第28話 教えること
四人の生徒たちもまた、コップの水を操っていた。
「うーん⋯⋯先生みたいにはいかないわね⋯⋯」
ゼアンは水で幾何学模様を描こうとしていたが、細部が崩れて苦戦していた。
「こうすりゃいいんかな」
エイリフは三角や丸といった単純な図形を、形を変えながら形成していた。
「⋯⋯うまくいかない」
フィンは水の形を整えることができていなかった。一瞬、形を成したかと思えば、弾けることの繰り返しだった。
「⋯⋯⋯⋯」
ハルは複雑そうな魔法陣を形成していた。
そんなとき、レテはライの前にやってきた。そして何気なく空中に腰を下ろした。
「⋯⋯ライ、キミはこの子たちをどう見る?」
ライは剣の形を作っていた水を崩して、水玉状に集めてからコップに戻し、口を開いた。
「悪くない。歳も考えると、少なくとも才能がないとは言えないな」
ライは水の入ったコップに手を翳すと、それはまたたく間に消え去った。
「ゼアンは優秀。このまま一人でやらせても勝手に上達する。エイリフは⋯⋯少し助言してやれば一気に伸びるな。フィンは、魔力出力が原因だな、あれ。相当高い⋯⋯そこをなんとかすれば良さそうだ。ハルは⋯⋯。⋯⋯いやあれなんだ? とんでもない精度だな⋯⋯」
ライはハルの水魔法操作だけ、思わず二度見していた。
「ハルは魔法操作に関しちゃ教えるものないからね。⋯⋯そう、みんな才能あるし、やってればそのうち何とかなる。けど、私にできるのはそこまで」
レテは目を細めた。
「教育ってのは、極端に言えば他人に道を示すだけだ。そんなに思い悩む理由はないと思うけどな。結局、他人がどうこうできるのはそこまでだから」
「⋯⋯そうなのかな」
「ああ、そうだ」
ライは少し黙った。
それから、赤い魔法陣だけを展開した。それを見たレテは口を開いた。
「〈火炎〉⋯⋯どうしたのさ、急に」
「俺が初めてまともに使った魔法だ。ちゃんと魔法使いになろうとしたのは、今思えばその時からだったかもしれないな」
ライの表情はわずかに緩んでいた。
「ふーん。⋯⋯わかった、誰かに教えてもらったんでしょ? 誰? 友だち? それとも恋人とか」
レテはニヤニヤしながら訊いてきた。ライはほんの少し顔をしかめた。
「余計なこと言ったな⋯⋯。あー、はいはい。恋人⋯⋯妻から教えられましたよ」
「へー、奥さんか。どんな人?」
ライは面倒くさそうに、しかし、口元にはわずかに笑みを浮かべていた。
「⋯⋯強かった。優しくて、そして明るくて⋯⋯俺には勿体ないくらいの人だったよ」
「そんな人だっ⋯⋯」
レテは咳き込んだ。
「⋯⋯どうした?」
「え? いや、なんもないよ。ちょっと気管に唾液入っただけだってば。うん」
「そうか」
レテはライとの会話を切り上げるように立ち上がった。
それから、壁に掛けられていた時計を見た。
「よし、そろそろ終わろうか」
レテがそう言うと、アルスを含め生徒たちは水の操作を止め、コップに水を戻した。レテは指を鳴らすと、それらのコップは消えてなくなった。
「昼まで休憩ね。時間になったらまた来るから、それまでに席に戻るように」
時計の針は十一時半を指していた。
レテは教室から出ていった。
昼食にはほんの少しだけ早い。
ライにはひとつ気になることがあった。
「エイリフ、だったか? ちょっと君に訊きたいことがある」
「え? はい、なんですか?」
ライは座っているエイリフと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
ライは声を落とした。
「⋯⋯君、何者だ?」
「⋯⋯それはどういう意味ですか」
「純粋な人間じゃないだろ、君」
「⋯⋯やっぱり、わかりますか」
エイリフは少しだけ笑った。
ライはその答えを聞いて、目を細めた。
「大丈夫です。隠してませんから」
「⋯⋯そうなのか。ああいや、そりゃそうか。⋯⋯すまないな、あまり触れられたくはなかっただろ」
「いいえ。⋯⋯むしろ、オレを見て、気がついて、なのにこうして謝ってくれるなんて思わなかったですよ」
ライは立ち上がった。
「半分だけの──使徒。君は、別に望んでそうなったわけじゃないんだろ?」
「⋯⋯はい。⋯⋯でも、この力がなければとっくに死んでましたから。オレは⋯⋯なんにせよ、この力と向き合わなくちゃいけない──」
エイリフは拳を握った。そして、自嘲するように笑った。
「はは、なんでこんなことまで話してるんだろ。⋯⋯すみません、変なこと言いましたね」
「いや、いい。⋯⋯だがあまり思い詰めるなよ。なにかに固執したら、それ以外が見れなくなるから」
「はい、わかりました」
ライはそれだけ言って、教室から出ていった。
廊下を歩き、玄関を経て、キャンパス内の大通りに出た。
レテから貰った栞の地図を思い出し、ライは一番近くの食堂に向かうことにした。
その道中。
ライは誰にも聞こえない声で呟いた。
「⋯⋯テトラ協会、か」
ライの手は無意識に、顔に触れていた。




