第23話 資格
王都東部に設置された臨時のモノ協会庁舎。
ライはその建物の前に立っていた。
「⋯⋯⋯⋯」
シンプルな四角の建物。
合同庁舎として利用されている場所であり、ライも何度か訪れたことがあった。
普段から人の出入りが多かったが、この三日間は施設の中が人で寿司詰めになっていた。
ライは建物の中に入った。
目眩がしそうなくらいの人の列の脇を、ライは足を止めることなく通っていった。
ライは受付の前に立った。
「⋯⋯列にお並びください」
受付の女は、ライがなにか言うまでもなくそう言った。その顔には少し──いや、かなりの疲れが見えた。
今のライのように、列を無視する人間に辟易しているのだろうか。
「気持ちは分かるが、対応してほしい。俺は呼び出されたんだ」
ライはコートの内ポケットから一枚の紙を取り出して、受付に見せた。
受付の女はそれを見て、少し目を開いた。
「す、すみません! すぐに対応いたします」
女は誰かを呼びに、下がった。
ライは、受付が対応していた中年の男に軽く会釈した。男は片手を上げた。
しばらくして、女が戻ってきた。
「ライ・ストラーフ二級魔法使いですね? アルス・ヴィルミア協会長が二階の第一会議室でお待ちです。⋯⋯ええと、案内は⋯⋯」
「いや、大丈夫だ。すまないな、忙しいところ。頑張ってくれよ」
ライは手を振り、すぐにその場を離れた。
近くにあった階段を上った。ライは第一会議室と書かれたプレートをすぐに見つけて、その部屋の扉を遠慮なく開いた。
一般的な会議室。部屋の中央には長机があり、両隣と両端に椅子があった。
上座のほうにはアルスが座っており、その隣にティアが立っていた。
そしてライから見て左奥には白髪の少女、隣には薄い金髪の女が座っていた。
ライは誰に言われるでもなく、金髪の女と向かい合う席に腰を下ろした。
「⋯⋯で、なんで俺は呼び出されたんだ?」
ライは腕と足を組んでいた。
「先日の王都襲撃事件についての確認と、ストラーフさんへの依頼について、です」
ライの疑問にティアが答えた。
「レテさん、あとはお願いします」
「ん。あとティア、公共の場でも私にさん付け要らないからね。敬語も」
「⋯⋯わかった。じゃあレテ、お願いするね」
「まっかせなさーい」
ライは少しだけ目を細めた。
気に掛かったのは、レテと呼ばれた少女のあまりにもマイペースな態度ではない。彼女の正体だった。
「⋯⋯レテ。⋯⋯レテ・アインヴァイス? 白の特色がなぜここにいる。それに⋯⋯」
ライは目の前の金髪の女も一瞥した。
「⋯⋯はあ。俺は何かしたか?」
レテは微笑を浮かべた。
突然、ライは彼女の側からほんのわずかに魔力を感じ取った。
「────っ」
彼は組んでいた手足を解いた。
「⋯⋯ん、今ので大体わかった。キミ、二級魔法使いなんてものじゃないでしょ。何やってたの?」
レテはその一瞬の動きを見逃さなかった。
「────。だったら何だ?」
「いんや? 三年前に魔法使い試験受けてもう二級とか。二級にあるまじき魔法能力とか。別にありえなくはない。私だって最初っから一級だったしね」
ライの眉がわずかに動いた。
「はあ。なんだそれ。何が聞きたいんだよ」
「黒い剣。報告にあった白色のボヤケたなにか。おそらく剣と思われるもの⋯⋯それで、最上位使徒と思しき対象と上位使徒二名を、単独で同時に相手し、なんならその前に上位使徒を一体、撃破していた。⋯⋯はは、一級でも珍しいよ? こんなに強いの」
「⋯⋯⋯⋯」
「まあでも、等級と実力が違うなんて珍しいけどありえなくはない。二度目だねこれ言うの。特に剣使いなら、なおさら。⋯⋯でも、キミは黒魔法を使っていたって?」
レテは口角を上げていた。
