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「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、来てもらって感謝する」
その日のヴィノーチェ家は朝から忙しかった。ターニャの為のお茶会が開かれるためだ。日差しが柔らかく、いい天気となったため、ガーデンパーティーをすることになった使用人たちは、朝から慌ただしく動き回っていた。
その日のターニャは、いつもより大人っぽいドレスを身に纏い、にこりと微笑みを浮かべていた。
「よく似合っているよ、ターニャ」
「ありがとう、お母様!」
「とても素敵です、ターニャ」
「ありがとう、お義姉様! この髪ね、シャーリーがやってくれたのよ!」
紺色の髪はコテで巻かれ、綺麗に結い上げられている。大人っぽくなりすぎるかと思いきや、ターニャの緑色の瞳はキラキラと輝き、それが少しだけ子供っぽく見せた。
「姉さまー準備終わった…うわ!」
「うわって何よ、エメリオ」
「…化けたね、姉さま。これで御淑やかにしていたらお姫様みたい」
「御淑やかにしているわよ! 失礼ね!」
「こらこらエメリオ、褒めるならちゃんと褒めてあげないと」
「お母様…まぁ、綺麗だよ、姉さま」
「最初からそう言っておけばいいのよ!」
普段と変わらない会話に、見ていたヘレンはくすくすと笑みを零した。
そんな中、ヘレンとノアは似たような色の落ち着いた服装をしていた。今回のお茶会のメインはターニャを主として貴族令息令嬢だ。ある意味婚活のためのもの。それにノアたちが出張る必要はない。
「皆様方、そろそろお時間です」
そんな中、トンクスが時間を告げてくる。
「じゃあ僕は先に行くよ、姉さま」
「わかったわ」
エメリオは颯爽とその場を後にする。たくさんの勉強をするようになってからだろうか。エメリオは以前よりも大人びたように誰もが感じる。
「ターニャ、私の可愛い娘。本当に綺麗だよ。自信をもって、楽しんでおいで」
「はい…お母様」
「ふふっ…ママと呼ばれないのは寂しいけど、大人になったんだね、ターニャ」
エルサがターニャの髪形を崩さないように優しく撫でながら、笑みを浮かべた。
「ノア、ヘレン、二人を頼んだよ」
「もちろんです」
「はい」
そうしてトンクスに連れられて、エルサの部屋を後にする。廊下を進んでいると、先ほどまで花やかしく話をしていたターニャが静かになっていることにヘレンは気づいた。きっと、緊張しているのだろう。
「ターニャ」
「? どうしたの、お義姉様」
ヘレンはターニャの前に座り込むと、その少し冷たくなっている両手を握った。ヘレンやノアに取ったら可愛らしいお茶会かもしれないが、ターニャにとってはそうではないのだ。もしかすれば、永遠の伴侶を得るかもしれない場。そして、貴族社会の欠片に触れる場でもあるのだ。
「ターニャ、大丈夫。貴女なら何も心配していないわ」
「お義姉様?」
根拠なく問題ない、大丈夫だと言うのは相手の負担になりかねない。一番大切なのは、本人がそう思うように手助けをすることだ。
「だって、貴方は誰もが認めるヴィノーチェ家の長女で、私の大切な義妹。私達は、貴女が今までどれほど頑張ってきたのかを、よく知っているわ」
「……」
「失敗してしまうことは恐ろしいわ。でも、誰も失敗しないことなんてできないの」
「…お義姉様も、そうだった?」
「えぇ。きっと、ターニャたちよりももっとたくさんの失敗をしているわ」
それは比喩でもなんでもなく本当のことだとヘレンは思っている。ヘレンは、かつてたくさんの失敗をした。今思い出してもどうしてそうしてしまったのだろうと思うことはある。だが、過去は変えられない。
「お兄様も、した?」
「あぁ。お前たちにバレないように必死に隠したことなんて、数えきれないな」
「―――ふふっ…お兄様やお義姉様でも、あるんだ…」
「えぇ。あるわ。だからね、ターニャ。貴女の後ろには私たちがいるから、安心して。失敗をしても、何とかするから」
実際に何とかするのはノアだろう。だが、家族を一番大切にしている彼が、何もしないなんてことはないとヘレンは知っている。
そんなヘレンの考えを読んだのか、ノアが力強く頷きを見せた。
「…うん、頑張る!」
二人に背を押されたターニャは、少しだけ強張ったままなものの、いつもの晴れやかな笑みを見せた。
「その笑顔、とても素敵だといつも思っているのよ? さぁ、ターニャ、行きましょう?」
「うん!」
ヘレンはターニャの背中を優しく押した。ターニャは全幅の信頼を寄せた笑みを、ヘレンに向けている。そんな二人を後ろから見ていたノアは、言葉にできぬ幸福感に胸を満たした。
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結果として、ターニャの為に開かれたお茶会は大成功を収めた。たくさんの同年代の子息令嬢が集まったそれは、とてもいい社交の場でもあり、そして未だ婚約者のいない者たちのいい刺激となったのだ。
「ターニャ、いい人はいたかい?」
その夜、ターニャは一人で母エルサの元を訪ねていた。兄や義姉、そして弟はターニャを急かすつもりはないのか、核心に至ることは何一つ聞かなかった。本来であれば聞くべきなのだろうが、きっとターニャがまず相談したい相手が母であることに気づいていたからかも知れない。
「うん、あのね……」
