第43話 変死体
リトと離れたハルは、すぐにライに電話を掛けた。
「調査、終わりました。これから戻ります」
「お疲れ様⋯⋯と、言いたいが」
電話の向こうの声が、少しばかり低くなった。
瞬間、ハルの背筋がピンと伸びた。
「実は君の動向をずっと観察していたわけだが、かなり大胆にいったな?」
「うっ⋯⋯スミマセン⋯⋯」
ハルは平謝りした。相手はそこにいないというのに。
「⋯⋯まあいい。過程はどうあれ結果は良好だ。すぐ迎えが行くから、その場で待っていてくれ」
「わかりました」
ライの言うとおり、ハルはしばらく待っていた。
数分して、黒いセダンが来て、ハルの目の前に停まった。後部座席にはライが既に座っていた。
ハルが車に乗り込むと、すぐに走り出した。
「朝に言ってた検死の結果が出た。今から戻って確認するわけだが⋯⋯」
ライはハルの方に目を向けた。
「⋯⋯死体、見れるか?」
「大丈夫です」
「綺麗な死体ってわけでもないし、キツかったらすぐに言うように、な。無理して見るようなものでもないから」
ライはそのまま黙ってしまった。
彼の感情がわずかに揺らいでいるのをハルは感じ取った。その様子は彼らしくもないから、気になった。
「⋯⋯やっぱり魔法使いって、その⋯⋯死体とか、よく見るんですか?」
「ああ。情報系の仕事ばかりやってきた俺でも、そういうのはよく見た。討伐仕事とかなら、そりゃ酷いって知り合いがよく言ってたよ」
「知り合い?」
「ああ。テトラ協会⋯⋯そこに古い知り合いがいるんだ。今どうしてるのかは知らないけどな」
テトラ協会。エイリフが所属している場所だ。
たしか、あの協会は使徒や魔獣などの討伐が主な仕事内容だったはずだ。
「そうなんですね。⋯⋯少しだけ、先が思いやられます」
「ま、キツイなら辞めればいい。魔法使いは結構潰しが効く職業だからな。無理してもいいことはないし」
ライはそう言って会話を切り上げ、窓の外に流れる景色を眺め始めた。
しばらくして、車はレンテルの校門前に到着した。
そこから、二人は医学部棟の検死室に向かった。
医学部棟は、荘厳な他の校舎とは違い、直線的で機能性を重視した造りだった。
ライは扉に貼り付けられた『検死室』と書かれたプレートを見つけると、その部屋に入った。
壁も床も真っ白で、無機質な印象を受けた。
壁沿いにはロッカーがいくつか並び、部屋の中央の机の上にはラップトップが一台あった。
「来たね」
椅子には一人の白髪混じりの男が座っていた。彼の白衣は使い古されたようによれていて、心なしか、その顔には生気がないように思えた。
「ストラーフ一級魔法使い⋯⋯と、その子は?」
「生徒です。実習の一環で。ドクター、同席させても?」
「よろしい。あまり見て気分が良いものでもないがね」
ドクターは手で、ライとハルに椅子に座るよう促した。
二人がドクターと向かい合うように椅子に腰掛けると、彼はラップトップの電源をつけて、少しだけ操作し、一枚の写真を表示した。
「⋯⋯⋯⋯っ」
ハルは息をのんだ。
映画館の椅子に力なく座り込んだ少年たちの姿。
彼らの体は変形していた。
頭部の上半分のみが異形となっている死体。
腹部が異常に膨れ上がった死体。
そして、全身が真っ青に変色した死体。
「⋯⋯普通じゃないな」
ライは顔を顰めていた。
「そう。普通じゃない。特筆すべきは、彼らの死体には外傷がなかったことだ」
ドクターは次の写真を見せた。変色死体が解剖台の上に寝かされていた。
「現場にも血痕はなかった。死体にも傷はなかったとなると⋯⋯死因は何だったんです?」
「肉体の急激な変化だ。内臓圧迫もしくは破裂⋯⋯特に扁桃体付近の変容が見られた」
「色は?」
「おそらく黄魔法だろう。少なくとも、呪いの反応は検出できなかった」
