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【第一章完結】 罪深き人間たち  作者: 南城みみ
第一章 ルナリア5歳
3/5

後編

「あ~~~。お茶会行きたくないよ~」

この、情けない声で、情けないことをおっしゃっているのは、第一王子のアルバート殿下でございます。


あれから半年。

本日もわたくしは、王宮でソラと一緒に教育を受けております。

あの婚約が決まった日から、週の半分は王宮に通い、ソラと一緒にさまざまな教育を受けることになりました。


アルバート殿下は、暇を見つけてはわたくしたちのもとへやって来て、あれこれとおしゃべりしては帰っていかれます。


「君たちは本当に仲が良くていいね~。ソラが羨ましいよ…。僕の婚約者候補たちは、『アレ』だからね……」

そう言って、アルバート殿下は深いため息をつかれました。


『アレ』というのは、アルバート殿下の婚約者候補のお二人のことなのですが、わたくしたちはまだお会いしたことがありません。


まだ婚約が正式に決まっていないということもありますが、お二人ともかなりアクが強いらしく、わたくしたちの教育に悪影響を及ぼしかねないということで、今のところお会いするのを止められております。


………どうやらお二人とも、なかなか強烈な方々らしいのです。


そんなお二人がアルバート殿下を取り合い、終始ギスギスとした雰囲気で行われるお茶会です。

………まぁ、楽しいはずがございませんよね。


アルバート殿下は、わたくしたちの授業の合間を見計らって愚痴をこぼしにいらっしゃり、すっかりだれておられます。


「行きたくない~。行きたくな~い」


………最初にお会いしたときの、あの爽やかな少年はどこへ行ってしまったのでしょう。

すっかりメッキが剥がれ落ちておりますわね。


と、いいますか、この未来の義兄をそこまでして取り合う価値があるのかは謎なのですが………。


「…今、失礼なことを考えなかった?」

「いいえ。とんでもございません」


わたくしは、にっこりと微笑んで否定いたしました。

しかし、アルバート殿下は疑わしげな、胡乱な目でわたくしを見つめておられます。


半年という月日を経て、わたくしたち未来の義兄妹の仲もすっかり遠慮のないものになっておりました。


さすがに時間が迫ってきたため、アルバート殿下は、渋々ながらもお茶会へと向かわれます。


わたくしたちの休憩時間も終わり、授業が再開されました。

ところがしばらくすると、歴史を教えてくださっていたおじいちゃん先生が腰の痛みを訴えられたのです。


そのため、本日の授業は急遽中止となりました。

………これは、まさに千載一遇のチャンスでございます!


わたくしは隣に座るソラにそっと声をかけました。

「ソラ、アルバート殿下のお茶会を覗き見しませんこと?」


あれほど行きたくないと駄々をこねていらしたお茶会です。

いったい、どれほど酷いものなのか…とても気になります。


「えっ…。いや、でも………」


ソラは躊躇しておりましたが、やはり気になっていたのでしょう。

わたくしの提案に賛同してくれました。


ふふふ、では、いざ参りましょう!


わたくしたちは、誰にも見つからないようにソラから教えてもらった王家の隠し通路を使って、お茶会の会場へ向かうことにいたしました。


………ところで。

この隠し通路、まだ婚約者というだけのわたくしが、その存在を知ること自体、本来ならご法度のはずです。


ですが、これまでも何度かイタズラに利用し、そのたびに王妃殿下から軽くお叱りを受けております。

………ええ、本当に軽く、です。


そもそも、王家の機密ともいえる隠し通路をこうも簡単に使わせていただけること自体、不思議でなりません。

いったい、なぜこれほど簡単にお目こぼしいだけるのでしょうか。


(叱られていることは確かで、決して許可されているわけではないのだが、ルナリアにとって軽く叱られる程度であれば、許可されているも同然なのである。もちろん、王宮から外部へつながるような、まさしく王族直系の者しか知らされていない極秘の隠し通路までは教えられていない)


埃っぽい隠し通路を抜け、わたくしたちがたどり着いたのは、初めて顔合わせをしたガゼボでした。

どうやら、そこでお茶会が開かれているようです。


花の茂みに身を隠しながら、わたくしたちは少しずつ近づいていきます。

ふふふ、猫だったわたくしたち。

気配を消すことなどお手のものなのです!


