表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Everlasting  作者: 水無月
彼女の掴むもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
111/118

8

6話から投稿しております。

いつも誤字脱字ご連絡、ご感想をありがとうございます!





「………」

「おはようございます、ノア様。御気分は如何ですか?」

「…おはよう、イクス…。言いたくはないが、最悪だ…」

「でしょうね」


 翌朝、ノアは自室の寝台で目を覚ますと、そのまま両手で顔を覆った。そんなノアに、イクスはさもありなんと言わんばかりに頷きながらカーテンを開き、紅茶を用意する。


「…言い訳…言い訳ではないんだ…ただ、疲れが…」


 茫然としながらぶつぶつと呟くノアに、イクスは呆れたようにため息をついた。


「ノア様、紅茶の用意ができました。お飲みになられますか?」

「あぁ、もらう」


 紅茶を口にしたことで少し落ち着いたのか、ノアはあることに気づいてしまう。


「―――私を運んだのは誰だ?」

「私ですが」

「…ヘレンは、何と」

「ノア様が眠ってしまわれたので連れて行ってほしいと頼まれました」

「そうか」


 どうやら、自分の失態をイクスは知らないようだ、と安心しかけた瞬間。


「それにしても、本当に直ぐに酔われましたね? ヘレン様、真っ赤でしたけど、何をされたんですか?」

「!?」


 イクスは昨夜のことを思い出すように、宙に視線をやりながら続ける。


「部屋を離れて一時間もしないうちにですよ? まぁ、少しの酒で酔われたノア様がヘレン様にご無体を働いていないのは信じていますが…ヘレン様、結構怒っていらっしゃいましたよ?」

「~~~」


 正直に言えば、昨夜の記憶はある。むしろ鮮明すぎるほど、覚えている。

 ヘレンの宝石のような瞳が潤み、美味しそうに思ったことはもちろん、その容姿をべた褒めしたことも。その艶やかな黒髪に手を差し入れ、そして首筋に口づけたことも。

 まさしく、酔っ払いの所業だ。


 言い訳にしかならないだろうが、ノアは非常に疲れていた。連日の移動や書類関係などに。さらにその合間を縫ってできるだけ家族とともにいようとしたりと、全く持って休む時間がなかった。睡眠時間も、ぎりぎりまで削っていたのだ。

 そんな中、愛しいヘレンにたまたま会えて、そして寝酒に付き合ってもらえて。本来のノアであれば、一杯なんて量で酔うはずがなかった。だが、昨日は酔った。自覚するほか、ないだろう。


「あぁ……謝りに行かなければ…」

「そのお気持ちは十分に理解できます。ですが、本日の予定が既に差し迫っております」

「なに?」

「ヘレン様から、ノア様がとてもお疲れのご様子なので、ぎりぎりまで休ませてほしいと言われました。そのため、ヘレン様並びにターニャ様、エメリオ様はすでにご朝食をお済ませになっております」

「―――」

「こちらに朝食をお持ちしておりますので、お取りいただいた後外出するご予定となっておられます」

「…そうか…、少しも時間はないのか?」

「残念ながら」


 イクスの淡々とした返しに、ノアはがっくりと肩を落とした。ヘレンなりに気を遣ってくれたのだろう。そのおかげか、いつもより頭はすっきりしているし、体も軽いような気がした。だが、それ以上に気持ちが重い。

 たまに触れる戯れは、あくまでも一線を越えないように気を付けていた。ただ、ヘレンが真っ赤になるのがとても可愛くて、ついつい苛めてしまった部分は否めない。

 だが、昨日は危なかった。

 ヘレンがノアの肩を押していなければ、そのまま進んでしまいそうだった。


「はぁ~~~……」


 ため息しか漏れない。だが、そんなノアにイクスは厳しかった。


「ノア様、早く起きてください。それにターニャ様の為のお茶会の件で色々とご確認いただきたいことがございます」

「…分かった」


 いつまでも寝台の上でうだうだとしているわけにもいかず、ノアはきっと意識を切り替えた。

 今自分に出来るのは、さっさと仕事を終えてヘレンと話す時間を作ることだ。


「イクス、顔を洗う」

「既にご用意できております」


 ノアはヘレンが激怒していないといいなと考えながら、寝台から降りた。





*******





「お母様っ、ヘレン義姉様! これなんてどうかしら?」

「いいね」

「とてもお似合いです、ターニャ」


 ノアが寝台で撃沈しているころ、朝食を終えたヘレンとターニャはエルサの部屋でターニャのお茶会のドレスを考えていた。

 ちなみにエメリオはドレスのことはよく分からないとのことで既に勉強に向かっている。


「ターニャはザクセンやノアと同じように紺色の髪だからね。あまり淡すぎる色は似合わないかもしれないね」

「この珊瑚色でしたら髪にも映えます。それに髪の毛の装飾を瞳と同じ色にすればまとまりもいいかと思います」

「でも…ちょっと大人っぽすぎるかしら…?」

「ではドレスの裾にお花の刺繍を入れてはいかがでしょう?」

「いいわ! それ、とっても素敵!」


 三人はエルサの寝台の上でたくさんのデザイン画と色の見本を見ながら談笑する。

 すると、不意にターニャが不安げな表情を浮かべた。


「ターニャ、どうかしましたか?」

「っ! ううん! 何でもないの」

「ターニャ、不安があるなら話してごらん?」


 エルサとヘレンの優しい言葉に、ターニャは初めは言うか言うまいかで悩んでいたようだったが、それを口にした。


「…私、ちゃんと好きな人、出来るのかな…」

「ターニャ?」

「お母様も、ヘレン義姉様も、お好きな人と結婚をされたのよね? でも、私、今まで誰かを好きになったことってないの…。それに、もしいい人と出会ったとしても、相手は私のことを好きになってくれるかしら…」


