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第27話 使い方

 アルスたちの自己紹介が終わったあと、生徒たちも名乗った。


「じゃあまずオレから」


 橙髪の少年は立ち上がった。両手を後ろで組んで、背筋をピンと伸ばした。


「テトラ協会、対化物部第一課のエイリフ・ノイマン。これからよろしくお願いします。⋯⋯っと、目上の人への挨拶はこうするんだぜ、ゼアン」


 エイリフは、名乗ったあと片目を瞑っていたずらっぽく言った。


「もう! できるわよそれくらい!」


 ゼアンは少しだけ声を張った。直後、わずかに息を整えた。それから彼女もまた立ち上がった。


「⋯⋯ゼアン・ヴェーレル、二級魔法使いよ⋯⋯です。さっきは、その、ごめんなさい。アルス──様。それと⋯⋯ストラーフさんも」


 金髪の少女、ゼアンの声はしりすぼみに声を落とし、視線もそっぽを向いていた。


「アルス、でいいよ。敬語も無理に使わなくていいからね」


「⋯⋯ん。じゃあ、アルスさんって呼ばせてもらうわ。⋯⋯ありがとう」


 アルスはゼアンに笑顔だけ返した。

 ゼアンが座ったあと、それを確認していた黒髪の少年が立ち上がった。


「⋯⋯えーっと、フィン・シャールデンです。魔法はあまり得意ではないですけど⋯⋯お願いします」


 フィンは一瞬だけアルスに目をやっていた。


「⋯⋯私がどうかした?」


「いえ⋯⋯その、失礼かもしれないんですけど、僕もアルス様と同じような境遇なので⋯⋯。すみません、勝手に同情されたら迷惑ですよね⋯⋯」


「ううん、そんなことないよ。それなら一緒に頑張ろう!」


 アルスは両手で拳を握り、そう答えた。


「⋯⋯はい。ありがとうございます」


 フィンは着席した。

 そして最後。薄茶色の髪の少女が、たどたどしく立ち上がった。


「⋯⋯ハル・ブラート⋯⋯です。⋯⋯ごめんなさい、あまりこういうのは⋯⋯得意じゃなくて⋯⋯」


「大丈夫。よろしくね」


 ハルはアルスのほうを向いたかと思えば、すぐに目線を落として座った。


「互いの自己紹介も終わったことだし、早速授業といこうか。アルスさんとライは適当に空いてる席に座って」


 教室には二人掛けの机と椅子が、縦三列、横四列に並んでいた。

 四人の生徒は全員が前から一列目に並んでいて、廊下側の端の席が空いていた。

 アルスとライはそこに座った。

 レテは再び教壇の前に立った。


「今日の授業は『魔法のコントロールについて』だよ」


「魔法のコントロール? どうしていまさら?」


 ゼアンは疑問を口にした。

 しかしレテは両目を閉じ、わざとらしく笑った。


「ふふ、想定通りの質問をありがと。⋯⋯アルスさんのためってのもあるけど、それだけじゃないよ。ときに、ゼアン。キミは私より魔法が巧く使えるかな?」


 レテはいつのまにか取り出していた指示棒をゼアンに向けた。

 ゼアンは表情を一切変えず、淡々と答えた。


「できるわけないでしょ。先生より魔法が巧い魔法使いだなんて、それこそ特色くらい⋯⋯」


「その通り。じゃあなんで私とキミに差があるんだと思う?」


「え? えーっと⋯⋯」


 ゼアンは言葉に詰まっていた。他の三人も考え込んでいた。しかし、なかなか誰も口を開くことはなかった。

 数秒が経ち、レテは再び指示棒を向けた。

 その先にいたのは、ライだった。


「⋯⋯俺?」


 ライの眉が軽く八の字になっていた。


「キミ以外に誰がいるのさ」


「じゃなくてだな。俺に訊くか、それ」


「うん」


 レテはニコニコと笑っていたが、やけにアルスは圧を感じた。

 当のライは、ため息をついた。


「⋯⋯魔法の理解度。魔法を手足のように扱えるかどうかが決定的な差になっている」


「現場経験者らしい答えだね。さすが。教科書的に言えば、魔法原理の理解度。どうやってその魔法は発動するのか。どういう働きをしているのか。魔法の工程の全てを深く理解することが、すなわち、その操作精度を決める⋯⋯ってこと」


