前編
本日、わたくし、ルナリア・リシャールは五歳の誕生日を迎えました。
これからわたくしは、両親とともに教会へ向かい、洗礼式を受けることになっております。
洗礼式では、魔力量と属性が調べられますが、その結果によって貴族としての価値が決まるといっても、決して大げさではございません。
魔力量が多く、優れた属性を持つ者はどこへ行っても重宝されます。
もちろん、婚活市場においても引く手あまた。
まさに輝かしい未来が約束されたも同然なのでございます。
つまり、洗礼式は、貴族の将来を左右する大切な儀式なのでございます。
わたくしは、リシャール侯爵家の一人娘で父と母からは、それはそれは溺愛されております。
赤子の頃から何かと二人には心配や迷惑をかけっぱなしだったわたくし。
ここらでひとつ、素晴らしい結果を叩き出し、二人を喜ばせてあげたいものです。
わたくしには、前世の記憶というものがございます。
前世のわたくしは、それはそれは美しい、白い毛並みを持つ猫でございました。
毛づくろいには人一倍気を遣い、艶やかな毛並みはとても野良猫とは思えぬものでした。
その美しさは猫界でも評判で、わたくしの美貌は広く轟いていたものでございます。
………ところで、猫なのですから、人一倍ではなく猫一倍と申すべきでしょうか?
いえ、そもそも一倍では、元の数と同じという意味では……?
………。
まぁ、そんなことはどうでもよろしいのです。
とにかく、前世のわたくしは、それほどまでに美しい猫だったのでございます。
そんなわたくしを、世のオス猫たちが放っておくはずもございません。
わたくしを巡って、オス猫たちの間では熾烈な争いが繰り広げられました。
美しい猫には、それ相応の苦労がつきものなのでございます。
そして、数多のオス猫たちとの争いを制し、わたくしの心を射止めたのはーーソラという猫でした。
茶色と黒色の毛がまだらに混じった、決して美しいとは言い難い猫です。
顔にはいくつもの傷があり、右目は深い傷跡によって潰れてしまっておりました。
美しさを誇るわたくしとは、まるで正反対。
けれど、ソラはとても強い猫でした。
喧嘩も強ければ、餌を取ってくる腕前は猫界でも一等。
どんな相手にも臆することなく、わたくしのために獲物を確保してくるとても頼もしい猫だったのです。
………ええ、そうです。
わたくしは、そんなソラが大好きでした。
わたくしの自慢の伴侶でした。
そんなソラとの間に、二匹の子猫が産まれたのは、春の訪れを感じる頃のことでした。
寒さも和らぎ、気温もちょうどよくなってきた春先。
わたくしは、愛するソラとの間に授かった、小さな命を二つ、この世に送り出したのでございます。
姉は、白と茶色の毛並みに、少々鋭い目つきをした女の子でした。
その凛とした顔立ちは、なかなか将来が楽しみなものでございます。
わたくしは、その子に「モモ」と名付けました。
一方、弟はグレーと白の毛並みをした男の子。
猫でありながら、なぜか少々タレ目気味で、どこか情けない顔つきをしております。
……いえ、もちろん、我が子ですから可愛いことに変わりはございません。
そんな弟には「ムギ」と名付けました。
こうして、わたくしとソラのもとに、モモとムギという二匹の愛しい子猫が家族として加わったのでございます。
猫の世界では、出産から子猫が自立するまで、母猫が一匹で子育てを行うのが基本でございます。
オス猫は、基本的に子育てには関わりません。
けれど、ソラは違いました。
モモとムギが産まれてからというもの、ソラは実に甲斐甲斐しく子猫たちの面倒を見てくれたのでございます。
わたくしが傍を離れている間も、二匹に寄り添い、毛づくろいをしてやり、危険がないように気を配るその姿は、世間一般のオス猫の姿からは、ずいぶんとかけ離れたものでした。
ーーまったく、見た目は傷だらけで、まさにボス猫といった風貌だというのに、本当に素敵な猫なのです。
わたくしがソラを愛した理由は、決して強さや、狩りの腕前だけではございません。
こうして、家族を大切にするところもまた、わたくしが彼に惹かれた理由の一つでございます。
ある日、わたくしは子育ての疲れを癒すため、少しばかりの息抜きをすることにしました。
普段、餌はソラが運んできてくれます。
けれど、たまには自分で獲物を探しにいきたい、そう考えたわたくしは、ソラとモモ、ムギの三匹を残し、一匹で餌探しに出かけたのでございます。
幸運なことに、その日はまるまると太ったネズミを捕まえることができました。
ご機嫌でネズミを咥え、家族の待つ場所へと帰っていた、その時でした。
ーーミャア、ミャア………。
ふと、か細い鳴き声が耳に届きました。
聞き覚えのある、幼く頼りない声。
それは、わたくしの愛しい子、ムギの声でした。
けれど、聞こえてくるムギの声は、いつもと様子が違っておりました。
まるで何かを訴えるような、悲痛な声に聞こえます。
胸騒ぎを覚えたわたくしは、足を速めました。
その時です。
「ギャッ!」
耳をつんざくような声が響きました。
たまらず、わたくしは咥えていたネズミを投げ捨て、弾かれたように駆け出しました。
そして、目に飛び込んできた光景に、わたくしは息を呑みました。
血にまみれ、地面に倒れ伏すソラ………。
その傍らには、無残にもバラバラにされたモモの姿がありました。
………え。
何が起きているのか、理解が追いつきません。
そして、目を向けた先にはーー。
ムギが二人の子供に掴まれておりました。
その足元には、切り落とされたムギの前足が片方、転がっていたのでございます。
子供たちは、男の子と女の子でした。
わたくしは考えるよりも先に、刃物を手にした女の子めがけて飛びかかっておりました。
「シャーーーーーーッ!!」
「きゃっ!」
女の子が悲鳴を上げます。
しかし、わたくしがその身に爪をたてるよりも早くーー。
「バシンッ!」
男の子に叩き落とされ、わたくしの身体は地面に転がりました。
「何なの、この猫!!わたくしに攻撃してきたわよ!!」
怒り狂った女の子が、わたくしを何度も踏みつけます。
痛い。
苦しい。
けれど、そんなことより、ムギが………!
