第24話 ようこそ
王都北部区域の襲撃事件から二週間が経過した。
この二週間で、アルスは最低限の常識というものを学んだ。
町中で無闇に魔法を使ってはならない。身体強化して屋根の上を走ってはならない。厄介事に首を突っ込まず、衛兵に連絡する、など。
アルスはトラブルに巻き込まれそうなことが何度かあったが、ティアやライが手綱を握っていたおかげで何とか平穏に過ごすことができた。
「⋯⋯よし」
そして今日。アルスはレンテル魔法大学に向かう。
アルスは荷物の確認をした。忘れ物は特になさそうだった。
あとは今着ている寝間着から着替えるだけだ。
「えー、っと、帽子帽子⋯⋯」
アルスは自室のクローゼットから、帽子を取り出した。
赤いリボンが付いた、つばの大きな黒い帽子。
記憶を喪う前のアルスは、よく被っていたらしい。
あと黒いコートもあった。連盟指定の制服だが、ティアやライのものとは違い、インナーカラーが赤色だった。
「⋯⋯連盟の制服って、もしかして厳密に決まってないのかな」
アルスが顔を合わせた連盟の職員や魔法使いが着ていた服はバラバラだった。
「ま、いっか」
アルスが着替え終わった頃、部屋の扉がノックされた。
アルスが返事をすると、扉が開かれた。
「準備は⋯⋯できてるみたいだな。そろそろいくぞ」
入ってきたのはライだった。
彼は荷物らしい荷物を持っていなかった。
「ライ、荷物は?」
「ん? ああ、魔法で収納している」
空間が裂けた。ライはそこへ腕を突っ込み、バッグを掴んで引き抜いた。すぐにバッグを押し込むと、裂け目が閉じた。
「収納魔法⋯⋯レテも使ってたよね。私にも教えてよ」
「そのレテって魔法使いに教えてもらえ。俺より格段に白魔法が使えるはずだし」
ライはそのまま部屋から出ていった。
アルスも、バッグを持って部屋を出た。鍵はオートロックだ。彼女はライを追いかけた。
「レテってそんなに凄いの?」
ライの実力を、アルスはその目で見ていた。
そんなアルスからしてみれば、ライの魔法は凄いなんて言葉では片付けられなかった。
「ああ。彼女は白の特色魔法使いだ⋯⋯あー、特色ってのは、その魔法の色の頂点に与えられる称号みたいなもんだな」
「色の頂点、ってことは、世界で六人しかいないってこと?」
「そうなるな」
赤、青、黄、緑、白、黒。六色の魔法、それぞれの頂点。それが特色魔法使い⋯⋯ということなのだろう。
アルスは白魔法とはなにかを思い出した。
「ライ、言ってたよね。白は空間がどうのって。そういうこと?」
収納魔法と空間を操る白の魔法。無関係というわけではないはずだ。
「⋯⋯そうだな」
ライは素っ気なく答えた。てっきりあのときみたいに饒舌になるかと、アルスは思っていた。
「なんだよ」
「いーや? なにも。特色って凄いんだね」
「⋯⋯ああ」
しばらく、二人の間に会話はなかった。
寝泊まりしていたマンションのロビーまで、アルスたちは降りてきた。
アルスは受付で部屋の鍵を預け、エントランスに向かった。
エントランスの前には黒色の長い車が停まっていた。
運転手らしき、スーツを着た男が立っていた。
「アルス・ヴィルミア協会長とライ・ストラーフ様ですね」
男はアルスたちを確認した後、車の後部扉を開いた。二人は車に乗り込んだ。
運転手の男はアルスの手荷物を受け取り、トランクに入れたあと、運転席に乗り込んだ。
全く無音で、車は動き出した。運転手はいるが、彼はステアリングを握っていなかった。
「⋯⋯勝手に動くんだね」
アルスは呟いた。
「自動運転だからな。そんなに珍しいものでもない」
「へえ」
車という言葉に違和感はなかったが、自動運転であることには引っかかった。
「ねえねえ、ライ。これから行くレンテル魔法大学ってどんなとこなの?」
「事前説明あったろ」
