↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章完結】 罪深き人間たち  作者: 南城みみ
第一章 ルナリア5歳
2/5

中編

帰りの馬車の中は、終始沈黙に包まれておりました。

父は、腕を組み、眉間に深い皺を寄せたまま目を閉じています。


わたくしは、そのただならぬ雰囲気に気圧され、馬車の中ではとうとう一言も口を開くことができませんでした。


………やはり、鑑定結果に問題があったのでしょうか。

それとも、水晶の弁償金額がとんでもないことになっているのでしょうか。

まさか、侯爵家の財政を揺るがすほどの金額だったり………。


そんな不安を抱えたまま屋敷に到着すると、わたくしはそのまま父の執務室へと連れて行かれました。

執務室にある応接用のソファに父、母、わたくしの三人が腰を下ろします。


しばらくの沈黙の後、とうとう我慢ができなくなったわたくしは、意を決して口を開きました。


「…わたくしの鑑定結果は、よろしくないものだったのでしょうか?」

すると、父はハッとしたように目を見開き、慌てて首を振りました。


「ち、違う!もちろん、ルナリアの結果は私にとっても、我が家にとっても誇らしいものだった!」


ーーでは、どうしてお二人はそんなに難しいお顔をなさっているのでしょうか。


「では……なぜ?」

わたくしが尋ねると、父は少し迷うような素振りを見せた後、口を開きました。


「ルナリアは、現在の王家の事情について、もう教えられているか?」

「?いえ…」


わたくしが首を横に振ると、父は小さく息を吐き、説明を始めました。


「現在、王家には二人の王子がいらっしゃる。十三歳の第一王子と、そこから八歳も離れた第二王子だ。第二王子は、お前と同じ五歳になる」


ふむふむ。


「今回の鑑定結果を知った王家は、おそらく第二王子の婚約者として、お前に打診してくるだろう」


……ほう?


「そうなれば、残念ながら、我が家としては断ることができない……」


………。

???


わたくしといたしましては、ソラ以上に素敵な旦那様など、この世に存在しないと思っております。

………まぁ、我が父も子煩悩で愛妻家。

なかなかに良いオスだと思いますけれども、やはりソラが一番です。


ですから、ソラがいない今、他の殿方など、誰であろうと大差ありません。

誰でも構わないのです。


で、あれば父と母が喜んでくださる結婚をするべきでしょう。

「…第二王子と婚約することは、我が家のためにならないということですか?」


わたくしが尋ねると、父は難しい顔をしたまま口を開きました。

「………厄介な時期なのだ。第二王子ご自身には、何の問題もない。ただ、問題なのは、第一王子にまだ婚約者がいないことだ」


父は一度言葉を切り、重々しく続けました。

「第一王子の婚約者には、二つの公爵家の令嬢が候補に挙がっていてな。どちらの家も譲らず、苛烈な争いを繰り広げている。そのせいで、なかなか決着がつかないまま、今日まで来てしまったのだ」


…なるほど?


「闇に葬られた事件も、それなりにある。表沙汰になっていないだけで、何が起きているのか分かったものではない。そんな状況で、お前が第二王子の婚約者になれば、何らかの争いに巻き込まれるのではないかと心配なのだ」


そう言って、父は眉間の皺をさらに深くしました。


………なるほど。

それは確かに、面倒そうなお話でございます。



※※※



それから数日が過ぎたある日のこと。


わたくしが魔力操作の基礎練習に励んでいると、父から呼び出しを受けました。


………もしや、と思ったわたくしの予感は見事に的中いたしました。

やはり、王宮から連絡があったそうです。

まずは、第二王子とわたくしの顔合わせを一か月後に行いたいとのことでした。


それまでに準備を整え、礼儀作法もしっかりと身につけておくよう、父から念を押されました。


………本当に、面倒ですわ。



ーーそして迎えた、顔合わせ当日。


本日のわたくしは、淡い桃色のひらひらとした可愛らしいドレスに身を包み、髪は高い位置で二つ結びにしてもらっています。


どこからどう見ても、美幼女ですわ!


