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前章、40話から投稿しております。
いつも誤字脱字報告に感想、とてもありがたいです…!
「「ヘレン!!」」
久しぶりに見たヴィノーチェ家の屋敷から、ターニャとエメリオが転がるようにして出てきた。
「ターニャ様! エメリオ様!」
「無事でよかったぁああああ!!」
ヘレンも馬車から降りると、駆け寄ってきた二人を膝をついて抱きしめた。二人はぼろぼろと涙を零しながらヘレンを抱きしめる。
「大丈夫っ? ヘレン、怪我してない!?」
「うっ…ひっく…よかった、よかったよぉ…」
「ターニャ様、エメリオ様…心配かけてしまってごめんなさい…私はご覧いただいた通り無事ですよ」
ヘレンがにこりと笑みを浮かべると、二人は更に号泣する。
「おいおい、二人とも…兄さまには何もないのか?」
「お兄様!」
「兄上!」
ヘレンの後から降りてきたノアは、苦笑を浮かべながらも弟妹達に声をかける。そんなノアに、二人は駆け寄った。
「久しぶりだな…元気にしていたか?」
「うん!」
「そうか。ちゃんと勉強もしていたんだろうな?」
「していたよ!」
元気よく返事をする二人に、ノアは頭を撫でていた。その光景にヘレンは、帰ってきたんだな、と実感していると。
「―――お帰り」
「エルサ様…!」
扉に寄り掛かるようにして、エルサが腕を組みながら立っていた。その隣にはトンクスが控えている。
「この度は色々とご迷惑をおかけして…」
「いい、いい。二人とも疲れただろう? 今日はゆっくり休むといい」
エルサはそう言いながらトンクスに手を振る。そうすると屋敷の中からイクスたちが出てきてノア達が使用していた馬車へと足を進める。
「エルサ様」
「ゼニア。今回は助かったよ…。ミーシャは?」
「はい。その件に関して少しご報告が」
「そう。なら私の執務室においで。トンクス、紅茶を頼むよ」
「かしこまりました」
そうしてエルサがゼニアを連れて屋敷へと入っていくのをヘレンは見送った。本当ならもっとしっかりと話をしたかったが、色々とあるのだろうと自分に言い聞かせて。
「ヘレン。少し休もう」
「ノア様」
そんなヘレンの様子に気づいたのか、ノアがヘレンの背中を押しながらそう声をかけてくる。
「ええええ! せっかくお戻りになったのに、もうお休みになってしまうの!?」
「姉さま、二人ともお疲れなんだよ?」
「っ……でもでも!」
我儘を言うターニャを、エメリオが窘める。その変わらない彼女たちに、ヘレンは笑みを零した。
「ターニャ、明日、ゆっくりと話そう」
「お兄様…」
弟の言葉では動かなかったターニャも、流石にノアの言葉にはしぶしぶ頷いた。そんなターニャに、エメリオはほっとした表情を浮かべている。
「そうだ、二人とも。先に言っておく、ヘレンはお前たちの姉になるぞ」
「「……」」
ノアはそれだけ言うと、さっさとヘレンの背を押しながら屋敷へと入る。そして数拍後、悲鳴のような歓声がヘレンの背中に降り注いだ。
「…ノア様、あれでは逆効果では?」
「本当のことだ。それにヴィヴィアンヌあたりが祝いの品を考えようとでも言ってくれるだろう」
他人任せなノアに、ヘレンは苦笑を零し、そしてそっと息を吐いた。
ようやく、ようやく戻ってきたのだ、と。
そしてこの人の隣に立てるのだ、とも。
不意に、先ほどのエルサの姿を思い出す。迎え入れてくれていたが、どこかよそよそしさすら感じた。そして思い返せば、顔色が悪かったようにも感じた。
「ノア様、いつ、エルサ様とお話を?」
「叶うならば早いうちが良いだろう…。一応今夜にでも話ができないか聞く」
「わかりました」
「…ヘレン、君は一緒にいなくてもいいんだぞ?」
ノアが心配そうにヘレンを見る。ヘレンがエルサに対してどう思っているからこその言葉だとわかっていたため、ヘレンは頭を横に振った。
「いいえ。私にも関係することですから」
もし本当に、エルサが全てのことを見越しての対応だとすれば、どうしてそのようなことをしたのか聞きたいとヘレンは考えている。エルサほどの人が、何の理由もなしにそういうことをするようには思えないからだ。
「そうか」
ノアはヘレンの覚悟を感じ取ったのか、ヘレンの手を優しく取る。そして指どうしが絡まるような握り方をしてきた。
「…君がいるのであれば、心強い」
「ふふっ…馬車の中では隣にいてくれと、言ったではありませんか」
「そうなんだがな…。やはり君を傷つける結果になるかもしれないと考えたら」
「ノア様」
ノアは、とても優しい。優しすぎるとヘレンは思う。彼にとって大切なものたちは、真綿にくるまれるようにして守るべきだと思っているのかもしれない。
だが、それでは意味がないのだ。
「ノア様、私は、貴方の隣に立ちたいんです」
「ヘレン?」
「貴方に守られるだけの存在ではなく、隣に立ち、支えあえるような関係がいいのです」
依存するだけの存在にだけはなりたくない。守られるだけの存在になりたくない。幸いにも、自分には知識がある。それが全てにおいて対応できるものではないことくらい理解しているが、少なくとも城の文官には認められるくらいには、土台があるとヘレンは自負している。