ガゼボの中には、アルバート殿下と、婚約者候補と思われる二人の女性がおりました。

その周囲には、女官や騎士たちが大勢配置されています。


一人の女性は背中しか見えませんが、金色の髪を見事な縦ロールに巻いており、いかにも『貴族令嬢』といった雰囲気を醸し出しております。


もう一人の女性は、真っ赤な髪を美しく結い上げ、唇にも鮮やかな赤い口紅を施しておりました。


確か、アルバート殿下の婚約者候補は、殿下と同い年の女性と、一つ年上の女性だったはずです。

つまり、十三歳か十四歳ということになります。


その割にはどぎつい………。


「こちらのお菓子はいかがですか、殿下?わたくしの家が誇るシェフが作りましたのよ」

「あ、ああ」

赤髪の令嬢がそう言うと、毒見はすでに済んでいたようで、アルバート殿下はそのままお菓子を口に運びました。


すると、金髪の令嬢がくすりと笑い、

「あら、こんな砂糖の塊のようなお菓子が、殿下の口に合うはずがございませんでしょう?まったく、お金をかければよいというものではないと、そろそろお分かりかと思っておりましたのに。なかなか成長なさいませんことね」


赤髪の令嬢は金髪の令嬢をギロリと睨みつけると、挑発するように口を開きました。

「あら、あなたが持参なさったお菓子もいったい何ですの?これは?なんとも見映えの悪いこと。あなたのお家のシェフには、美的感覚というものがないのでしょうね」


金髪の令嬢の背中しか見えませんが、その全身から怒りが燃え上がっているのが分かります。


そして、その二人の間に座るアルバート殿下は、すっかり小さくなり、お菓子をモソモソと口に運んでおりました。


おおお………。

これは確かに、なんとも気を遣うお茶会ですわね。

傍観者として眺める分には実に愉快でございます。


これが、世に言う『キャットファイト』というものでしょうか!


…いえ、待ってくださいませ。

失礼な名前ですわよね。

キャットファイト。


猫はあのような口喧嘩などいたしません。

わたくしたちは、鋭いパンチと爪を駆使して戦うのです!


しかし、わたくしが受けている教育では、常に微笑みを絶やさず、たとえ不快なことを言われても直接的な言葉は避け、遠回しな嫌味で応じるようにと教わりましたが………。


これが『アレ』というやつなのですね。


「兄上のおっしゃるとおりだ………。僕のお嫁さんがルナで本当によかった」

ソラはしみじみと、そんなことをおっしゃいましたが。


嬉しいような、複雑なような、なんとも微妙な気持ちです。

………あの方たちと比べられましても。


そんなことを考えているうちに、すっかり話の内容を聞き逃しておりました。


ふと気づけば、金髪の女性が怒りを抑えきれなくなったのか、勢いよく立ち上がり、帰ろうとこちらを振り向いたのです。

その姿を目にした瞬間、わたくしの頭は怒りで真っ白になりました。



ーーー見つけた。


あいつだ。


あの子どもたちの片割れだ。



あの頃の子どもからはずいぶんと成長しておりますが、わたくしには分かります。


気づけば、あいつに飛びかかろうと身を乗り出しておりました。

しかし、ソラに右手を掴まれ、寸前で引き止められます。


「は?」


思わず後ろを振り向くと、ソラの瞳孔が大きく開いておりました。

表情こそ無表情でしたが、分かります。


ソラもまた、怒りを必死に押し殺しているのです。


わたくしの放つ殺気に反応したのでしょう。

騎士たちは一斉にこちらを振り向き、腰に下げた剣に手を添えました。


わたくしたちは、慌てて再び花の茂みに身を隠します。


女官や令嬢たちには気づかれていないようですが、騎士たちとアルバート殿下には、わたくしたちの存在が知られてしまったようです。


とはいえ、騎士たちも、そこにいるのがわたくしたちだと分かると、すぐに警戒を解き、何事もなかったかのように普段の様子に戻ってくれました。


わたくしたちは来たときと同様、隠し通路を使い、こそこそとソラの部屋へ戻ることにいたしました。

無事に部屋に戻ると、わたくしたちは並んでソファに腰を下ろしました。


しばらくの間、二人の間には沈黙が流れます。

やがて、ソラが静かに口を開きました。


「………やっぱり、ルナもあのときに死んでいたんだね。あのときは、目もほとんど見えなかったし、意識も途切れそうだったけど………君の声が聞こえた気がしたんだ。でも、あのときのことを話すのは辛すぎて………今まで話せなかった」