王宮を訪れるのは、今回が初めてでございます。

我が家もなかなかに大きな屋敷だと思っておりましたが、王宮はまるで規模が違いました。


まず目に飛び込んできたのは、幾人もの騎士が警備する、威圧感すら覚えるほどの大きな正門です。

そこを馬車に乗ったまま抜け、中門まで進みました。

中門の目前で馬車を降り、そこからは徒歩で進みます。


周囲には、ここでも多くの騎士が警備にあたっておりました。

その一方で、文官と思われる立派な身なりをした貴族らしき人々も行き交っております。


さすがは王宮。

人の数もさることながら、その規模の大きさには圧倒されるばかりです。


さらに進むと、今度は女官がわたくしたちを案内してくれることになりました。

彼女の後をついて歩いていくと、やがて目の前に広がったのは、色とりどりの花々が咲き誇る美しい庭園。


庭園の中をさらに進んでいくと、白を基調とした美しいガゼボが目に入りました。


わたくしたちは、王族の方々がいらっしゃるまで、こちらで待つように、とのことでございました。


ですが、王族の方々を座って待つわけにはいきません。

父と母とわたくしの三人は、ガゼボの中で立ったまま、ぼんやりと王族の到着を待つことになりました。


しばらく待つと、庭園の向こうから、騎士たちを引き連れた一団がこちらへ向かってくるのが見えました。

先頭にいらっしゃるのは、王妃と思われる女性。

そして、その傍らには二人の王子らしき幼児と少年の姿がございます。


………あちらが、第二王子でしょうか?


わたくしたちはすぐさま姿勢を正し、頭を垂れて一行をお迎えしました。


ちなみに、本日の作法については、王宮からの呼び出しの連絡が届いて以来、お母様からみっちりと叩きこまれております。


………ええ。それはもう、嫌というほどに。


「顔を上げてちょうだい。遅くなって申し訳ないわ。侯爵、夫人、お久しぶりね。ルナリアちゃんは初めましてね」


そうお声をかけられ、顔を上げると、そこには大変美しい女性が微笑んでおりました。


「お久しゅうございます、王妃陛下」

父と母が恭しく挨拶をいたします。


わたくしも両親に倣い、改めて王妃陛下に向き直ると、礼儀に則って一礼いたしました。

「初めてお目にかかります。ルナリア・リシャールと申します。王妃陛下にお目にかかることができ、光栄に存じます」


「まぁ!きちんとご挨拶できて偉いわね。それに、とっても可愛らしいこと。ほら、あなたもご挨拶なさい」

王妃陛下は嬉しそうに微笑むと、隣に立っていた幼い王子に声をかけました。


そこで、わたくしは初めて、その子にきちんと目を向けたのでございます。


………ソ………ラ?


その幼子は、わたくしを見つめ、大きく目を見開いておりました。

そして、わたくしと目があった途端、その瞳がみるみるうちに潤み始めたのです。


次の瞬間、

「ルナ!」


幼子はそう叫ぶと、わたくしに向かって駆け寄り、その小さな身体でぎゅっと抱き着いてきたのでございました。


ソラです!


わたくしには分かります!


毛の色も違えば、あの顔にあった傷跡もありません。

そもそも、猫ではなく、人間の姿をしております。


それでも、分かるのです!


これは、わたくしのソラです!


そう確信した途端、わたくしの目からも、あとからあとから涙が溢れ出してまいりました。


わたくしも、彼をぎゅっと抱き返しました。

いえ、抱き返すというより、しがみついていると言っても過言ではないほど、強く強く抱きしめたのでございます。


「う………うわあああああん!ソラ!ソラぁ!!」

「ルナっ!ルナ!!」


互いの名を呼びながら、わたくしたちは一層強く抱きしめあいました。

涙が止まりません。


まるで、目が解け落ちてしまうのではないかと思うほど、二人して泣き続けたのでございます。



※※※



しばらくして、王妃陛下が心配そうに声をかけてこられました。

「ど、どうしたのかしら………?大丈夫?」


そちらに目を向けると、わたくしの両親もまた、何が起きているのか分からず、心配そうにオロオロとしておりました。


わたくしは、ドレスの袖で無理やり目元を拭うと、王妃陛下に向き直りました。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」