そして初めて、ヘレンは自分にそのような教育を施してくれた両親への感謝の気持ちを持った。彼らがそうしていなければ、きっとヘレンは何も出来ないままだっただろう。隣に立ちたいという言葉も、中身のないただの言葉でしかなかったはずだ。
「後悔するかもしれないんだぞ。知らなくてもいいことを、知ることにもなる」
「それでノア様がお独りで苦しまれるんですか? 私は、かつてそうやって一人で抱え込んでしまって、後悔したんです。私は、ノア様に同じような思いをしてほしくありません」
ノアは、ヘレンの確固たる意志を感じ取ったのか、ため息をつくと呆れたように…それでいて嬉しそうに微笑みを浮かべた。
そしてヘレンの頬に手を当てると、額に口づけを落とした。
「の、ノア様っ…!」
「…とりあえず、今は少し休もう」
「……はい」
ヘレンは熱くなった頬を抑えながらノアを少しだけ睨む。しかしヘレンはそんな顔すら可愛いとノアに思われていることを知らない。
そうして二人は互いの部屋に向かって別れた。
*****
「エルサ様、ノア様が後程話をしたいと」
「…そうか」
エルサはようやくか、と思いながら椅子に深く腰掛けた。顔色は悪く、疲れが目立っていた。
「…本当に、よろしいのですか?」
「何がだい、トンクス」
「このままでは、ノア様はエルサ様の真意を知ることなく終わってしまいませんか?」
「そうだとしても、構わないと言ったはずだけど」
「ですが!」
悲痛な表情を浮かべているトンクスに、エルサは笑みを浮かべた。
「トンクス、この話は一度話し合っただろう?」
「…私は、納得していません。ヴィヴィアンヌもです」
「仕方ないだろう。これ以上は」
エルサは疲れ切って鈍い痛みを訴える頭をなんとかしようと、目頭を揉んだ。少しだけましになったような気がするが、あくまでも気のせいだろう。
「トンクス。ノアは、ヴィノーチェ家の跡取りとして十分に頑張ってくれている。だが、あの子は優しい。そして、その優しさは家族にしか向けられていない。それでは、駄目なんだ」
エルサは脳裏に浮かぶ愛しい我が子をそう評価している。
ノアはとても優しい。そして頑張り屋だ。そしてその優しさは、彼に近ければ近いほど発揮されやすい。かつてのジェシカもそうであった。彼女が婚約者でありながらノアを裏切っても、ノアは諦観したように何もしなかった。エルサが苛烈に彼女を責めたと言われているが、貴族として当然の措置をしただけだ。むしろ、ノアが率先して彼女を糾弾してもおかしくはなかった。
「領地を治めるということは、時に非情さを持ち合わせなければいけない。たとえそれが親族だろうと、私たちには守るべき領民たちがいるのだから」
「それでエルサ様が犠牲になるとでも言うのですか!?」
「あはは」
「何が可笑しいんですか!!」
エルサは呵々と笑った。
「そんなわけないでしょう。私は、私の息子を信じている」
「そんな希望的観測で…! もし、もしノア様が…!」
「トンクス」
エルサが厳しい声音でトンクスの名を呼ぶと、トンクスはぐ、と黙り込んだ。正直、トンクスがここまで心配してくれるのは嬉しい。本音を言うのであれば、自分だってこのような真似はしたくなかった。だが、もうどうしようもないのだ。
「っ……わ、私の頭が更に輝かしくなったら、エルサ様の所為ですよ…!」
「ふふっ……もう既に私の所為だったなぁ……ごほっ…ごほっ」
「エルサ様」
エルサがせき込むと、トンクスがすかさず水を渡してくる。エルサはそれを飲むと、ふぅと息をついた。
「うーん…少し無理をしたかな」
「そうですね。ここ最近忙しくしておられましたから。それに風邪の流行る時期でもありますからね。今日はノア様にご遠慮いただきますか?」
「いや。構わないよ」
「かしこまりました」
エルサは、トンクスのこういったところを気に入っていた。自分の為にいろいろ言ってくるが、それでもエルサの意志を尊重してくれる彼を。
「とりあえず、ノアには夕食後に私の部屋に来るように言っておいてくれ」
「かしこまりました。とりあえず、暖かい紅茶を用意いたしますので。お身体を冷やさないようにしてください」
「わかったわかった。頼んだよ、トンクス」
エルサの投げやりともいえる返答に、トンクスはため息をつきながらも部屋を後にする。そして代わりにヴィヴィアンヌが入ってきた。
「エルサ様」
「ヴィヴィアンヌ。タイミングが良いね」
「トンクス様が予め頼んでおられましたので」
「はは…本当に仕事のできる執事だねぇ」
ヴィヴィアンヌはエルサの言葉に笑みだけで返すと、紅茶の用意をする。ふわりと漂う香りに、エルサはほっと息をついた。
疲れはとれることはないが、気分はよくなった。
「では、夕食のお時間になりましたらまたお呼びに伺います」
「よろしく」
美しく一礼して部屋を去るヴィヴィアンヌを見送ったエルサは、一人になった部屋で天井を仰いだ。
ようやく。ようやく。
その想いだけが、エルサを動かす。
そんなエルサを、ザクセンの肖像画だけが見つめていた。