助けなければ。
早く。
ーー動いて!
そう思うのに、身体はぴくりとも動きません。
何度も踏みつけられたせいか、意識も次第に遠のいていきます。
霞んでいく視界の向こう、人間の子供たちは笑っておりました。
二人は、動けなくなったムギを、まるで遊びでも楽しむかのように笑いながら、その小さな身体を切り刻んでいます。
やめて。
お願いだから、やめてください。
わたくしの可愛いムギなのです。
けれど、どれほど、願っても、もう身体は動きません。
薄れゆく意識の中、わたくしはただ、愛しい我が子が無残に解体されていく光景を見せつけられることしかできませんでした。
許さない許さない許さない許さない
やがて、視界が暗闇に沈んでいきました。
ーーモモ。
ーームギ。
ーーーーソラ。
大好きよ。
こうして、わたくしは愛する家族を失い、無念のうちに息を引き取ったのでございます。
そして、気がついた時には、わたくしはルナリアとして生まれ変わっておりました。
赤子の頃から、前世の猫だった頃の記憶があったわたくしは、モモやムギ、ソラのことを思い出しては、よく泣きわめいていたものです。
両親からしてみれば、腹が減ったわけでもなく、排泄でもない。
なぜ泣いているのか分からず、さぞ困惑したことでしょう。
理由も分からぬまま泣き続けるわたくしを、父も母もひどく心配してくれました。
今思えば、本当に申し訳ないことをしたものです。
教会に到着すると、入り口では、いかにも高齢といった様子の神官がわたくしたちを待ち受けておりました。
「お待ちしておりました。リシャール家の皆さま。本日、ルナリア様の洗礼式を担当致します、オーウェンと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
そう言って、オーウェンは恭しく頭を下げます。
父が一家を代表して挨拶を返しました。
「リシャール家当主のセオドアです。本日は娘をよろしく頼みます」
「ルナリアです。よろしくお願いします」
わたくしも父に倣い、ぺこりと頭を下げました。
すると、父の後にわたくしへと視線を移したオーウェン様は頬を赤らめ、唖然とした表情のまま、すっかり固まってしまわれました。
………ふふふ。
うんうん。
分かりますとも。
今世のわたくしも、とても美しいですからね!
見惚れてしまうのも致し方ありません。
前世の白い毛並みの名残でしょうか。
わたくしの髪は、光を受けて美しく輝く白銀色。
瞳は淡い紫色で、愛らしさの中にも気品を感じさせる色合いです。
顔の造作も整っており、五歳にして、儚げな美貌と愛らしさを兼ね備えているのでございます。
そう!
それこそが、わたくしルナリア・リシャールなのですわ!
