第35話 子供たち
屋敷の所有者とは、何十年も前から連絡が取れていなかった。
それなのに、なぜ九年前までの研究記録があるのか。
「この空間異常が関係している? ⋯⋯そういえば、トリ協会の魔法使いがここに侵入したときも、何も異常はなかったって言ってたっけ」
しかしそうなると、新たに疑問も湧く。
九年前まで研究がされていた。だが失踪事件が起きたのは二ヶ月前から。それまでは特に何も報告されていなかった。
「わからない。情報が少なすぎる。調べないと」
アルスは本棚の方に目を向けた。
「⋯⋯魔導書」
アルスは本棚に手を伸ばした。手当り次第にそれっぽい本を取り、中身を見た。
黒魔法、黒魔法、黒魔法。
共通しているのは魂に関する魔法。
ある一冊には、生き返らせたい相手と近い年齢や、同じ性別の人を集めて身体を作り、彼らの魂を元に、相手を輪廻の輪より降臨させる、と記されていた。
他にも神がどうとか、楽園がどうとか、眉唾なものばかりだ。
緑魔法に関する魔導書もあったが、二、三冊しかなかった。
「⋯⋯これも違う。⋯⋯これは?」
アルスは手に取った、黒い表紙の本を開いた。
タイトルは『黄泉の世界へ行く方法』だ。
「黄泉⋯⋯死後の世界ってこと?」
アルスは本を読み始めた。
いわく、黄泉の世界は実在する。
いわく、黄泉の世界とは終着点である。
いわく、ゆえに黄泉の世界に辿り着くには、時空を操ればいい。
白魔法に関する魔導書だった。
「一定領域の時間を減速させ続ける⋯⋯そうすれば、相対的に外の世界は加速していき、果てには黄泉の世界となる⋯⋯?」
他にも記されていたことは多かった。
時間と空間の分断方法。自身の不老不死化。そしてそれらを可能とするための儀式と必要なもの。
いくつも付箋があった。いくつもメモがあった。
「⋯⋯そう、なのね」
そして、記されていた魔法の内容には、この廃屋敷の空間異常との類似点が見られた。
基礎となる空間を復旧、再使用することで、内部の時間状態を一定に保つ。
ただし対象者が認識した部分のみを作り出す。その他はデータとして保存する。
「継ぎ接ぎ、ループ形状については書かれてない。けど、それを追加する余地がのある魔法構造。廃屋敷内の空間異常はこの魔法が元になってるかもしれない」
アルスは一時間ほど、魔導書を読んでいた。
最後のページを読み終わり、アルスは本を閉じた。
「核。魔法の起動、維持、そして終了のためには核となる儀式の台座が必要になる⋯⋯だったら、それがこの屋敷のどこかにあるはず」
アルスは核を探し、止めることにした。
「その間に、二人とも合流できたらいいけど⋯⋯」
アルスは部屋から出ようと、扉のノブに手を掛けた。
そのとき、アルスは止まった。
ほんのわずかなものだった。
しかし、確実に感じ取れた。
──振動。
何者かが、部屋の外にいた。
「────」
アルスは息を呑んだ。
レテのような魔力は感じない。ライのような威圧も感じない。そしてテスタのような違和感も覚えない。
そこにあるのは、ただただ純粋な恐怖だった。
「⋯⋯⋯⋯」
振動はアルスがいる部屋の前に段々と近づいていった。その速度は、人の歩く速度と同じ程度だろうか。
ペタペタペタペタ。
素足で床を踏むような音が重なって聞こえた。
じゃあこの振動はなんだ? 足音とは別に、ドアノブから伝わってきていた。
「⋯⋯っ」
足音は、アルスの部屋の扉の前で止まった。
そして、アルスはドアノブから手を離した。
「ッ!」
アルスは勢い良く、後ろに跳んだ。
直後、ドアが突き破られた。
真っ白な細い腕が、いくつも伸びてきた。
「ひっ⋯⋯ばけ⋯⋯!」
青白い肉塊、とでも形容すべきなにか。
それが室内に侵入してきた。
しかしよく見れば、それを形作っているのは人の身体だとわかった。
何人かの子供が粘土細工みたいに固められたモノだ。
下部からは数人分の足が生えていて、側面からは同じく、幾本もの腕が生えていた。
頭部に当たる位置では、いくつもの頭が溶け合って固まっていた。
目や鼻、口、耳は至るところにあった。
まるで人を知らない者が、人の特徴だけを聞いて描いたようだった。
「「「「あ、あ、あそ、ぼ、ん、んで」」」」
幾人かの声変わり前の少年の声が重なっていた。
アルスの身体が一瞬、強張った。
それ──子供たちは、アルスに手を伸ばした。
アルスは幾本もの手に、首と胴体、足を掴まれた。
冷たい。体温などなかった。
「かっ⋯⋯」
首を締め付けられた。肋が、足が潰されそうだ。
「「「「ねぇ、ねぇ、あ、あそん、で」」」」
「があっ──!」
死ぬ。意識が、途切れる。
アルスがそう思った瞬間、子供たちの腕が引き裂かれた。
あかい水が、床に垂れた。
「「「「────」」」」
甲高い絶叫が響いた。
アルスは床に落とされたが、すぐに子供たちから距離を取った。
「はあ、はあ⋯⋯」
痛みは残る。けれど骨までは折れていない。
いいやそれより、魔力を治めないと。あのあかい水だけは使っちゃいけない。
「「「「いた、い。いたい、よ!」」」」
引き裂かれた断面から、白い腕が生えた。子供たちはその腕を、アルスへ薙いだ。
アルスはさらに距離を取り、躱した。
「殺らなきゃ⋯⋯でも⋯⋯」
これは使徒でも、魔物でもない。
人だ。
人だったんだ。
いくつもある目が、アルスの視界に入ってしまった。
「⋯⋯⋯⋯っ!」
アルスは、手を伸ばした。
ああ、けれど、その手の先には──。
「ごめん」
赤色の魔法陣が、展開されていた。




