敷での食事会を終えた後、ヘレンは先に部屋へと戻っていた。ずっとドレスで締め付けられていたため、体ががちがちだ。疲労も相まってか、酷く眠気がある。
「あらあら、ヘレン様、眠っては駄目ですわよぉ?」
「は…い…」
軽食を食べ、全身をマッサージされてしまえば眠気は最高潮にもなるというもの。しかしイリーヌは眠らせないようにあの手この手でヘレンを起こした。
しかし、とろとろとした睡魔が、ヘレンを襲う。
「まぁまぁ…でも仕方ありませんわぁ…とてもお疲れですわよね…」
「ぅ…」
かくりかくり、と首が揺れる。
「ですが、今日だけは駄目なんですのぉ…ということで」
夢うつつにいるヘレンの耳に、きゅぽ、と何かが開けられる音が響く。そして次の瞬間。
「~~~!?」
「あ、よかった、起きられましたぁ?」
「な、なに、これ!?」
ヘレンの鼻に、今まで嗅いだことのない刺激臭が届けられた。つん、としたそれのせいで、ヘレンは涙目になる。
「気付薬ですわぁ…ちょっと刺激が強すぎたみたいですわね…申し訳ありません…」
「!? な、なんでっ…」
申し訳なさそうにするイリーヌを、ヘレンは涙目で見やる。
「本当に申し訳ありません…ですが、初夜ですから…」
「!」
睡魔に襲われてつい忘れていたが、そうだった。今日はノアとの初夜なのだ。そのことを思い出し、ヘレンは顔を真っ赤にした。そして鏡の前に映った自分を見て、悲鳴にならない悲鳴を上げる。
そこには、いつになく薄い生地で出来たネグリジェを着ている自分がいたのだ。
「こ、これっ…!?」
「はい、エルサ様と一緒に選んだんですぅ」
「え、エルサ様と…!?」
義母に選ばれたことに喜べばいいのか、それとも今夜のことを期待されていることに慄けばいいのか、ヘレンは混乱した。
どうしていいのか分からず、戸惑いを見せるヘレンにイリーヌは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「さぁさぁ、もう少しで準備が終わりますからねぇ」
「え、あの」
「ちょーっとだけお化粧をしましょうねぇ、大丈夫ですわぁ、ヘレン様。これならノア様も…うふふ」
「これなら!?」
ヘレンを襲っていた睡魔は一瞬で霧散し、今は羞恥から顔を真っ赤にするしかできない。すると。
「ヘレン、いいだろうか?」
「!?!?」
「あらあらぁ、ノア様ってば、待ちきれなかったのですねぇ…少しだけお待ちくださいませぇ」
「あぁ」
自分ではなくイリーヌが返答したことにも、そしてノアがそれを許諾したことにもヘレンは驚きを隠せない。
「―――はい、出来ましたわぁ。私は隣室に控えておりますので、もし、無体を働かされそうになったら叫んでくださいねぇ?」
「え、は、むた…!?」
「ノア様、ヘレン様のご用意が整いましたわぁ」
「そうか、入ってもいいか?」
イリーヌはノアに声をかけながら部屋の照明を限界まで落とす。いつの間にかテーブルの上にはお酒も用意されていた。イリーヌは用意が出来ると、すぐに隣室に繋がる扉へと歩いて行った。
「い、イリーヌっ…」
ヘレンが不安そうにイリーヌを呼ぶと、イリーヌは茶目っ気たっぷりに微笑みを浮かべた。
「ヘレン様、大丈夫ですわぁ。ノア様はヘレン様にぞっこん、ですからぁ、ね?」
イリーヌはそれだけ言い残すと、隣室へと姿を消す。そしてそれと同時にノアが入室してきた。
「ヘレン」
「~~~の、のあさまっ…」
ヘレンは顔を真っ赤にしたまま、ノアの訪れを微かな期待とともに受け入れた。




