第31話 予測
ゼアンの「できないわよ」に、ライは少し苦笑いしていた。
ゼアンは言葉を続けた。
「剣撃が終わった瞬間に、ようやく何をしていたのかが分かる程度。速すぎてどういう攻防があったのか⋯⋯」
ゼアンは顎に手を当てた。
そんな彼女に、ライは苦笑いではなく、微笑を浮かべた。
「そうか。なら問題ない」
「え?」
「本当に全くわからないなら、そう分析はできないからな。少なくとも、何を警戒すればよいかは分かる。そういうことだろ?」
ライがレテに目をやると、彼の手に鉄剣が創られた。
そしてライは、鉄剣を片手で構えた。
「ゼアン、もし俺が敵だとして、この状況下、君は俺がどう動くかわかるか?」
「踏み込んで距離を詰めて来ると思うわ」
「それだけか?」
「⋯⋯魔法の牽制、視界潰して側面とか背後に回ってくるかも」
「そうだな」
ライが地面を蹴った。
真正面。気がつけば、ゼアンの首元まで刃が迫っていた。
「実戦なら君の首を刎ねることくらい容易い。だが⋯⋯」
青い障壁が展開された。しかし、鉄剣はその内側、ゼアンの首元まで入り込んでいた。
「────」
ゼアンの頬に冷や汗が流れた。
ライはすぐに鉄剣を引いて、ゼアンから距離を取った。
「間に合わなかったとはいえ、君は反応できた。なぜだと思う? 普段の君なら⋯⋯少なくとも、この授業が始まる前の君なら、今みたいに予測して備えてはいなかっただろう」
ゼアンは呼吸を整えた。深呼吸をしてから、彼女は口を開いた。
「⋯⋯予測、していたわ。あなたがどう動くかって」
「そうだ。予測していた」
ライはその鉄剣を、レテに突然ぶん投げた。
しかし、レテに当たる前に、鉄剣はいきなり地面に叩きつけられた。
「え、何すんのいきなり」
レテの左手から白い魔法陣が消えた。
「さて、今のレテの反応と、ゼアンの反応の違いは?」
「ちょっとライ君?」
「静かにしてくれ。授業中だから」
「⋯⋯⋯⋯」
微笑が消え失せ、黙り込んだレテをよそに、生徒たちは考え込んだ。
そして、真っ先に手を挙げたのはハルだった。
「⋯⋯ゼアンちゃんは、さっきも言ってたけど予測してから、対応しようとしていた。⋯⋯けど、レテ先生は反射してた。能動的か反射的か⋯⋯」
「思っていたより正確な答えが来たな。ああ、そうだ。予測していれば反応が早くなる。あと、それ以上に的確な防御を選びやすくなる。予め考えているわけだからな」
ライは今度は突然魔法を使い、レテに黒い炎をぶちかました。
しかしレテに炎が届く前に、炎は何かに遮られた。やはり、白い魔法陣が彼女の手から消えていた。
「⋯⋯本当に参考材料にならないな、あんた」
「二回もやった! 二回もやった!」
「反射的な防御に頼りきったら、どうしても身体が慣れている選択をしがちだ。その選択を読まれて崩されると、間に合っても死ぬ⋯⋯って言いたかったんだがな」
「また無視されてるんだけど酷くない!?」
「とどのつまり、レテの戦闘スタイルはぶっちゃけ参考にならない。安心していいぞ、君たちは悪くないから」
それから、ライはアルスたちに剣術、もとい近接戦闘技術の指南を始めた。
感覚派だと自称していたライの教え方は、やはり一度で理解できるほど整理はされていなかった。
だが、手本がしっかりしていた。質問を繰り返せば、説明の意図も問題なく理解できた。
「⋯⋯そろそろ終わりだな」
午後からはずっと近接戦闘の授業で、一時間ごとに休憩を取っていたが、生徒たちは疲れきっていた。
対して、ほぼ教えっぱなしだったライは疲労のひの字もなさそうだった。
あとアルスもそうだ。彼女はやけに疲れなかった。
そしてその夜。
アルスは学生寮の一室で、椅子に座り、今日のことをノートにまとめていた。
「⋯⋯ん?」
アルスの携帯電話が鳴った。
画面にはティアの名前が映っていた。
「もしもし? ティア、どうしたの?」
「あ、アルス様。いえ、特には。ただ、少し心配で電話をかけただけです」
「心配? だいじょーぶだよ」
「レテの生徒に魔法を撃たれたとか聞いたのですが、本当ですか?」
少しだけ、ティアの声のトーンが落ちていた。
アルスは一瞬答えに詰まった。
「⋯⋯ま、まぁ? 怖がるのも無理ないっていうか⋯⋯」
「⋯⋯本当なんですね」
「ティア? 私は気にしてないからね? そんなに怒らないであげてね?」
電話の向こうからため息が聞こえた。
王都での事件から、レンテルに来るまでの二週間、アルスは何度かティアに叱られていた。やってはいけないことリストも、それがきっかけでまとめた。
そして今のティアの様子は、その時の雰囲気に近かった。
「別になにもしませんよ。レテにはまた言っておきますが。あと、アルス様、優しいことは美徳ですけど、甘いことと間違っちゃいけませんからね」
「あ、はい。善処します⋯⋯」
アルスはそこに本人はいないというのに、頭を下げた。
「⋯⋯ところで、ティア。今日ちょっと気になることあったんだけどさ」
「はい、なんですか?」
「私に渡してくれたあの黒いカードって、なに?」
昼、食堂で何気に使ったあのカードを見たフィンは、驚いていた。
あのカレーライスという食べ物もアルスは知らなかった。
ならせめて、一つずつ、知っていくべきだ。
こんな普通のことも、アルスは忘れてしまっているのだから。
「クレジットカードですけど」
「一緒にいた子に驚かれたんだけど」
「ああ、そのカードが招待制の最上位会員のものだからですね」
「へー。⋯⋯え?」
「アルス様が元から持ってたものですよ? 利用上限とかないですし、管理は私がしてますし、というか大抵のものならいくら買っても大丈夫なくらいはお金あるので、気にしなくていいですからね」
「⋯⋯そう、なんだ」
アルスは、やってはいけないことリストに、またひとつ付け加えることにした。
「ティア」
「はい、なんですか?」
「私が毎月使える金額、決めといたほうが良くないかな⋯⋯?」




