第29話 食事
レテに続き、ライも出ていったことで、教室にはアルスたち五人だけが残っていた。
ハルとエイリフは弁当を持参しており、席に座ったままだ。
アルスはレテから貰った栞を開き、地図を確認していた。食堂はいくつかあったし、レストランもあるらしい。
「アルス様も食堂ですか?」
そんなとき、フィンはアルスに訊いた。ゼアンも、彼と一緒にいた。二人は席から離れ、教室から出ていこうとしていた。
「あ、うん。一緒に行ってもいい?」
「勿論です」
アルスはフィンとゼアンについていった。
しばらく歩き、三人は『第三食堂』というプレートが掲げられた建物に入った。
清潔感に溢れた白を基調とした内装だった。六人掛けの長方形の机が規則的に並んでいた。窓際には一列で机が並び、仕切りがあった。
食券機が一定の間隔を空けていくつも並んでいた。昼時ということもあり人の列ができていた。
アルスたちは比較的列が短いところに並んだ。
「えー、っとお金お金⋯⋯」
アルスはコートの内側から長財布を取り出した。
財布を開き、中身を見た。コインと札が何枚かあった。それと、黒色のカードが一枚。
前の人たちが次々と食券を買っていき、アルスたちの番となった。
食べ物の名前と値段だけが記されているボタンがいくつもあった。
フィンは『日替わりランチ』を、ゼアンは『カレーライス』を頼んでいた。
アルスは『カレーライス』がなんなのかよくわからなかったから、フィンと同じものを頼もうとした。
アルスは『カード』と書かれたところに黒いカードを差し込むと、問題なく支払いが完了したらしく、食券が出てきた。
「⋯⋯アルス様、それって普通のカードじゃないですよね?」
黒いカードを見たフィンは、そう言った。
「これ? 支払いはこれでやっといてください、ってティアが⋯⋯私の保護者みたいな人なんだけど、その人に言われたんだよね」
「そ、そうですか⋯⋯やっぱりアルス様って凄い人ですね⋯⋯」
アルスは首を傾げた。
それ以上はその話を続けることはなかった。
しばらくして、アルスたちは食事を受け取り、空いている席に座った。
アルスとフィンが頼んだ『日替わりランチ』は、なにかの揚物がいくつかと、一切れのトースト、黄色いスープに、サラダなどがまとめて一つのプレートに盛り合わせられていた。
ゼアンが頼んだものは、茶色い半固体状のものが、白色の粒々の上にかかっているものだった。
フィンとゼアンはいつものように食べだした。
アルスは、それを見てから、まずは揚物から手を付けた。
サクサクしていて、そのあと、肉の脂が口の中に溢れた。
アルスがこの二週間、滞在先で出された食事と同じくらい美味しかった。
トーストはしっとりモチモチした食感。黄色いスープは甘かった。サラダは瑞々しく、ドレッシングの味がフォークを進ませた。
「ん、美味しいね」
アルスは率直に思ったことを口にした。
「ですよね。なのに安いですし」
フィンとアルスが頼んだものは、値段のところに8という数字と、通貨単位が書かれていた。
「レンテルのこういうところ、素直に凄いと思うわ。家で出てくるご飯とそう変わらないもの」
ゼアンは茶色いものを口にいれつつ、そう言った。
「家で?」
「うん」
ゼアンは食事を続けた。
「⋯⋯ゼアンさんは魔法貴族なんですよ」
フィンは苦笑いしながら、答えた。
「魔法貴族⋯⋯つまりゼアンって令嬢さんなの?」
「そうなるわね。別にだからなに、って感じなんだけど」
ゼアンは水を飲んだ。
「魔法貴族っていっても、魔法使いの優劣は血統で決まるわけじゃない。⋯⋯親が凄い魔法使いだとか、そんなもの関係ない」
「いや、あると思うけどなぁ」
フィンは間髪入れずに言った。
「⋯⋯ない、は言いすぎたかもね。でも魔法使いの世界において、結局重要になるのは個人の資質だと思うわ。レテ先生も言ってたでしょ?」
「今の黒の特色⋯⋯アイディ・アーテスタッド様だったっけ」
「そう。一般家庭から、あのレテ先生と同格の魔法使いになった人。⋯⋯魔法貴族の出身であることは、胡座をかいていい理由にはならない」
ゼアンは最後の方だけ、声のトーンが落ちていた。
「⋯⋯特色魔法使いがそれぞれの色の頂点ってのは聞いたんだけど、つまり一番強い魔法使いってことなの?」
アルスは、ふと気になった。
シエラ、レテ。そしてフィンとゼアンが話題にあげていたアイディ。
その人たちは特色魔法使いだと言われていたが、アルスは詳しく知らなかった。
「アルスさん、本当に連盟のトップなの?」
「あはは。記憶無くなっちゃって」
ゼアンはため息をついた。
「⋯⋯うーん、確かに特色魔法使いって強い人たちなんだけど⋯⋯」
ゼアンは少しだけ考える素振りを見せた。
「唯一無二というか。ただ強いだけだと特色にはならないの。特異性があるから、特色になる⋯⋯っていえばいいのかな」
「なるほど⋯⋯。⋯⋯例えば?」
「そうね⋯⋯レテ先生は白の特色なんだけど、先生は重力操作が異次元なの。先生の魔法──〈凶星〉は、規模も精度も何もかもが一級魔法使いでさえ比較にもならない。正直、人が使っていい魔法じゃない。⋯⋯でも、あの人にとってはそれさえ一端でしかないと思うけど」
アルスはレテのことを思い出した。
突然、部屋に現れた。当たり前のように空中に座った。まるで歩くのと同じように空中を浮遊していた。
そしてなにより──。
「⋯⋯あの魔力、凄いよね」
レテから感じられる、圧倒されるような魔力だ。
「え、アルスさん、先生の魔力感じられるの?」
「ん? うん。できるけど」
「⋯⋯アルスさん、本当に何者なの?」
「え。えー⋯⋯そんなこと言われても、私にもわからないし⋯⋯」
ゼアンは目を瞑り、頭を抱えた。
「やっぱりあの教室に来る人って、みんななんかおかしいわね⋯⋯本当に⋯⋯」
そんな彼女に、フィンは微笑を浮かべた。
「それはゼアンさんも一緒だよ。初っ端からアルス様に魔法撃ち込むし」
「──フィ〜ン〜?」
「あっ」
ゼアンは口元こそ笑っていたが、目がまるで笑っていなかった。
フィンは口元に手を当て、目をアルスに向けていた。
「⋯⋯今のはフィンが悪い、ね」
「アルス様!? 見捨てないでくださいよ!?」
「フィン、ご飯食べ終わったらちょっと来なさい」
「そんなぁ⋯⋯」
ゼアンとフィンの仲睦まじい様子を傍目に、アルスは美味しいご飯を食べていた。




