第32話 山奥にて
アルスたちがレンテル魔法大学に入って一週間が経過した。
アルスは魔法だけでなく、魔法社会の常識も学んだ。
そんなある日の朝、アルスは校門に向かった。
「二人とも、おはよう」
校門にはゼアンとエイリフの二人がいた。
今日、アルスたち三人は魔法使いとしての任務に出ることになっていた。もっとも、レテからは肝心の任務の内容を聞かされていなかったが。
二人はいつもの格好ではなかった。ゼアンは動きやすそうな黒基調の長袖と長ズボン、エイリフはテトラ協会の赤い制服を着ていた。
「おはよう、アルスさん」
「おはようございます、アルス様」
しばらく三人が待っていると、黒い車が来た。
運転席から黒いスーツを着た男が出てきた。彼はアルスたちの名前を確認すると、車に乗るように促した。
都市部を抜けて、窓の外では建物が少なくなった。代わりに木々が増えていった。
やがて車は山道に入り、山奥の路肩で停まった。
「ここです」
スーツの男はそう言った。アルスたちは下車した。
「では、今回の任務についての確認を行います」
スーツの男は用箋挟を取り出した。そこには何枚かの紙が挟まれていた。
「目的となる廃屋敷は、この未舗装路を真っ直ぐ進んだ先にあります」
アルスは路肩に目をやる。そこには獣道とまではいかないが、荒れた道があった。車でここを通っただけだと見落としていただろう。
「廃屋敷は何十年も所有者と連絡が取れていません。そして二ヶ月前から、この山付近での失踪事件が多発しました」
男は用紙をめくった。
「トリ協会から派遣された魔法使いによる実地調査の結果、大半の失踪者の痕跡が、この廃屋敷に向かって続いていたそうです。そしてその後、廃屋敷から出ていったような痕跡は確認されていません」
アルスは少しだけ首を傾げた。
「質問いいかな?」
「はい、ヴィルミア様」
「ん。どうしてトリ協会は屋敷の調査をしなかったの? あの協会って、偵察とか、そういうの担当だったはずだよね。何か理由でも?」
「はい。当初はトリ協会の主導で、山の実地調査と同時に廃屋敷の調査もしました。しかしながら、調査員が廃屋敷に侵入したところ、なんの異常も発見できませんでした」
「⋯⋯え? じゃあオレたちが行ったところで意味ないんじゃ?」
エイリフは当惑した面持ちで言った。
「それは⋯⋯その、アインヴァイス様が直々に、この仕事を⋯⋯取っていったといいますか。責任もなにもかもを引き受けるから、と」
男は乾いた笑いを浮かべていた。
「先生⋯⋯」
アルスたちは頭を抱えた。
ともあれ、引き受けた仕事には変わりない。
アルスたちは廃屋敷に向かった。
鬱蒼とした森林。もう日は昇っているというのに、頭上を覆う枝葉のせいで薄暗かった。落ち葉を踏みしめる音だけが、アルスたちの耳に入っていた。
「やな雰囲気ね⋯⋯。なんで、失踪者はこんなとこを通ったのかしら」
ゼアンは眉をひそめていた。
妙に湿っぽい空気で、朝だというのに薄暗い。わざわざ入りたくなるような場所には見えなかった。
エイリフは道を見ながら、答えた。
「さあね。⋯⋯ただ、獣道として頻繁に使われるわけではなさそうだ」
「どういうこと?」
「獣道なら、こうして落ち葉が貯まることはないからね」
エイリフの言うように、アルスたちが歩いている道は落ち葉が沢山ある。地面が露出しているところはほぼなかった。
そのわりには、人の足跡はあった。
「ハルならもっと分かるだろうけど、魔力の残痕も人のものばかりだ。それに、ここ、山奥にしては動物の気配がないような気がしない?」
アルスは周りの魔力を確認した。今ある反応はゼアンとエイリフのもの。あとは、この道に残った何者かの魔力だけ。
「たしかに。今近くにいるのは私たちだけだね。人か動物の魔力かは判別できないけど」
「あ、アルス様って動物特有の魔力反応まだ知らないんでしたっけ?」
「うん」
「じゃあまた今度教えましょうか?」
「いいの? ありがとう」
などとアルスたちは話しながら歩いているうちに、少し開けた場所に出た。
そして目の前には、レンテルの建物と比べても遜色ない大きさの屋敷があった。
けれど、庭の草木は伸び切っていて、建物には蔦が這っていた。
窓は外から木の板が打ち付けられており、そうでない窓もカーテンが閉め切られていて、内部の様子を窺うことはできなかった。
「正面から行こうか」
アルスはそう言うと、正面玄関に向かった。彼女は自然と、エイリフとゼアンの前に立っていた。
玄関のドアノブを握り、捻った。木が軋む音と共に開いた。
埃っぽい空気と木の匂いが入り混じったものがアルスの鼻を突いた。
アルスは扉を閉めることはせず、中に入った。
だが──突然、扉が閉まった。
「⋯⋯!?」
アルスは振り返った。
やはり扉は閉じていた。いや、それよりも、
「ゼアン!? エイリフ!?」
──二人の姿が消えていた。