「ああ。そういや三年前から訂正していなかったな。黒魔法の適性もあるって、わかったんだよ」
「魔法使いが自分の適性登録を訂正しないだなんて珍しいね。まあでもキミ元々魔法使いなんてやってなかったみたいだし、そういうものなのかな?」
「魔法の天才にはわからんだろうな。俺にとっては魔法なんて道具だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そう。道具って言うならきちんと把握しておくこともプロとしての責務だと思うけどね」
レテは手元にあった報告書を、燃やした。
ライは少し瞠目した。だが、アルスを除けば誰も気に留めていなかったため、ライもそれ以上は追及しなかった。
「レテ、大丈夫ってこと?」
金髪の女がそう言った。
なにが大丈夫なのか、とライは一瞬考えた。
「うん。少なくとも馬鹿じゃないし、いいんじゃないかな」
「⋯⋯おいおい。試してたのかよ」
ライは息を吐き、椅子に深く座り直した。
「はは、ごめんね。⋯⋯ええっと、あ、そういえば自己紹介してなかったね。おおよそ知ってそうだけど⋯⋯」
金髪の女は立ち上がった。
「ヘキサ協会の協会長をやらせてもらってる、ミサ・アールレ。あまり会わないだろうけど、よろしくね、ライ・ストラーフさん」
ミサは笑顔で答えた。
「⋯⋯アールレ協会長殿、して、俺⋯⋯ああいや、私への依頼とは?」
「畏まらなくていいよ。レテみたいに軽く接してくれて構わないからね」
「はあ⋯⋯。わかりました」
ミサは椅子に座った。
「で、あなたへの依頼なんだけど⋯⋯結論から言うと、あなたにはアルス協会長の護衛をしてもらいたいんだ」
「護衛? ⋯⋯と、いうと?」
「まず、アルス協会長にはこれからレンテル魔法大学に通ってもらうことにしたんだ」
ミサはライに、アルスの状態とこれからの方針について説明した。
アルスは魔法を暴走させてしまった。またそんなことを起こさないために、そして記憶を失ったアルスのために、しばらくの間、レンテル魔法大学で魔法や常識を学習させることにした、と。
「⋯⋯なるほど。大体理解しました。しかし、私を護衛として起用する意味がわかりませんが、アールレ協会長?」
「ティア代理は忙しいし、アルス協会長の護衛を任せられるのはそれこそ一部の一級と特色くらいだしね」
「⋯⋯⋯⋯」
「そう思ってたら、いるんだよね。二級なのに一級並に強くて、個人でフリーな魔法使いが、目の前に」
「⋯⋯あー、はい。そういうことですか」
ミサのわざとらしい笑顔と、釘を刺すような言い方に、ライはようやくここに呼び出された意味を理解した。
「私の監視も兼ねてる、と」
「ふふ。あなたはどうやら黒魔法への適性もあるみたいだし、魔法大学とかに在籍していた経歴もない。せっかくだし、黒魔法を学んでみてはどうかしら?」
「ヘキサ協会の協会長らしいですね。わかりました。護衛、研鑽、そして自己弁護。全部やりますよ」
「よろしい。じゃあ、ティア代理?」
「はい。ストラーフさん、こちらを」
ティアは懐からプレートを取り出した。それには翼モチーフの赤色のロゴが描かれていた。
それが示す協会は──
「──モノ協会」
ライは小さく呟いた。
「これからはあなたをモノ協会の所属魔法使いとして認定します。また、等級の昇格についても追って連絡しますね」
「⋯⋯ああ、ありがとう」
ライはティアからモノ協会の所属プレートを受け取った。
首元から魔法使い免許のネックレスを取り出し、その隣に新しいプレートを加えた。
「⋯⋯えっと、そういうことだから⋯⋯」
それまで黙っていたアルスが口を開いた。
「これからもよろしくね、ライ」
アルスは微笑を浮かべた。
「⋯⋯⋯⋯。ああ。アルス協会長殿。あんたの身の安全は、俺が保証する」