隣では、ソラも涙を拭いながら、同じように頭を下げます。

「申し訳ありません………」


わたくしたちの謝罪を受け、王妃陛下は困ったように微笑まれました。

「それは構わないのだけど………いったい、どういうことなのかしら?聞かせてもらってもいい?」


わたくしたちは、ひとまず落ち着いて話ができるよう、席に着くよう促されました。


円卓を囲むように、王妃陛下、第一王子と思われる少年、ソラ、わたくし、母、父の順に腰を下ろします。


………ただし、わたくしとソラは一つの椅子に二人でぎゅうぎゅうになりながら座っております。

周囲からは、困ったような視線が向けられております。

ええ、行儀がよろしくないことぐらい分かっておりますとも。


ですが、今日だけはお許し下さいませ。

今は、片時たりともソラと離れたくないのです。


そして、それはソラも同じようでございました。

ぎゅっとわたくしを抱き寄せる腕の力から、その気持ちが痛いほど伝わってまいります。


今回、最初に口火を切ったのは、少年の方でした。

「僕はまだ挨拶ができていなかったね。その子の兄のアルバートだよ。よろしくね」


アルバート殿下は気さくな調子で挨拶をしてくださいました。

わたくしは慌てて立ち上がり、改めて一礼いたします。


「先程は失礼いたしました。ルナリア・リシャールと申します」

「気にしなくていいよ。それより………」


アルバート殿下はそう言うと、王妃陛下へと視線を向けました。

王妃陛下は、わたくしとソラを交互に見つめ、少し困惑した様子で尋ねられます。


「あなたたちは、今日が初対面よね?」

「………人間としては、初めてです」


「………人間として?」

王妃陛下が不思議そうに首を掲げられました。


ソラは再びわたくしをぎゅっと抱きしめると、椅子に座らせます。

そして、王妃陛下に向き直ると、少し緊張した面持ちで願い出ました。


「母上、まずは人払いをお願いします」


ソラがそう告げると、王妃陛下は何かを察したご様子で

「………わかったわ」

と静かに頷かれ、円卓を囲むわたくしたち以外の者、すなわち女官や護衛騎士たちを下がらせてくださいました。


わたくしたち以外の人間の気配が遠ざかると、ソラは緊張した面持ちで口を開きました。

「………母上、僕には前世の記憶があります。ルナも同じようです」


「前世………?」

「はい。僕たちは前世で夫婦でした」


「………と言いましても、猫の夫婦なのですが………。それで、死んだと思ったら生まれ変わっておりました」

わたくしは、ソラに寄り添ったまま、話を引き継ぎました。


「まあ!運命の二人ということね!」

王妃陛下は、目を輝かせておっしゃいます。


「信じていただけるのでしょうか………?」

思わず尋ねると、王妃陛下は少し困ったように微笑まれました。


「まぁ、普通なら信じられないお話でしょうね。でも、あなたたちの先ほどからの様子を見ていると………ねぇ?」


王妃陛下が父たちに「ねぇ?」と同意を求めると、皆、困ったような表情を浮かべておりました。


やがて、父が苦笑交じりに口を開きます。


「………そうですな。二人の様子を見ていると、とても始めて会った者同士とは思えませんし………」

その言葉に、第一王子殿下も、うんうんと何度も頷いておられました。


「…気持ち悪くはないですか?前世の記憶があるなんて………それも、猫だなんて」

ソラは少し不安そうに、王妃陛下の顔を窺いました。


「まあ!何を言うの!二人が寄り添っている姿が目に浮かぶわ。きっと、とっても愛らしかったことでしょうね…」


王妃陛下は、うっとりした表情でおっしゃいました。


わたくしは父と母のほうへ目を向けます。

二人もまた、王妃陛下のお言葉に同意するように、穏やかな表情で頷いておりました。


「それでね。嫁入りになるか、婿入りになるかは、まだ分からないけれど、この子たちの婚約については、了承していただけるかしら?」

王妃陛下が父に問いかけます。


「…はい。王妃陛下の御心のままに」

父は恭しく頭を下げました。


「ソラシオンとルナリアちゃんは、どうかしら?」

王妃陛下がわたくしたちに目を向けます。


「もちろんです!」

ソラが即座に答えました。


「わたくしも、嬉しいです」

わたくしも、満面の笑みで頷きます。


そんなわたくしたちを見て、王妃陛下は微笑まれました。


「この子たちは、まだ五歳ですもの。将来、王子妃になるのか、それとも王妃になるのか。あるいは、このまま侯爵家に男の子が生まれなければ、ソラシオンが婿養子に入るという道もあるわね」


王妃陛下は、少し考えるように間を置かれました。


「選択肢はたくさんあるけれど………今は、周囲からの横やりを防がないといけないわ。この子たちは、どう見ても離れたくないようですしね」


そう言って、王妃陛下は楽しそうに微笑まれました。


「婚約すれば、これからたくさん一緒にいられるわよ」


まあ!なんて素晴らしいのでしょう!


………と、いいますか。

ソラの今世での名前は、ソラシオンとおっしゃるのですね。


結局、ソラは最後まで自己紹介をしておりませんでしたわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。