第3話 火と煙
ライは王都を見て回っていた。
道行く警備兵、仕事中の魔法使い。魔導具を売っている商人や、それに目を輝かせている学生。
ここ王都北部には、様々な人たちがいた。
けれど騒々しいのは大通りくらいなもので、路地裏や少し離れた小道などに足を運ぶ者は少ない。
そういうところに用がある人は限られるから、当たり前といえば、当たり前なのかもしれない。
「⋯⋯⋯⋯」
少し人通りが少ない場所。
王都の見物は終わった。
ただ、このまま帰るには、確かめたいことが一つあった。
ライは数少ない喫煙所に入った。
先客は男女三人。うち一人の女は、協会の制服を着ていた。ライはその横に立つ。
彼はつい先程購入し、わざわざ胸ポケットに仕舞った煙草の箱を取り出す。
その箱から一本、慣れた手つきで取り出した。
「あっ⋯⋯」
ライは、スラックスのポケットに手を突っ込んだが何も取り出すことなく、気まずそうな顔をした。
そしてさり気なく──しかし、隠しきることはせず、魔法で火をつける。
「⋯⋯⋯⋯」
女は、そんなライの様子を見て、口を開く。
「⋯⋯貴方、今魔法を使ったわね」
「⋯⋯⋯⋯ん。さぁ、何のことだか」
「誤魔化さなくていいわ。見なかったことにしてあげる」
「⋯⋯どうも」
少しだけ、沈黙が訪れる。
ライは浅く煙を吸い、吐き出す。
その仕草を見てから、女はライに問いかける。
「貴方、もしかして魔法使い?」
「わかるのか?」
「ええ。さっきの魔法、無詠唱だったし」
「まあな。でも、普通の個人事務所の魔法使いだ。あんたのような協会所属じゃない」
「協会所属かどうかだなんて、個人評価の前には意味ないわ。⋯⋯何級?」
女は、魔法使い同士にとってはテンプレートのような質問をライに投げ掛ける。
「二級」
「へぇ。凄いわね。ちなみに私は三級」
「若いのによくやる。そうだ、所属も当てようか。⋯⋯うーん、トリ協会か?」
女は少し笑った。一本吸い終わったようで、彼女は煙草の火を消し、水が張られた吸殻入れの中に投げ込む。
「正解。何か特徴でもあったかしら?」
「いや。⋯⋯ただ、同じ匂いがしたんだ」
ライも吸い終えた煙草を、水の中に捨てる。
「知るために調査する。嗅覚が鋭い魔法使いの感じだ。魔力の抑え方⋯⋯あと、筋肉の付け方とか」
「そう。でもそういう貴方はむしろ、ペント協会の魔法使いに近そうだけれどね。口説くつもりだった?」
「はは。バレたか」
「私も職業柄、そういうことはやったことあるから」
二人は小さく笑う。
けれど、同じ場所にいる残り二人は、彼らの会話にはまるで興味がないように、黙って煙草を吸っていた。
違う。興味など持てないように、二人は振る舞っていたのだ。
「⋯⋯で、何が目的?」
「話が早くて助かるよ」
女は二本目の煙草に、ライターで火をつける。
ライも同じく二本目を取り出した。すると彼女はライターで勝手に火をつけた。
「まあそんな大したことじゃないんだが⋯⋯何か変な奴を、ここらで見なかったか? 例えば使徒だとかを」
女は口から煙草を離す。少し考え込んだ。しかしそれに数秒も掛からなかった。
「⋯⋯変な奴ね。使徒が?」
「ああ。事務所への依頼でな。最近、王都の外れで怪しげな集団を見かけたから調査してほしいってのがあったんだ」
「そう。⋯⋯そうね、それなら心当たりはあるわ。けど⋯⋯」
「なるほど。いや、いい。守秘義務なのは知ってる」
「悪いわね」
「仕方ない、ってやつだろ? むしろそれだけでも分かっただけ収穫だ。依頼人がただ寝ぼけて案山子を見間違えただけ、っていう可能性が消えたしな」
二本目を吸い終わる。
ライは、煙草の箱を、女に渡す。
「実は普段は吸わないんだ。正直、何度か咳き込みそうになった。拘りとかあるか?」
「いいえ。貴方のような男から貰う煙草なら、どれも美味しいでしょうね」
「はは。まさか口説き返されるとは。⋯⋯ありがとう」
ライは、喫煙所から出ていく。
それを女は眺めていた。
「⋯⋯口説き、ねぇ。本気でやるなら、もっと上手くできたでしょうに」
煙草の箱を、彼女は見つめた。
彼は嘘だらけだ。
二級魔法使いが在籍する個人事務所なんて、この辺りじゃ珍しい。彼女が、それを把握していないわけがなかった。
けれど、それを問い詰める気にはなれなかった。
煙草の銘柄は、別れを意味するレヴェヴォール。
「キザな言葉遊びね」
◆◆◆
王都の見物は終わった。もう夕陽は沈みかけていて、王都内の街灯が光り始めた。
昼間とはまるで違う雰囲気。
子供はいなくなった。
代わりに、仕事から解放された大人たちが、眠りにつくまでの時間を有意義かつ無意味に発散することになる。
そんな、時間。
昼間には開かれていない大人の店や、酒、肉、魚などのツマミの匂いが、そこら中に漂い始める。
「さてと⋯⋯」
だが、ライは今日を終えることにした。近くの宿屋でさっさと眠り、また明日から仕事を始めようとした。
──が、その瞬間、女声の甲高い悲鳴が高らかに響いた。
「⋯⋯っ」
そして、血の臭いが一気に王都中に広がり始めた。
もう何度も嗅いできた。しかし、いつまで経っても慣れない。
いいや、慣れてはいけない。
「チッ⋯⋯」
ライは、悲鳴が聞こえた方に走ろうとした。
けれど、それと同時に、彼の通話機器から着信音がした。
彼はそれを取り出し、画面を確認する。
発信元の名前に目を細めたライは、すぐに出る。
「ストラーフさん! 今どこにいますか!?」
切迫した少女の声が聞こえた。
「王都北部。モノ協会本部の近くだ」
「じゃあ良かった! 今すぐ──」
電話の先の少女は、叫ぶようにライに言う。
「──アルス様を、保護してくださいっ!」
アルスという人の居場所。そこへ向かうための道順。現在の王都の状況。
少女は早口でライに伝える。
ライはその声を聞きながら、地獄に変わりつつある王都を駆け抜けた。
そして、時間は現在に戻る──。
【人物情報:ライ・ストラーフ】
黒い髪、黒いコート、黒いシャツに黒いスラックス⋯⋯全身真っ黒な男。ただし、黒いコートには白い意匠が施されている。ちなみに目は青い。
年齢は三十七歳だが、若見えするタイプ。
魔法使いで、剣が得意。




