第25話 成長期
レテの案内に従って、アルスたちは本棟の中を歩いていた。
わずかにくすんだ白色の煉瓦からなる外壁とは異なり、磨き上げられた大理石をふんだんに使った内装。通路には巨大な窓がいくつも並び、外みたいに明るかった。
この通路一つとっても、天井や窓の縁には繊細な意匠が施されていた。
この建物全体が、まるで芸術品のようだった。
「レテ教授、こんにちは」
すれ違う生徒たちはみな、レテにそう挨拶していた。
「レテって人気者なんだね」
「まーね。あと、私が基礎魔法を教えてるってのもあるかな」
「それがなにか関係あるの?」
「ん。レンテルだと学部に関わらず、基礎魔法の授業を受けるからね。必然的に私の顔も覚えられやすいってわけだよ」
「へー。そうなんだ」
そんなことを話している間に、レテはある部屋の前で立ち止まった。
扉のプレートには『学長室』と書かれていた。
レテはノックもせずに扉を開いた。
部屋の中央の奥、大窓を背に、書斎机と椅子があった。そこには金髪の女が座っていた。
書斎机の手前側には長机があり、両脇にソファがあった。
部屋の壁は窓があるところを除き、本棚に覆われていた。
アンティーク調の古い書斎。しかし埃っぽくはなかった。
「思ったよりも早かったね」
金髪の女──ヘキサ協会長であり、レンテル魔法大学の学長、ミサ・アールレはアルスたちを出迎えた。
ミサは机の上に両肘をつき、顔の前で指を組んだ。意味ありげな表情を浮かべながら、
「ようこそ、レンテル魔法大学へ⋯⋯」
「それさっき、私言ったんだよね」
「えっ。あ、そう」
ミサは指を解いた。
「はい。えー、じゃあこれ」
ミサは机の上に置いてあった二枚の用紙を、アルスとライに渡した。
その用紙の上には、『レンテル魔法大学 実技試験要項』と書かれていた。
「⋯⋯まさかとは思いますが、試験を受けろと?」
ライは目を細めながら言った。
「そのまさかだよ。さすがに不合格だから入学お断りってことはないけれど、ある程度の実力を把握しておきたいんだよね」
「まあ⋯⋯それなら構いませんが」
「よろしい。さっそくいこうか。レテは戻っていいよ。試験終わったら教室に案内しとくから」
「んー」
アルスたちは退室し、レテと別れてミサについていった。
本棟から少し離れたところにある運動場。
そこでは、生徒たちが走り込みやスポーツに励んでいた。空を魔法で飛び回る者もいれば、少し離れた場所では魔法を使った模擬戦まで行われている。
アルスはその光景に一瞬目を取られていたが、
「じゃ、手始めに、はいこれ」
ミサはどこからともなく、黒色の直方体を取り出した。
「⋯⋯魔力測定器か」
ライは呟いた。
「そう。最新鋭の魔力測定器。なんと特色魔法使いクラスの魔力量も測定できちゃいます! シエラちゃんは無理だったけど」
「そうか⋯⋯」
「さき、アルス協会長からいこうか。はいじゃあ手をここに翳して」
ミサの言うとおりに、アルスは測定器の上に右手を置いた。すると測定器は光り始めた。
光の色は次第に変わっていき、赤色から青白い色に変化した。
「おー、さすがアルス協会長」
ミサは口を開いて、感嘆の声を漏らした。
「この測定器って炎の色と同期していてね、赤から白、青白、青って順に変わっていくんだ。ちなみに特色は青白から青ね」
「ってことは私、特色魔法使い並みってこと? え、本当に?」
アルスはもう一度測定器に手を翳した。またしても青白く光った。
「故障してない⋯⋯?」
「してないね。アルス協会長だし、別におかしくないと思うけど」
アルスは自分の手のひらを見ながら、測定器から離れた。
次はライの番だ。彼は表情を一切変えずに、測定器に手を翳した。
「⋯⋯⋯⋯」
「えーっと⋯⋯?」
光は最初、赤くなった。それから段々と白味を帯びていった。最終的に光は真っ白になった。
「白色ねぇ。三年前の魔法使い認定試験のときは赤白だったでしょ?」
「⋯⋯そこまで調べてたんですか」
「無論。その歳で魔力が増えるって、珍しいね」
「はぁ⋯⋯」
「ライも成長期ってことでしょ!」
アルスはなんとなく思ったことを答えた。
ライは眉をひそめて、アルスを見た。
「今まで魔法を使っていなかったらそういうこともあるかもね。ストラーフ君が若い頃に魔法使いになっていたら、もしかしたら特色だったかもしれないよ」
「さすがに特色は買い被り過ぎですよ。俺はそこまでの器じゃない」
「そう? まあ、もしもの話だし。どちらにせよ今の君の実力が凄いってことには変わりないね。じゃあ次の試験、やろっか」
ミサはどこからともなく、黒っぽい木製の杖を取り出した。
「〈的人形創造〉」
黄色の魔法陣が地面に展開され、人形が二つ創り出された。
「いわゆる的当てね。魔法の威力じゃなくて、精度を見る試験だから。狙った場所だけ撃ち抜いてね。くれぐれも消し飛ばさないように」
人形はアルスたちからおよそ三十メートル離れた位置にあった。
「うん、わかった」
アルスは手の平を人形に翳した。赤色の魔法陣が展開されると、水の弾丸が放たれた。
それは人形の胸部を丸ごとえぐり取った。
「おー、さすがはアルス協会長」
「ふふ、これくらい簡単だよ。ほら、ライの番だよ。ライは剣は強いけど、遠距離の魔法はどうなのかな?」
アルスは胸を張りながら言った。
ライはそんなアルスの横を何も言わずに通り過ぎ、手を翳すまでもなく、頭の横あたりに黒い魔法陣を展開した。
空中にライがよく使う黒い剣が生成され、そして射出された。
黒い剣は寸分違わず、眉間の中心を撃ち抜いた。
ライはアルスの方を振り返り、
「⋯⋯はっ」
鼻で笑った。
「⋯⋯なんか腹立つ」
「おいおいアルス、負けたからって当たるなよ」
「そういう意味じゃないから! ミサ、もう一回!」
「えー、もう二人の実力は分かったから、次は教室に案内したいのだけれど」
ミサは苦笑いしながら答えた。
「むぅ⋯⋯」
「さて、さっさと行きましょうか。レテを待たせるわけにもいきませんしね、アールレ協会長?」
「あはは。アルス協会長も悪い護衛を見つけてしまいましたねぇ」
アルスはため息をつきながらも、口を歪ませるライと、にっこり笑うミサのあとに続いて、歩き出した。
次に向かうのは、アルスたちが魔法を学ぶ教室だ。
「絶対、ライより魔法のコントロール上手くなろう⋯⋯」
アルスは二人には聞こえないほど小さな声で、しかし力強く決心した。




