第2話 見物客
王都が死臭に沈む、数時間前。
ライ・ストラーフは、王都の有名なホットサンドウィッチの露店の前に立っていた。
彼は店員に一枚の紙幣を渡し、お釣りとして小銭をもらう。それから、一切れの三角のサンドウィッチを受け取った。
「美味いな、これ」
ライはそれを一口食べると、率直な感想が漏れる。
カリカリの食パンの食感。シャキシャキのレタス。
そして名物の牛の照り焼き。口いっぱいに旨味が広がる。
「今日はカエルム産の牛肉か?」
「お、鋭いねぇ、お兄さん。正解だ」
店員の男──やけに筋肉質で背が高い──は、ニヤリと笑いながらそう言った。
「『日替わりサンドウィッチ』⋯⋯よくやるよ。その割には高くないし」
「そこはお客さんのためってやつでさぁ。安く、美味く、がウチのモットーなんでね」
「はは。いいね。そういうの嫌いじゃない」
ライは笑う。
一瞬、周りに目をやる。後ろに行列はできていない。昼食時を避けたからだ。
「ところでさ、ここの近くに有名なスポットとかないか? よくありがちな観光地じゃなくて、地元民が選ぶ隠れた名所! 的なやつ」
ライは店員に訊く。彼は少し悩むように腕を組んだ。
「例えば景色がいい場所とか」
「なるほど? ⋯⋯そうだな、この辺りを一望できる、ラテント展望台とか? ええと⋯⋯」
店員はライに、その展望台の場所を伝えた。
そこは王都北部全域を見渡すことができる展望台、らしい。有名観光地ではないが、知る人ぞ知る絶景ポイントであるとか。
「特に夜だと、その辺は暗いから、モノ協会本部がよく目立つ」
「へぇ。本部がね⋯⋯。いいことを聞いたよ」
ライは小銭を指で弾き、店の小銭入れの箱の中に入れた。それを見た店員は、二つの意味で少しだけ驚いた。
「え?」
チップ文化はこの国にはない。
しかし、何よりこの距離を何気なく通した指先に目がいった。
「なに、情報料ってやつだ。仕事柄、情報には対価が必要って考えでな。じゃ」
ライはサンドウィッチを頬張りながら、その露店を後にした。
「⋯⋯仕事柄、ねぇ」
店員の男は、小さく、そう口にした。
黒いコートの上からでもわかる鍛え抜かれた体。こちらを手玉に取るような会話術。そして、隙のない歩き方。
「何級かねぇ」
彼は只者ではない。
魔法使いを引退して久しい店員は、そう思った。
◆◆◆
ライはサンドウィッチの包装紙を、道端のゴミ箱の中に入れる。
まだ夕陽も沈んでいない時間。夜までには数時間ある。
「⋯⋯さて」
次はどこへ行こうか、なんて、ライは考えなかった。
特に観光スポットを巡るわけでもなく、彼は王都内を散策する。
大通りを何の目的もなく歩く。
人通りは、当然だが多い。店がいくつも並んでいるし、騒々しかった。
「⋯⋯⋯⋯」
ライは他の人たちより背が高かった。そのため、人混みの中でも迷うことはない。
彼は、少し目を細めた。
「失礼」
彼はそんな人混みの中を、スムーズに通り抜けた。
しかし、人の流れはある所で割けていた。
マナーのなっていない出店などが出ているわけではない。ならば警備兵が退けるはずだ。
「おい、何をしてるんだ?」
逆に言えば、それは警備兵では何とかできないということ。
「あ? 何だテメェ」
人々が見て見ぬふりして避けていく、少し開けたその場所には、二人の男と、警備兵らしき女、そして、一人の少女が地面に蹲っていた。
わずかに血の臭いがする。そして、男二人からは強烈な酒の臭いも。
「悪いが下がっていてくれ」
女の警備兵は、ライが近寄らないように手を出した。
