第26話 挨拶
ミサのあとを歩いていたアルスたちは、本棟ではなく別棟に来ていた。
建物の玄関口には『魔法学部四号館』と書かれたプレートが掲げられていた。
四号館は本棟ほど巨大ではなく、二階建てだった。
アルスたちは四号館の中に入った。
内装は石造ではなく木を基調としていた。しかし、古臭くはなかった。むしろ新しいのだろう。床板も外観にも古びた様子はなかった。
「⋯⋯ここよ」
ミサはある一室の前で立ち止まった。
「⋯⋯えーっと、入る前に一つ忠告が」
ミサは振り返ってそう言った。
「忠告?」
彼女の作り笑顔に、アルスはなにか不穏なものを感じた。
「ええ。良い子たちなんだけど⋯⋯その、良くも悪くもレテが担当しないといけない子たちだったから⋯⋯」
ミサはそれ以上なにも言わなかった。
言外の忠告を察したアルスは、苦笑いした。
「それじゃ、私は仕事残ってるから、お勉強頑張ってねー」
アルスたちはミサを見送ったあと、教室の扉に手を掛けた。
そして──、
「〈風回転弾〉ッ!」
──開幕早々、アルスめがけて魔法が飛んできた。
「────」
瞬間、ライがアルスの前に現れた。既に黒い剣が風の弾丸を切り払っていた。
「⋯⋯どういうつもりだ?」
ライの低い声が教室内に響いた。
「随分と手加減していたようだが⋯⋯いきなり魔法を撃ってくるのが君たちの挨拶なのか?」
その重低音に、アルスに魔法を放った金髪の少女は一瞬だけ身を震わせた。
それでも、少女はアルスから視線を離さなかった。
「どういうつもりって、こっちの台詞よ! そこのアルスっていう奴! 魔法に呑み込まれそうになったんでしょ!? そんなのと一緒だなんて嫌よ!」
少女は叫ぶように答えた。
ライは周りを見た。
金髪の少女の他に、生徒が三人。生徒たちは席についたまま、アルスたちを見ていた。そして教壇には、表情からは何を考えているのか読み取れないレテが立っていた。
「⋯⋯全く。レテ、お前どういう教育しているんだ?」
「んー? こういうのも含めて教育だよ」
「はぁ?」
ライは顔を顰めていた。彼は続けて何か言おうとした。しかし、その前にアルスが前に出た。
「この子が怖がるのも無理ないよ」
アルスの声は、普段と全く変わりなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
ライは口を閉じたまま、アルスを見た。そして目を閉じ、ため息をついて、黒い剣を消した。
アルスはそれを確認したあと、金髪の少女に向き直った。少女は少しだけ身構えた。
「⋯⋯ごめんね。私のこと、怖いと思う。⋯⋯でも、私は二度とそうならない。そうなっちゃいけないから」
「⋯⋯なんの保証になるのよ、そんな言葉」
少女の声は、内容に反して、ほんの少しだけ鎮まっていた。
「あはは⋯⋯ならないよね。⋯⋯じゃあこう言おうかな。私が万が一暴走しても、ライが止めてくれるから。それに、レテもいるしね」
アルスの言葉に、少女はなにも言わなかった。
納得してくれたなんて、アルスは都合よく解釈できなかった。けれど、話は聞いてくれるようになったと思った。
「⋯⋯そうだぜ。それで言ったら、オレとかフィンはどうなるんだよ、ゼアン?」
席に座ったままの橙髪の少年は、割り込むように言った。
「っ! ⋯⋯それは⋯⋯あんたたちが暴れたところで、私で止められるから! 無問題ってこと!」
「はは! それならアルス様も君が止めてやればいいじゃん? レテ先生もいるし⋯⋯そこの護衛の人も、ただ者じゃないし、絶対」
橙髪の少年はライの方を一瞬だけ見た。その視線は、アルスには鋭く思えた。──ただの生徒ではなさそうだ。
「わかったわよ、まったく──って、アルス様? なんで様付なんてするのよ」
金髪の少女──ゼアンは首を傾げた。
「⋯⋯ゼアン、まさかとは思うけどさ、その人のこと知らずにあんなことしたの?」
「え? ⋯⋯え? どういうことよ、答えなさい、エイリフ!?」
エイリフと呼ばれた橙髪の少年は、顔を手で覆い、天井を見上げた。
「⋯⋯その人、連盟のモノ協会長だぞ」
「──ホント?」
──ゼアンは目を見開いて、再び、アルスの方に振り返っていた。
「この人がっ!? 嘘でしょ!?」
アルスは苦笑いしかできなかった。
「あはは⋯⋯そうみたいなんだよねぇ⋯⋯」
ゼアンはしばらく口をぱくぱくさせていた。
「⋯⋯あ、謝らないからね!」
「⋯⋯うん。私、あなたに認められるように頑張るからね」
「⋯⋯⋯⋯っ。勝手にしなさい!」
ゼアンは、自分の席に乱暴に座り込んだ。
「ね? 個性的でいいでしょ、この子たち」
そこでようやく、レテが口を開いた。
「そうだね」
「全く⋯⋯」
アルスとライは、そのまま教壇の前に立った。
その横に来たレテが手を叩いて注目を集めた。その必要などなさそうだったが。
「改めて。今日から少しの間だけど、キミたちと一緒に学ぶことになったアルスさんとライだよ。はい、挨拶してね」
レテの言葉に従い、アルスは一歩前に出た。
「アルス・ヴィルミアです。えーっと⋯⋯もう聞いてると思うんだけど、魔法に呑まれて暴走しちゃって⋯⋯二度とそうならないために、ここに魔法を学びに来ました。みんなは不安かもしれないし、それを今すぐ払拭することはできないけれど⋯⋯みんなに認められるように、頑張ります!」
続いて、ライがその場から動かず口を開いた。
「ライ・ストラーフ。モノ協会所属の一級魔法使いだ。わけあってアルスの護衛をしている。⋯⋯あと、臨時講師兼生徒としても、ここに来ている。⋯⋯先ほどは怖がらせてすまなかった。これからよろしく頼む」
二人の挨拶が終わったところで、レテが言葉を続けた。
「⋯⋯アルスさんが危険だってのは理解できるけど、ゼアン、いきなり魔法を撃ったら駄目だよ? 怪我でもさせてたら大事だし。下手したらモノ協会にこの教室潰されてたかもしれないからね」
「⋯⋯⋯⋯はい。ごめんなさい」
「反省できたのならよろしい。⋯⋯ただ、怖いからという理由でいきなり攻撃なんてしかけちゃダメ。きちんと相手のことや状況を確かめること。これは社会で生きていくうえでも、そして魔法使いとしての仕事をするうえでも大切なことだからね」
レテは諭すような声で言った。
その声は、これまでアルスが聞いていたものより、ほんの少し硬かった。
アイン教室の生徒たちは、レテの言葉に頷いていた。
「⋯⋯よし、じゃあ重い話もここまで」
レテはいつもの調子に戻った。
アルスは、四人の生徒を見た。
この教室に歓迎されているとまでは、まだ言えなかった。
けれど、それならこれから認めてもらえばいい。
「──みんな、よろしくね」
アルスはここで、魔法を学ぶのだ。




