第6話 手を伸ばす
目の前で人々が襲われそうになっていた。
剣を持ち、鎧を着ている兵たちが五体の化物に抗おうとしている。
けれど、彼らでは、人々を守り切ることはできない。
「────」
アルスに戦い方の記憶はない。
しかし、手が、足が、動く。
赤色の羅針盤にも似た何かが、彼女の手元で輝く。
口はその名前を知っている。
「──〈暴風雨穿弾〉」
水の弾丸が放たれる。
離れていた場所の化物の胸が、血潮と共に爆ぜた。
何が起きたのか、アルス自身にもわからなかった。それでも彼女の口がさらに動こうとした。
「──!」
瞬間、アルスはライに掻っ攫われる。視界が勢い良く横に流れた。
「え」
「馬鹿が! 死にたいのか!?」
ライはアルスに怒号を放つ。どこか、その声には焦りが混じっていた。
先程までアルスがいたところに、彼女がその胴体を貫いたはずの化物がいた。
速い。
その腕はアルスの代わりに石畳を殴り、陥没させていた。
「反応がいいな」
化物は、喋った。
アルスの眉がひくついた。また腕が動きそうになったが、押さえ込む。
「だがその程度じゃオレには敵わんぞ?」
台詞に反し、化物は三人を、特にライを警戒していた。
その様子は、まるで人間みたいだった。
化物のうち一人がティアへ、三人がライへ襲いかかる。残る一人──アルスが攻撃を仕掛けた相手──は、ライから距離を取ったままだ。
「そうか」
黒い剣閃が一筋。
ライの背後を取った化物の首が三つ、石畳に落ちる。
アルスには、剣を取り出したのも、斬ったのも、まるで見えなかった。
ライはアルスに視線だけを投げる。意味はよく分からなかったが、アルスはその場から離れる。化物は彼女に一瞬だけ視線を向けたが、すぐに離す。
「⋯⋯ほぉ」
ライは黒い剣を振るい、化物はそれを鉤爪で弾く。
夜の中に火花が散る。
石畳が砕け、街灯が折れる。
刹那の衝突が繰り返される。
化物はニヤリと笑う。血を求める獣のようにも、玩具を見つけた子供のようにも思えた。
直後、剣と爪が激突し、一瞬静止する。
化物はもう片方の爪をライに振るう。しかし彼は体を僅かに右側へと捻り、蹴りを入れる。
そして、化物の全身を斬り刻む。
その動きはまるで何百回と繰り返してきたかのように洗練されていた。
鮮血が舞う。
しかし、ラッシュのトドメを化物は躱し、後ろに跳んで距離を取る。
「⋯⋯はは。お前、一級か?」
化物は立ち止まり、ライを睨む。
化物の体中の傷が煙を上げ、段々と塞がっていく。
ただひとつ、左腕の傷を除き。
ライは、ただ景色でも眺めているかのように、化物を見ていた。傷が治るのも、治っていない部分があるのも、当然なのか。
直後。
血の触手が伸びていた。治っていない傷から、だ。
しかしライはそこにいない。いつの間にか化物の懐に入り込んでいる。
黒い剣が化物の右手の鉤爪を弾く。
ライの掌の中、黒赤い光が幽かに浮かぶ。
黒い炎がうねった。
だが、血がライと化物の間に割り込み、蒸発した。
「⋯⋯⋯⋯」
ライは黒い剣を、片手で構え直す。
「黒と赤⋯⋯なるほど⋯⋯?」
化物はライを注視している。
アルスを一瞥もしなかった。戦力外。敵としてすら数えられていない。
アルスは、ライと化物の攻防に魅入られていた。
背後で何か叩きつけられるような鈍い音。乱れている呼吸音が聞こえる。
振り返らないといけない。そう分かっているのに、目が離れない。
二人の動きは速すぎて見ることができない。けれど、次、化物がどう動くのかだけが、先に浮かんだ。
化物はライに爪を振るう。
その一撃目はフェイントだ。二撃目が本命。避けないといけない。
そう思った時には、ライは即座に化物の腕を斬り落としていた。
「⋯⋯面倒だな、死なれたら」
ふと、彼はそう言った。
「は?」
ライの姿が、消える。
一閃。化物の指が斬り飛ばされる。首を狙っていた一撃を、化物は手で逸らしたのだ。
しかし、ライの懐が空く。
化物はそれを隙だと判断した。指の傷口が赤く蠢く。
その、瞬間。
化物の首には黒い剣が突き刺さっていた。
「⋯⋯ぐっ!」
ライの左手。そこには先程までなかったはずの黒い剣が握られている。
化物は目を見開き、歯を噛みしめる。
それでも、化物はライの剣を掴んだ。
鮮血を流しながら黒い長剣は響く音を立て始める。
「⋯⋯⋯⋯」
黒色の閃光が黒い剣から迸る。
それは化物の全身を伝播し、焼き切り、破裂させる。
間近くでそうなったというのに、ライは返り血の一つも浴びなかった。青い何かに血が弾かれたのだ。
「血で汚れるのは嫌なんだ。手間かけさせやがって」
ライは、化物だった者の、蠢く肉塊を踏み付け、潰して、黒い火を放ち燃やし尽くす。
「さて、と」
ライはティアを助けに行った。
そこでようやく、アルスは気がついた。
ティアも化物の相手をしており、押されていた。
動こうとした。助けようとして、でも、立ち止まる。
視界に、さっきの陥没した石畳が入ったからだ。足に力を込めても、動けなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
ティアを助けに行かないといけない。けれど、一歩踏み出したところで、またライに庇われるだけだと分かってしまう。
助けなきゃ。動かなきゃ。
そう思っても、足は動かない。
いや。
違う。
ティアじゃない。
ライ、なんだ。
同じだった。化物を殺さなくてはならないという目は。
けれど、それだけではなかった。軋む音も聞こえた気がした。
まるで、壊し続けないと、自分自身が消えてなくなってしまうみたいだ。
怖かった。触れたら崩れてしまいそうな気がして。
それでも、アルスの指先が動く。今度は殺すためではなく、
──手を、伸ばさないと。