 レテは教科書の文句をなぞるように言った。


「とは言っても、それは主観的にわかりづらいもの。だからテストがあるんだけど⋯⋯私からしてみれば、あんなものすぐ頭打ちになるものだね」


 レテは水の入った硝子のコップを魔法で作り出した。

 魔法の起動があまりにも素早く、アルスは最初、レテは収納魔法で取り出したのかと勘違いした。


「魔法のコントロールを測るにはこういうのがいいんだよ、結局ね。馬鹿みたいに金かけて大規模な測定器具なんか使わなくても、水を操ればそれでわかるんだから」


 レテは左手の人差し指をわずかに動かす。すると、コップの中の水は浮き上がり、空中を流れ、瞬く間になにかの魔法陣を構築した。

 そして直後、水はコップの中に戻った。


「これくらいできれば上出来かな。少なくとも、精度が売りの魔法使いにマウント取れると思うよ」


 コップと水がいつのまにか消えていた。


「上出来、ねぇ⋯⋯。レテ、一級魔法使いでもそれは難しいと思うが? 今の第四だし、そのまま魔法陣として使えるレベルだったろ」


 ライは腕を組みながら言った。


「ん? 一級魔法使いくらい越えてほしいからやってるんだけど」


「⋯⋯マジか、あんた」


「ま、そういうこと。⋯⋯さて、座学より実習だよ。まずはやってみようか。はい」


 アルスたちそれぞれの目の前に水が入ったコップが現れた。


「水を操る⋯⋯」


 アルスは記憶を喪ったとしても、水魔法だけは使えた。

 だから、水魔法だけは扱えるという自信があった。さっきのレテみたいに素早くはできないかもしれないけれど、水流で何かを描いてみよう。

 アルスは頭の中にレンテルで見た光景をそのまま思い浮かべた。その景色を再現するべく、水を操る──。


「──っ!?」


 ──水が弾けた。コップは見事に砕けて、アルスは真正面から水を被った。

 隣に、水が滴る青い障壁が展開されていた。


「⋯⋯アルス」


 ライの声は低くなっていた。


「ごめん⋯⋯」


 自分の魔法のコントロールは、かなり初歩的なのかもしれない。アルスはそう自覚した。

 

「んー、アルスさん、なにしようとしたの?」


 レテはアルスの机の前に来ていた。彼女は腰を曲げて、アルスと目線を合わせていた。


「レンテルの風景を描こうかなって。そうしたら、水が破裂したみたいで」


「なるほどね。アルスさん、イメージの仕方が悪いかな」


 レテは、アルスが割ったコップを元に戻した。

 それから、レテは飛散した水を人差し指の先に集めた。アルスの濡れた服からも水気が抜けていった。


「そうだねぇ⋯⋯」


 レテは指先で水を操り、コップと同じ形を作った。


「アルスさん、これと硝子のコップ。何が違うかな?」


「素材?」


「うん。私の言い方が悪かったね。それ以外だったら?」


 アルスは少し考えこんだ。腕を組み、頭を傾けた。


「⋯⋯違うとこある?」


「ないよ」


「ないんだ⋯⋯」


 アルスはもう一度、考え込んだ。思わず唸ってしまったりした。

 喉の奥まで出かかっているような感覚。

 それを知ってか知らずか、レテはまた、口を開いた。


「今、私は硝子のコップをイメージしたんだよ。だから、大きさ、形状が全く同じものが作られた」


「大きさ、形状、イメージ⋯⋯通り⋯⋯」


 アルスはレテの言葉を咀嚼した。

 そのとき、アルスは声を上げた。


「あっ。イメージ! そうか、私⋯⋯レンテルの風景をそっくりそのまま、再現しようとした⋯⋯?」


「そう。アルスさんはレンテルを実寸大で再現しようとしたんだと思う。でもそうなると、当然だけどコップの中の水で作れたものじゃない。で、アルスさんは無意識に水を増やそうとして⋯⋯破裂したってこと」


「ってことは⋯⋯大きさを縮小、というより、イメージを絵画とかにすれば⋯⋯」


 アルスはイメージを再構築した。レンテルそのものではなく、キャンバスに収まる風景画。それを水で描くイメージ。


「──できた」


 アルスの目の前に、水が幾重も重なり、奥行きのある風景が描かれた。

 そこにはレンテルの風景が、文字通り収まっていた。

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