………まぁ、自画自賛はこのくらいにしておきましょう。
猫という生き物は、プライドが高く、自尊心も高い生き物なのです。
ええ、そういう生き物なのですから、これぐらいの自慢はお許し下さいね。
「んんっ。それでは、オーウェン殿、案内を頼めますかな?」
父が咳払いを一つして促すと、オーウェン様はハッと我に返りました。
「はっ、はい!」
こうして、わたくしたちは、教会の中へと足を踏み入れました。
それにしても、教会内に入ってからも、あちらこちらから視線を感じます。
………まぁ、仕方のないことでしょう。
我が家の家族や使用人たちは、わたくしの美貌に見慣れておりますが、初見の方々にとっては、そうもいかないのでしょうね。
ふふっ。罪な美しさですわ。
………いけませんわ。
また自画自賛しておりました。
教会の奥へと進んでいくと、やがて周囲はしんと静まり返り、厳かで静謐な空気に包まれます。
高い天井には精緻な装飾が施され、壁に設けられたステンドグラスからは、色鮮やかな光が差し込んでおります。
重厚な装飾の数々は、訪れる者を圧倒するほどの荘厳さを放っておりました。
そして、わたくしたちがたどり着いたのは、先ほどまでの景色さえ霞んでしまうほど、ひときわ立派な扉でした。
中へ足を踏み入れた途端、先ほどにも増して痛々しいほどの静けさに包まれました。
ひんやりとした空気が肌を撫で、思わず身を引き締めます。
室内は広々としており、正面には大人の背丈ほどの神像が鎮座しておりました。
その前に据えられた石台は一つ。
そして、その上には人の頭ほどもある大きな水晶が置かれております。
水晶の前まで進むと、オーウェン様がわたくしに尋ねます。
「魔力の流し方は分かりますか?」
「はい。大丈夫ですわ」
ええ。もちろんですとも。
今日、ここに来るまでに、何度も練習させられましたからね。
「では、この水晶の上に手を乗せ、魔力を流してください」
オーウェン様に促され、わたくしは水晶へと手を伸ばし、そっと魔力を流しました。
すると、水晶が淡く光り始めました。
おお、順調ですわね。
………などと思ったのも束の間。
突如、水晶が目もくらむほどの眩い光を放ち始めたのです!
しかも、ただ光るだけではありません。
青、緑、黄色、白、紫、五色の光が次々と入れ替わり、輝きます。
あまりの眩しさに、思わず目を細めました。
そしてーー。
『ビシッ!』
不穏な音が静まり返った室内に響きました。
見ると、水晶には大きな亀裂が走っております。
その直後、あれほど眩しく輝いていた光は、嘘のように消え失せてしまいました。
………。
わたくしは、さすがに青ざめました。
ま、まさか………わたくしが壊してしまったのでしょうか!?
いやいや、まさかそんなはずは………!
………この水晶、おいくらするのでしょうか?
不安に駆られたわたくしは、オーウェン様と父、母の顔を交互に見上げました。
しかし、三人とも揃いも揃って茫然とした様子で、誰一人として口を開こうとはいたしません。
室内に重苦しい沈黙が漂う中、最初に我に返ったのはオーウェン様でした。
「し、神殿長をお呼びしてまいります」
そう言い残すと、慌ただしく部屋を飛び出していかれました。
………。
これは、本格的にまずいのでしょうか。
まるで死刑を待つ囚人のような心地で、わたくしが身を縮めているとーー。
バタバタバタッ!
廊下から、慌ただしい足音が響いてまいりました。
そして、勢いよく戻ってきたオーウェン様の後ろには、神殿長と思わしき人物が続いていたのでございます。
オーウェン様も、神殿長と思われる方も、見たところかなりのご高齢です。
そんなお二人を走らせてしまうようなことなのですね………。
………申し訳ないことをいたしました。
などと考えているうちに、神殿長はわたくしたちに軽く目礼をすると、水晶の前まで歩いていかれました。
そして、水晶を見ながら、オーウェン様と何やら話し始めます。
声を潜めているため、こちらまでは内容が聞こえてまいりません。
………ううっ、気になりますわ。
まさか、水晶の修理代について相談しているのでしょうか。
わたくしが内心そわそわしていると、やがて神殿長がこちらへと歩み寄ってきました。
「はじめまして。私はこの神殿の責任者をしております、ルーランと申します」
そう名乗り、ルーラン様は穏やかな笑みを浮かべて挨拶をなさいました。
「今回の鑑定結果をお伝えしたいので、別室でお話しましょう」
ルーランにそう促され、わたくしたちは案内された部屋へと移動し、改めて説明を受けることになりました。
そして、席に着くなり、ルーラン様が口を開きました。
「さっそくですが………。ルナリア様は、五属性をお持ちであるうえに、非常に膨大な魔力をその身に宿していらっしゃることが判明いたしました。あの水晶にひびが入るほどの魔力量など、私がこの神殿に勤めて以来、初めてのことでございます。王族の方々でさえ、そのようなことはございませんでした」
ルーラン様は、いまだ信じられないといった面持ちでそう説明なさいました。
その後も、ルーラン様は何やら色々とお話しされておりましたが………。
わたくしは、どうにも落ち着きませんでした。
輝かしい結果を出して、両親を喜ばせたい…そう思っていたのですが、お二人の様子は、とても喜んでいるようには見えません。
母はどこか困惑したような表情を浮かべ、父に至っては、眉間に深い皺まで寄せております。
おかげで、ルーラン様のお話はほとんど耳に入ってきません。
属性や魔力量が多いと言うのは、良いことだと思っていたのですが……そうではなかったのでしょうか。