「わたくしも………」

わたくしも、あのときのことを思い出すだけで胸が苦しくなります。


「モモとムギを守れなくて、ごめんね………」

ソラはあのときのことを思い出したのでしょう。

大きな瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちました。


「モモはすごく頑張ったんだよ。ムギを逃がそうとして………。でも、やっぱり猫じゃ人間には勝てないね」


わたくしの目からも、止めどなく涙がこぼれ落ちます。

けれど、胸の中を占めているのは、悲しみよりも怒りの方でした。


「でも、今のわたくしたちは人間ですわ!あいつらをやっつけることだってできます!」

「うん。もちろんだよ………。でも、殺して終わりにするの?」

ソラは静かに問いかけました。


「モモは、あんなにも苦しんで死んだんだよ。あいつらは食べるためでも、狩りの練習のためでもなく、ただ面白がって、モモをいたぶったんだ………」

「………そうですわね。ムギも、同じでしたわ」


思い出すだけで、胸が張り裂けそうになります。


「だったら………」

ソラが、涙に濡れた顔を上げました。


「僕たちも、あいつらをすぐに楽にしてあげる必要なんてないよね」

「………ええ。そうですわね」


わたくしは、ゆっくり頷きました。

「猫は、獲物を捕らえたら、すぐには仕留めませんものね」

「うん。じっくりと、ね」


悲しくて、悔しくて、涙はまだ止まりません。


「一緒にたくさん考えよう、ルナ。あいつらに何をしてやるか」

「ええ、ソラ。二人でじっくり考えましょう」


二人で泣き笑いのような顔を見合わせていると、突然、

『バンッ!』

という大きな音とともに、部屋の扉が勢いよく開かれました。


「ちーびーどーもー!」

どうやら、アルバート殿下が乱入してきたようです。


しかし、わたくしたちの顔を見るなり、

「うおっ!ど、どうしたんだ?二人とも………」

と、戸惑った声を上げました。


わたくしたちの顔が涙で濡れているのを見て、驚いていらっしゃるようです。


「………なんでもございませんわ。それより、今日のお茶会にいらした金髪の令嬢のお名前を教えて下さいませ」


「あ、ああ。金髪の方か………。あれは、グローリア・サンドーロル。サンドーロル公爵家のご令嬢だ。それがどうした?」


サンドーロル家の方でしたか。


確か、あちらには隣国へ留学中のお兄様がいらしたはず…。

もしかして、あのときの子どものもう片割れはそいつでしょうか。


「いえ………。では、本日はこれで失礼します。ソラ、また明後日ですわね」

「うん。気をつけて帰ってね」


「お、おい!」


アルバート殿下が何やら引き止めようとなさっていたような気もしますが、本日は未来の義兄のお相手をしているような気分ではございません。


わたくしはそのまま、さっさと部屋を後にいたしました。

そして、帰りの馬車に乗る前、御者にお願いをいたします。


「サンドーロル公爵家のタウンハウスを回って帰ってくださいませ。外から眺めるだけで結構ですので」


御者も侍女も護衛の騎士たちも、皆そろって戸惑っておりましたが、何をおっしゃいますか。

敵情視察は大切ですわ!


馬車の窓からサンドーロル公爵家をこっそりとのぞき見ましたが、やはり我が家よりもずっと大きく、攻略するのはとてつもなく大変そうだと感じましたわ。


ソラとも、じわじわ追い詰め、いたぶるとお約束いたしましたし、今は何もできません。


………できません。


………ですが、その日の深夜。

ルナリアは、眠れずにおりました。


うーーーーー!

やはり、モヤモヤいたします!


あのときは納得いたしましたが、やはり今!今すぐ、あの女をしばき回したいのです!


脳内では、ルナリアの猫パンチが、あの女の顔面に炸裂しておりました。

現在、金髪女はルナリアの頭の中で、きりもみ回転しながら宙を舞っております。


………ちょっとだけ。

ほんの、ちょっとだけですわ。


ルナリアは、そっとベッドを抜け出すと、家をこっそり出ることにいたしました。


ソラと視察に出かける際に着る、黒っぽいローブを羽織り、フードを深くかぶって髪を隠します。

わたくしの髪色は目立ちますからね。


窓を開けると、ベランダから木へと飛び移り、枝を伝ってスルスルと地面まで降りていきます。

無事に着地すると、わたくしは拳を握りしめます。


いざ!出陣ですわ!!


身体強化魔法を発動させ、今日覚えたばかりの道のりを爆速で駆け抜けます。

ふふふ。わたくし、繊細な制御が必要な魔法はまだまだ苦手なのですが、身体強化魔法だけは得意なのです。


※※※



そのまましばらく疾走し、ついにサンドーロル公爵家へと到着いたしました。

深夜ということもあり、誰にも見つかることなくたどり着けたようです。


しかし、公爵家は高い塀に囲まれ、正門には門番まで立っております。

………門番を倒してしまっては、大騒ぎになってしまいますわね。


わたくしは裏手に回り、塀をよじ登って屋敷の敷地内へと侵入いたしました。


さて、令嬢のお部屋といえば、だいたい最上階と相場が決まっております。


これまた木を足場にしたり、壁のわずかな突起に手をかけたりと、あれこれ駆使して屋根まで登りました。


そして………。

見つけましたわ!