 それは、貴族の女子ならではの悩みでもあった。

 貴族の子となれば、政略結婚はよくある話だ。まれに、一度も顔を合わせることなく結婚する者たちもいる。逆に、幼いころから知り合いで結婚に至ることもある。そのすべてが駄目だったのか、うまくいったのかはわからない。しかしターニャは、どうしてもそこに不安を覚えてしまうようだった。


「ターニャ、どうしてそう思うんだい?」


 エルサが優しく問いかける。


「…だって、私、お母様のように物凄い美人でもないし…お義姉様のように頭も良くない…。お転婆で、エメリオに注意されてばかりだわ…」


 ターニャもターニャなりに、思うところがあるようで。悪いとは思っていないようだが、自信が持てないようにヘレンには見えた。


「ターニャ、私が最初に来た頃を覚えていますか?」

「? もちろんよ」

「あの時、私は全てのことが不安だったんです」

「…ヘレンでも?」

「はい。この先自分はどうなるのだろう、残してきた家族はどうしよう、どうやって生きていけばいいのだろうと、常に不安でした。でも、ターニャとエメリオの存在が、私をとても救ってくれました」

「私と、エメリオが…?」


 ターニャがどうして、と瞳で問いかけてくる。


「ターニャの天真爛漫さが、私にはとても眩しく思えたのです。そしてそんなターニャを一生懸命追いかけながら守ろうとしているエメリオに、紳士を感じました」

「エメリオが紳士…? ふふっ、面白いことを言うのね、お義姉様!」


 ターニャがくすくすと笑う。少しだけ明るくなった表情にエルサとヘレンはほっとする。


「それにターニャはとても愛らしいですよ? 勉強なんて、頑張れば誰だってある程度はできるようになります。ですが、それをどのように生かし、使うのかが問題なのです」

「生かして、どのように使う…?」

「はい」


 いまいち理解できていないらしいターニャに、ヘレンは分かりやすく伝えようと言葉を重ねる。


「ターニャは知っていると思いますが、私はバーゲンムートで当主になるための勉強をたくさんしていました。でも、それが全て、今役立っているかと聞かれれば、そうではないと言えます」

「え、でも、お兄様と色々なお話をしているのを見たことがあるわ?」

「意見を言うことはできます。ですが、あくまでも意見でしかありません。本当にそれを利用するしないはノア様が決めることなのです」

「それって…少し寂しいわね…」


 しゅんとするターニャに、ヘレンは笑みを深めた。


「いいえ、そんなことはありませんよ?」

「? どうして?」

「確かに、かつて私が勉強したこと全てを活用できることはあまりありません。でも、全くないわけでもないのです。かつて勉強していたおかげで、私はノア様の目に留まることができました。そして、お城での職も紹介いただけたのです。結局、全ては無駄にはならないのです」

「無駄に、ならない?」

「ターニャが今まで経験したことも、勉強したことも、そして不安になることも、何一つとして無駄にはなりません。そうですよね、エルサ様?」


 そこでようやく、ヘレンは寝台の上で目を瞑って聞いていたエルサを見た。


「ふふっ…言いたいことがほとんど言われちゃったね…。ターニャ、私の自慢の娘。誰が何と言おうと、ターニャはとても素敵な女の子だよ。明るく、だからといって無神経ではない。そして自分に何が足りないのかもちゃんと理解できるというのはとても難しいことなんだよ」

「…ママでも、そう思ったことがあるの?」


 エルサが寝台の住人となって以来、ママではなくお母様と呼ぶようになっていたターニャが久々にそう呼んだ。そんなターニャに、エルサは自信満々に頷きを見せる。


「もちろん。私だって、ターニャのように自分に自信がない時くらいあるよ? でも、そんな時に両親や、ザクセンがそうではないと言ってくれたんだ。それを聞いて、そこまで言ってくれる人がいるんだと気づかされたことなんて何度もある。…だからね、ターニャ。何度でも言うよ。とても素敵な、自慢の私の娘。失敗することも、自分はなんて駄目なんだろうと思うこともあるだろう。でもその時に思い出して。私や、ヘレンのようにお前をとても好いて、素敵だと思っている人がいることを」

「―――うん」


 ターニャは少しだけ顔を赤らめながら頷いた。ここまで手放しに褒められると、流石に照れが先立つのだろう。


「それにね、ターニャ。ターニャの魅力が分からない小僧に、ノアがお前をやるわけがないだろう?」

「くすっ…本当にそれです。ノア様は、ターニャとエメリオをとても大切にしているんですからね」

「そっか…そうよね、お兄様が変な人を選ぶわけないわよね?」

「うんうん、それにエメリオだってそうだよ? 大事な姉を、そこらの男に簡単に渡したりしないさ」

「エメリオが? 嘘ー?」

「本当ですよ。エメリオはターニャのことが大好きですから」




 優しい世界が、寝台の上にはあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