「それで聞いたのは私のカリキュラムだけだったから。もっと一般的に、レンテル魔法大学について知りたいな」
「⋯⋯はぁ」
ライは足を組み替えた。
「レンテル魔法大学は、ここウェレール王国随一の大学だ。いろんな国からも、著名な人物が留学に来ているほどのな」
「え、そんなに。私なんかが行っていいのかな」
「あんた自分の立場を忘れたか? どうあれあんたは大陸魔法連盟の実質的なトップだぞ。王族とか、大貴族でも挨拶してくるだろうな」
「⋯⋯挨拶って、マナーとか知らないんだけど。ライ、代わりにやってくれる?」
「ただの二級魔法使いにそれ言うか? ⋯⋯いや、もう一級か。⋯⋯まあ、やれば思い出せるか」
ライはため息をつきながらそう言った。
「思い出せるって? ライっていいとこの出身だったの?」
「冗談はよしてくれ。名家の出じゃない。ただ、昔、そういうマナーとか作法とかを学ぶ必要があっただけだ」
「ふーん。じゃあそのときは任せるね。私なにも知らないし、知ってたとしても忘れてるから」
「⋯⋯はいはい、お嬢様」
それからも二人は世間話を続けた。
アルスが質問して、ライが簡単に答える。それを何度か繰り返しているうちに、車は目的に到着した。
アルスたちは車を降りた。
「ここが⋯⋯」
少し高い丘の上に佇む城のような建物。それを囲うように壁が立っていた。
石造の正門はアルスたちを圧倒するほど巨大だった。
門番らしい兵士が側に立っていた。
兵士はアルスたちを確認すると、門を開いた。
門の先に広がっていた光景は、そこがキャンパス内であることを忘れそうになるほど広大だった。
王都の大通りとさして変わらない幅の石畳。両脇には手入れが施された木々が並んでいた。
正面の門から真っ直ぐ先にはコの字型の巨大な建物があった。それがレンテル魔法大学の本棟だ。
他にも幾つもの建造物があった。アルスの目の届く範囲でも、二つや三つ。どれも本棟ほどではないにしても、巨大で荘厳な建物だった。
「⋯⋯すごい」
アルスはぐるぐると回りながら歩いていた。隣のライも、周囲へ視線を巡らせていた。
通路には生徒たちが行き交っていた。歩く者がいれば、自転車で走っている者もいた。中には空を飛んでいる者までいた。
木陰で読書している者や、ベンチに座って談笑している者もいた。
「あ、いたいた」
知った声が聞こえたかと思えば、上空で白い少女が浮かんでいた。
「レテ!」
レテは地面すれすれで一度静止すると、アルスたちの前へ静かに降り立った。
「お疲れ様、アルスさん、それと、ライ君」
「ライ君って、あんたなぁ⋯⋯」
ライはため息混じりに答えた。
「いいでしょ? キミも私の生徒になるんだし」
「⋯⋯全く」
レテは笑みを浮かべていた。
それから、彼女はいつものように空中に手を突っ込み、細長い栞のようなものを二つ取り出した。
「はいこれ。レンテルのキャンパスと建物のマップ。それあったら迷うことはないと思うから、持っといてね」
「ありがと」
アルスは栞をコートの内ポケットに仕舞い込んだ。
「アルスさん、ちょっと荷物貸して。部屋に送っとくよ」
アルスはレテにバッグを渡した。直後、それは白い魔法陣が展開するとともに消え去った。
「ん。それじゃあレンテルを案内するね」
レテは石畳の上を、コツコツという足音を立てて歩きだした。
アルスたちは彼女についていく。
「あ、言い忘れてた」
数歩ほど進んだところで、レテはぴたりと立ち止まった。
「これは言っとかないとね。一種の伝統だし」
レテはアルスたちの方へ振り返った。
白い長髪が風に揺れた。彼女の背後には石畳の通路と、歴史を刻んだ巨大な本棟がそびえていた。
レテはそれらすべてを紹介するように、両腕を広げた。
「──ようこそ、レンテル魔法大学へ」




