第36話 近道
水の塊が子供たちを打ちのめした。その肉体は廊下の壁に叩きつけられた。
青白い体が凹み、肉が割れていた。けれど血は流れていなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
子供たちは重なった呻き声を上げて、立ち上がった。その間に、凹んだ肉体が膨らみ、割れた肉が元に戻った。
アルスの周りに水の玉がいくつか浮かんだ。直後、それらから水の光線が飛んだ。
水の光線で頭を撃ち抜き、手足を切断した。
子供たちはその場に倒れたが、死んではいなかった。
「⋯⋯ごめんね」
傷を塞ぎ、手足を生やし、動こうとしていた子供たちの周りに水の玉が浮かんだ。それらは跳ねるように蠢き、破裂した。
子供たちの体は木端微塵に壊された。肉塊が廊下にぶちまけられた。
それでもなお肉塊は蠢こうとしていた。だから、アルスはそれらを魔法で燃やした。
まともに葬送もできやしなかった。
アルスは拳を握りしめた。
「早くこの空間異常を終わらせないと」
アルスはその場から立ち去った。
廊下を進んだ。手当り次第に部屋に入り、中を確かめた。何度かあの男の死体がある部屋にも行き着いた。子供たちの死体が再び現れることはなかった。あの場所まで戻ればあるだろうが、戻りたくはなかった。
「どこにあるの?」
核らしきものは見当たらなかった。
同じ部屋に何度も何度も入っていた。
廊下の反対側に進んでもそうだ。
このまましらみつぶしに探していては、先にアルスの体力が尽きてしまう。
「⋯⋯もしかして、核の位置は一定じゃない、とか?」
どこかに隠れている可能性も考えられる。だがあの魔導書に書かれていた核の形と大きさからして、そう簡単に隠せるようなものではない。部屋の中央を占める程度には大きいはずなのだから。
「あるいは、隠し扉みたいなものがあったり⋯⋯」
まず疑うのなら、あの男の死体がある部屋だ。
アルスはその部屋にもう一度入り込む。そして壁に手を当て、〈反響定位〉を使った。
だが、隠し部屋があるような反響の感触はなかった。
「私が近づくたびに、別の場所に移ってる⋯⋯?」
アルスは、魔導書の内容を再度、たしかめた。
『対象者が認識した部分のみを作り出す。その他はデータとして保存する』
「⋯⋯認識した部分のみを、作り出す。それ以外はデータのまま。⋯⋯あっ!」
核は、この空間異常を維持するために必須となるものだ。
物理的な空間として成立していない部分に、この核を配置できるのだろうか。
「でも、認識には魔法の測定も含まれる。私の視野じゃない。⋯⋯ああでも、だとすれば、核の位置は何を基準に決められるの?」
アルスはその条件を考えようとしたが、思考を捨てた。
その必要はないと、判断したからだ。
「いいや、関係ないね。場所なんてわからなくていい。ちょっと乱暴になるけど⋯⋯」
アルスの足元に、赤い魔法陣が展開された。黄色い魔法陣も赤い魔法陣に接するように広がった。
また、アルスは右手に青色の魔法陣も展開していた。青い障壁が彼女を包んでいた。
「──全部ぶっ壊すだけだから!」
基準点はアルス自身。ピンポイントで破壊するのではなく、面で破壊する。
この屋敷は木造だ。ならばさぞ、破壊しやすいだろう。
「〈魔法広域化・爆裂〉っ!」
最も単純で、最も火力の高い汎用魔法。おそらく今のアルスが使える魔法の中で、一番危険だろう。
これを教えられたときは、使うタイミングなんてすぐには来ないとアルスは思っていた。
「さて⋯⋯と?」
アルスは自身を囲っていた青い障壁を解いた。
周りは真っ暗な空間になっていた。今ここに構築されていた屋敷の構造体を丸ごと吹き飛ばしたから、周囲には異空間が広がった。
やがて、再び空間が構築された。
だが、屋敷は元には戻らなかった。
一面に広がる木の床。遮蔽物は何もなく、ただただ広いだけの空間。
その真ん中に、壊れかけた石造の祭壇があった。
そして、それを守るように立ち塞がる化物の姿も。
化物には両腕と両足があるが、首はなかった。人型ではあるものの、ずんぐりむっくりとした体型だった。アルスよりその体格はずっと大きかった。
くすんだ青緑の胴体には、横に引き裂かれたような口があった。不揃いな人間らしい歯が並んでいた。
目らしきものはなかったが、化物はアルスのほうを見ているように感じられた。
「⋯⋯エイリフ」
祭壇の近くに、エイリフが倒れていた。気絶しているのか、あるいは死んでいるのか。それはわからない。
「なるほどね。⋯⋯君が、犯人というわけだね」
けれど、やるべきことは変わらない。アルスは化物の姿を見て、そう呟いた。
「アルスさん!」
そのとき、広い空間の向こうからゼアンの声がした。
振り返れば、彼女が走ってきていた。
「なにこれどういうこと!? 気づいたらエイリフとアルスさん居なくなってたし、いきなり建物が壊れたかと思ったら⋯⋯」
「あとで詳しく話すから、とにかく、手を貸して、ゼアン。あの化物が今回の事件の原因だから」
ゼアンはエイリフが呼吸していることを確かめた。
それから、彼女は空間から木の杖を取り出した。
「わかったわ。でもアルスさん、私の足を引っ張らないでよね」
「私のが強いと思うけど、わかった」
「⋯⋯アルスさんって意外とそういうとこあるわよね」
「えっ」
瞬間、化物がアルスたちに飛び掛かってきた。
だが、化物は風に吹き飛ばされた。
「硬いわね」
ゼアンは化物に杖を向けたまま、そう言った。
あのとき、アルスに向けて放った風の魔法とはまるで威力が違った。
だが、風は化物の体の表皮こそ裂いたものの、大した傷は与えられていなかった。
「ゼアン、魔法ってのはこうするんだよ」
アルスは鼻を鳴らし、赤い魔法陣を展開した。
水の光線が、化物の胴体上部を撃った。
⋯⋯しかし、化物は大きく揺らめいただけで、その頭は少しばかり傷がついただけだった。
「アルスさん、私とそんな変わらないけど」
「⋯⋯あれ、思ってたより──」
化物が動いた。見きれないスピードではなかったが、しかし、速かった。
アルスとゼアンは左右に跳躍し、化物の腕の振り下ろしを避けた。
「⋯⋯強い」
化物は木の床にクレータを作っていた。
アルスの感覚だけで判断するなら、その化物のスピードとパワーは、上位使徒に匹敵していた。