ターニャはほんのりと頬を染めながら母に話し始める。そんなターニャを、エルサは愛しそうに見つめていた。
エルサからすれば、ターニャやエメリオには好きになった人と一緒になってほしいと思っている。ヴィノーチェ領も他の貴族と無理やり結婚をしなければならないほど逼迫しているわけでもない。
「とても、素敵な方だったの…」
「そう」
恋、というよりかは気になる程度のものだろうが、それはとても大切なものだとエルサは思っている。そこから感情が芽生えたり、育ったりすることだってあるのだから。
「じゃあ、今度一緒に外出でもしてみるといいよ」
「いいの?」
「もちろん。ノアには私から言っておくしね」
ターニャも、いつまでも守らなければいけない子供ではない。それに、いつまでも過保護にしていればそれこそターニャの為にはならない。万が一に傷ついたときは、それ相応のことを相手にするだろうが。
「ゼニアに護衛を頼むことにはなるだろうけれどね」
「ミーシャ様じゃ、駄目…?」
「うん、それは相手が可哀そうなことになるだろうからやめておきなさい」
ゼニアとミーシャではミーシャの方が腕が立つ。だが、エルサとてミーシャの逸話は知っているのだ。
もしミーシャが同行すれば、相手の令息は矜持をズタボロにされることはまず間違いないだろう。エルサやノアが予め言い含めたとしても、ミーシャは息を吸うかの如く女性を魅了する。そんな人物を連れて逢引きなどできるはずがない。
「そう…それならゼニアに頼むわね、お母様」
「そうしておきなさい。私の方から依頼をかけておくから」
「はい!」
にこにこと微笑みを浮かべるターニャの紺色の髪を、エルサは優しく撫でた。亡き夫の髪の色と、自分の瞳の色を継いだ愛娘。叶うなら彼女が結婚式を挙げるその日までしぶとく生きていたいが、自分の体のことは自分が一番分かっていた。
「さぁ、もういい時間だ。寝なさい」
「えーっ…あ、でも、お母様にご無理をさせちゃいけないわよね…ごめんなさい」
しゅん、とした娘に、エルサは苦笑を浮かべた。健康でさえあれば、いつまでだって話に付き合ってあげられたのに。
そして娘の母を思いやる気持ちに、喜びを感じてもしまう。我儘ばかりを言い、お転婆だったターニャ。いつも弟のエメリオを連れて振り回しながら、屋敷に笑顔をくれた娘。
兄を慕い、自分を慕い、そして今はそれにヘレンも入っているのだろう。自分の体調が悪くなってからは、一気に大人びてしまったような気もする。それが嬉しくて、そして少し申し訳なくも感じてしまう。
「無理はしていないから大丈夫。でも、美容の為にはちゃんと睡眠をとらないと駄目。綺麗な状態で相手に会いたいでしょう? それに今日は自分でも気づいていないようだけれど、疲れているはずだよ?」
「…わかったわ…。お母様、ちゃんとお薬飲んで寝てね?」
「ははは、トンクスみたいなことを言うようになったね?」
「もう! お兄様が教えてくれたのよ? お薬がとても苦いから、たまにお母様が飲んでいないって!」
「おや、ばれていたか…」
もうもう!と怒るターニャを宥めるためにも、エルサはターニャの頭を撫でる。幼いころはこれで機嫌を直してくれたが、流石にもううまくはいかないらしく、ターニャはお薬出して!とエルサに詰め寄っていた。
「飲む、飲む。だから無理やり飲ませようとしないで」
「本当に!? 飲むまでここにいるからね!」
「…」
本音を言えば、くそまずいそれを出来るだけ飲みたくない。自分の体の為だと理解しても、だ。むしろ薬を飲んだ方が体に悪いのではないかと思ってしまうほどのまずさ。トンクスやノア達は飲まないからわからないのだろうが、食欲すら失せるほどだ。
しかし、目の前で仁王立ちしそうな勢いの娘に、子供のように駄々をこねるわけにもいかなかった。
薬の場所をあらかじめ聞いていたのか、言わないでおこうと思ったそれをターニャはあっさりと見つけ、エルサに差し出してくる。そして水の入ったグラスを渡されたエルサは、覚悟を決めてそれを飲み込んだ。
「―――ぐっ……!!」
水を一気に飲む。しかしそれで苦みが消えたわけではない。むしろ増したような気がするのは気のせいだろうか。
「はい、お母様。もう一杯飲んで?」
「~~~っ…あり、がと……」
娘に面倒を見てもらうなんて情けないと思わなくもない。だが、それ以上にその薬を飲むことだけは拒否したかった。
「お疲れ様、お母様。ゆっくり休んでね?」
「あ、あぁ…いい夢、を…」
「お母様も」
薬を飲むだけで削られていく体力に、エルサの頭はぼうっとし始めた。本当に薬なのかと小一時間以上問い詰めたいところだが、トンクスが身元をしっかりとした医者を連れてきていると知っているのでそれも出来ない。
「はぁーーーー……」
ぼんやりとする頭で、エルサは自分に残された時間はどれくらいだろうかとふと思う。
きっと、一年あたりが、境目だろう。きっと、一年以上は、もたない。ノアの結婚式を見届けることもできるかはわからない。
「―――前当主として…あがかなくちゃね…」
ターニャたちのは見れなくても、せめて。
そのためには、この死ぬほど不味い薬を飲み続けなくてはならないだろう。……もう少し、味の改良は提案した方がいいだろうが。これでは、寿命の前に命が削られているような気がしてならない。
その日、エルサは夢をみた。
愛した人と、可愛い子供たち、そしてその家族に囲まれる夢を。
とても幸せで、泣きたくなった。