ライは顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。
ハルも同じく、考え込んだ。
黄魔法は変化の魔法だ。普通は身体機能の強化に使うもの。人を殺すためなら、わざわざこんな手間なんてかけないはずだ。
「⋯⋯殺害そのものが主目的じゃない?」
ハルはそう推測した。
現場に大量に残された残痕。
死体の処理もしていないから、発見されることが前提であるように思えた。
そして肝心の死体も、ただ殺すにしては無意味なやり方だった。
「その可能性があるな」
ライは言葉を付け加えた。
「キーとなるのは扁桃体付近の変容だろうな。そこには魔力回路にあたるなにかがあるとされる。まだブラックボックスだが、わざわざ手を入れているということは⋯⋯ドクター、被害者の色適正はなんです?」
ドクターはラップトップを自身の方に向けて、少しの間操作した。
「ないようなものだな。使えないことはないが、普通の人の範疇だ。まさか、色適正を弄っていると?」
「そのまさか、かもしれませんね。扁桃体を弄り、肉体を変容させる⋯⋯改造のようではないですか?」
ドクターは腕を組み、しばらく考え込んだ。
どうやって人間は魔法を使っているのか。その仕組みは現代の魔法生体学でも未解明だ。これは高校の魔法科でも習う程度の常識である。
まして、施術によって色適正を獲得するなんて馬鹿げた話だろう。
だが──
「否定はできないな」
ドクターはライの提示した可能性を笑い飛ばさなかった。
「脳に宿るとされる魔法の発生源⋯⋯その全容はブラックボックスだ。しかし、過去にロボトミー手術を施された患者の状態報告に、興味深いものがあった」
ドクターはラップトップをライとハルの二人にも見えるように置き直しつつ、話し始めた。
「前頭葉の切除という脳への物理的な干渉によって、感情の有無に関係のない基礎的な魔力生成量が減った⋯⋯これは、脳と魔法、魔力が密接な関係にあるという根拠としては十分だろう」
ハルにはドクターが何を言っているのか、半分ほどわからなかったが、ライの仮説が医学的にありえない話でもないということだけは把握できた。
「もっとも、肝心の扁桃体付近を切除したことによる魔力回路への影響は確認できていないがね」
「⋯⋯ただまあ、それは大した問題ではないでしょう」
「と、いうと?」
「実験です。犯人も確信を持ってやっているわけではないのでは? こうやって人体実験をするような気狂いの魔法使いはそう珍しくないですし」
「なるほど。⋯⋯こんなことをする狂人が珍しくないとは、現場の常識はおかしいな」
ドクターはラップトップを閉じて、椅子から立ち上がった。
「ひとまずわかることと言えばこのくらいだ。また何かあれば聞いてくれ。では、私は授業があるので失礼させてもらう」
ドクターは一足先に部屋を出ていった。
「⋯⋯ふう。本当に見て気分が良いものではなかったな。予想外だった。ハル、大丈夫か?」
「はい。大丈夫、です」
「そうか。⋯⋯もういい時間だし、今日はここまでだ。続きは後日にしよう。リト・ウィーラーになにか動きがあってからだな」
「もういいんですか?」
「ああ。⋯⋯本当に、あの教師は職権を濫用しているよ。調整まで全部俺に回すもんだし⋯⋯はぁ⋯⋯」
「あはは⋯⋯なんかごめんなさい。私のために、そこまで」
「あ、悪いな。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。愚痴言ってすまなかった」
ライとハルもドクターに続き部屋を出て、すぐに解散した。
その足のまま、ハルはレンテル敷地内の女子寮に戻った。
そして翌日から、ハルはいつも通りの学生生活に戻った。
そんな日常がしばらく続くものだと彼女は思っていた。
──けれど。
事態は予想より早く、動き出した。