「おいおいおい、口出しといて引っ込むのかよ?」
「黙れ、酔っ払い」
「ほぉ〜? そんな口聞いていいのか? オレらはジ協会の魔法使いだぞ?」
ライの眉がピクリと動く。
「そこのガキがぶつかってきたんだ。しかも! 財布をスリやがった。だから、オレらは躾けてやったのさ。何か間違ってるか?」
「⋯⋯⋯⋯」
警備兵は黙った。
なるほど、そういうことらしい。
少女は窃盗犯だ。そして、相手は協会所属の魔法使いだから、警備兵も下手に問題にできないのだ。
擁護しきれないのだろう。
「⋯⋯君、怪我は?」
だが、ライは少女に近寄り、しゃがみ込んで、声をかけた。
「⋯⋯ぁ」
「────」
いつ、ライかそうしたのかに、気がつけた者は誰もいなかった。
警備兵は少しだけ目を見開いていた。
「⋯⋯そこまで酷くなさそうだな」
「おいおいおいおい、お前、警備兵でもねぇのにオレらに楯突こうってのか!?」
「静かにしてくれ。この子が怖がるだろ」
「は!? ⋯⋯っ」
二人の男のうち、片方がライの後頭部めがけて、持っていた酒瓶を振り下ろす。
ガラスが割れる音がした。酒瓶はライの後頭部で割れていた。
しかし⋯⋯一切、血が流れていなかった。傷すらついていない。
「あーあ、クリーニングに出したばっかだったのに」
ライは立ち上がる。
男二人は、思わず下がる。
「このコート高かったんだぞ⋯⋯全く」
ライの黒いコートは、金色の液体で少し汚れてしまった。そのコートの白い意匠も、醜く黄色く濁っていた。
「⋯⋯お前」
「なあ、お前ら魔法使いだって? ジ協会の。なら保安部隊か。それがどうして昼間っから酒飲んでんだか」
ライは呆れた、とでも言うように両手を広げ首を左右に振る。
「なに調子乗ってんだ!? そうだ! オレらは正真正銘の協会所属の魔法つ──」
「そうか」
ライは、コートの胸ポケットからある物を取り出す。
それはネックレスのような物だった。しかし、そのチャーム部分には、男二人は勿論、警備兵も知っていて当然の証があった。
「それは⋯⋯」
銀色の装飾が施されたプレート。それを見た男たちは、言葉に詰まる。
「⋯⋯二級魔法使い」
「ジ協会の魔法使い様からしてみれば、非協会所属の俺なんか歯牙にもかけないだろうが⋯⋯どうする?」
ライは薄ら笑みを浮かべながらそう言い放った。それから、彼は警備兵の方を向き、
「自己防衛なら魔法使っても構わないよな? なに、大怪我なんてさせないさ」
「あ、あぁ⋯⋯」
男たちはたじろいでいる。何もしてこない。酒に酔って真っ赤になっていた顔は、今では青く染まっている。
「で? 喧嘩なら受けて立つけど?」
ライは口元だけは笑顔のまま、目を細める。
「⋯⋯チッ」
「いくぞ⋯⋯」
しかし、男二人はそのまま去っていった。
それを見届けて、ライは少し溜息を吐いた。
「⋯⋯すまない、二級魔法使い殿。私が不甲斐ないばかり⋯⋯」
「問題ない。⋯⋯あいつらの言っていることは間違っちゃいなかったからな。あんたの立場なら、仕方ない」
「⋯⋯悪い」
「それより、そこの子供の手当をしてくれ」
警備兵はそれを了承するまでもなく、子供の手当を始めた。それから、少女を抱えた。
「私はこの子を病院に連れて行く。⋯⋯協力感謝する」
「いいってことよ」
それだけ言って、警備兵もその場を去った。
少し騒然としていた周りの人々は、しかし、すぐにここで起きた事件を忘れたように元に戻る。
こんなこと、当たり前だとでも言うように。
「⋯⋯時間食っちまったな」
ライは、大通りの人混みの中に消えていく。