屋根裏へと続く入り口です。


そこからするりと屋根裏へ侵入し、あの女の部屋を探すことにいたしました。

まだ身体が小さくて良かったですわね。


順調すぎて怖いくらいに順調に令嬢の部屋を見つけたわたくしは、そのまま部屋へと飛び降りました。


あの女は、すやすやと健やかに眠っております。


ここで殺ってしまいたいところではありますが、ソラにも分け前を差し上げなければなりませんし、それでは猫失格ですわ!


わたくしは、女を肩に担いで連れ出そうと、その身体を抱きかかえようとしました。

すると、なんということでしょう。


「何よ!あなた!!」


女が目を覚ましてしまったのです。


仕方がありません。

ここは、絵本で覚えた当て身を試すときですわ!


「とおうっ!」

気合とともに一撃をお見舞いしました。


ところがーー。

「げぇぇっ………」

女は気絶するどころか、盛大に吐瀉してしまいました。


わぁ!バッチィ!

危うく吐瀉物を浴びるところでしたわ!


………おかしいですわね?

絵本では、これで気絶しておりましたのに。


「………あ、あんた」

女が、わたくしに向かって手のひらをかざしてきました。


わたくしは身構え、すぐさま次の攻撃に移ろうとしたのですが………。

女はそのまま、ばたりと倒れ込んでしまいました。


???

………あら?


もしかして、時間差でわたくしの当て身が効いたのでしょうか?

………まぁ、いいですわ!


(…ルナリアは気づいていなかった。グローリアの首の後ろに、小さな針が刺さっていたことに。)


さっさと、この女を連れ出しましょう!

わたくしは再び女を抱きかかえようとしましたが、ひらひらとしたネグリジェや長い髪が肌にまとわりつき、どうにも抱えにくいのです。


………ええい、邪魔ですわ!


わたくしは一度、女を床に下ろしました。

そして、邪魔なネグリジェを脱がせ、ショーツ一枚の姿にすると、長い髪も容赦なく引きちぎります。


これで、よし!ですわ。


わたくしは女を肩に担ぎ、そのまま街へ向かって疾走いたしました。


担ぎ方は、横向きにくの字です。

俵担ぎでは、わたくしの身長では女の足が地面についてしまい、走るのに邪魔だったのです。


そして、到着したのは街の中心にある広場でした。

そこには噴水があり、昼間は大勢の人々で賑わう場所です。


わたくしは広場に立つ大きな木の根元に女を下ろすと、縄を探してあたりをウロウロしました。

「縄…縄…」


すると、なんという幸運でしょう!

ちょうどよい、縄が落ちていたのです!


わたくしはその縄を使い、女を木に吊るしました。


これで万事解決ですわ!


絵本では、ちょっとしたお仕置きとして、悪い子が木に吊るされておりました。

わたくしは、ちょったした嫌がらせをしただけです。

まだまだ大したことはしておりません。


つまり、ソラと約束した「じわじわ追い詰める」という方針にも、まったく反していないのです!

わたくしは、満足げにこくりと頷きました。


良いことをしたと、すっかり気分よく我が屋敷へと戻ったわたくしは、行きと同じように木を伝って部屋へと入りました。


すると、パッと部屋の明かりが灯されます。

そこにいたのは………お父様とお母様。


お母様のお顔は、涙で濡れておりました。

「ルナリアちゃん………」


………あら?

嫌な予感がいたしますわ。


そのまま執務室へと連れていかれ、わたくしはがっつりとお説教をくらいました。

本当に、がっつりとです。


お説教だけなら、まあ(聞き流せばよいので)問題ありません。

ですが、お母様に泣かれるのは、さすがのわたくしにもこたえるものがございました。


しかも、驚くべきことに、わたくしの行動は最初から王家の影に把握されていたそうなのです。


わたくしはソラの正式な婚約者。

つまり、準王族という立場になるため、影がつけられていたのです。


ただし、なんとも情けないことに、わたくしの爆走についていけず、止めることもできなかったため、途中から手助けに回ったのだとか。


それにしても、猫だったわたくしが、人間の気配に気づかなかったなんて………。

なんたる不覚。


後日、王宮でも王妃殿下から特大の雷を落とされ、心配してくださったソラには泣かれてしまいました。


そして、王妃殿下から言い渡された罰はーーこの国の歴史書の写本。

信じられないほどの厚みがある歴史書なのですよ………。


なんと恐ろしくも残酷な罰なのでしょう!

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