↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/43

第22話 もう一度

 ──頭の中が白に満ちた。

 ──そして、黒い水底へと落ちた。


「⋯⋯っ」


 アルスは勢いよく起き上がった。

 周囲を見渡した。薄暗い、華美な部屋。アルスは大きなベッドの上に眠っていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 アルスの手は勝手に目元へ触れていた。

 そこにある布感触を確かめた。心臓の鼓動が治まっていくのを感じた。

 それから、アルスはベッドから立ち上がった。


「どこ⋯⋯」


 アルスは掃き出し窓のカーテンを開いた。

 眼下に、街並みが広がっていた。空は夕焼けに染まっていた。


「王都⋯⋯。いや⋯⋯」


 街並みは綺麗だった。

 でも、アルスの脳裏には血臭と、死の光景が張り付いていた。

 そんなときだ。

 部屋の扉の向こうから、足音が聞こえた。

 アルスは振り返った。

 それから扉が開いた。そこにはティアが立っていた。彼女はトレイを持っていた。水の入ったコップと、湯気の立つスープが載っていた。


「アルス様⋯⋯!」


 ティアはベッドの近くにあったテーブルにトレイを置き、アルスのもとに駆け寄った。


「なにか体に異常はありませんか? 痛いところとか⋯⋯」


「な、ないよ⋯⋯。⋯⋯ティア、なにがあったの?」


 ティアの耳が力なく倒れた。

 アルスは、そのままベッドに戻って腰を掛けた。ティアはアルスの隣に座った。


「⋯⋯順番に話しますね」


 ティアはアルスに、事の顛末を話し始めた。

 アルスが別人のようになったこと。テスタを殺したこと。ライと、シエラという魔法使いに、アルスは鎮圧されたこと。

 王都北部はあのあと、奪還されたこと。

 しかし、大勢の死傷者が出てしまったこと。

 それから、三日が経過したこと。

 アルスはその話を聞いて、何も言えなかった。

 人を救えなかった。

 そして、自分が暴走したという事実が、アルスにのしかかった。


「⋯⋯私のせいで、死んだ人は⋯⋯」


「いません。嘘じゃありません。本当の事です」


 ティアは淀みなく答えた。

 その答えを、アルスは疑う余地もなかった。

 けれど。


「⋯⋯たまたま、だったかもしれない」


 アルスは全部を忘れたわけではなかった。

 断片的に残っていた記憶が、ティアの話を聞くことで、少しだけ蘇ってしまった。


「⋯⋯ごめんね」


 アルスはそれだけ言った。

 これ以上なにかを話すことはなくなった。

 アルスは、話題を変えることにした。

 そうだ、このスープはなんだろう?

 そう尋ねようとしたとき、部屋の中央に白い魔法陣が展開された。


「────!」


 アルスは咄嗟にティアの前に出た。

 瞬間、白い魔法陣の上に人が現れた。

 真っ白な、背丈ほどもある長い髪。

 黒い服装に身を包んだ少女。

 そして、赤と青の特徴的なオッドアイ。


「⋯⋯⋯⋯」


 アルスは白い少女から警戒を緩めなかった。

 あのテスタという使徒のものとは異質だが──それを超える魔力を感じ取ったからだ。


「⋯⋯アルスさん」


 白い少女は少しだけ目を細めて、一瞬だけ目を閉じた。


「ティア、久しぶり」


 白い少女は、ティアにそう話しかけた。


「⋯⋯知り合い?」


「はい。⋯⋯だから、大丈夫です」


 アルスはようやく警戒を解いた。


「えっと⋯⋯」


 アルスは口ごもった。一気に気まずさを感じ始めた。


「レテ。レテ・アインヴァイス」


 白い少女──レテは、おもむろに体を空中に預けた。そこに椅子があるかのように、足を組んで座った。


「⋯⋯本当に忘れているんだね、アルスさん」


「⋯⋯そうみたい」


 空気が重い。とりあえずアルスもベッドに腰をかけ直した。

 ただ、言葉が続かなかった。何を話してよいのか、わからなかった。


「あの、レテちゃん。アルス様に会いに来ただけなの?」


 そんな空気をなんとか断ち切ろうとしたのはティアだった。


「それもあるね。ただ本題は違う。⋯⋯アルスさん、暴れたんだってね」


「⋯⋯レテちゃん、まさか」


 ティアの声がわずかに低くなった。


「そう構えないでよ、ティア。そんなつもりないよ」


「⋯⋯まあ、ですね」


 レテは空中に手を入れた。アルスには、彼女の腕が突然消えたように見えた。

 レテは、そこから一枚の用紙を取り出した。


「アルスさんとシエラ、あと⋯⋯ライっていう二級魔法使いについての戦闘報告書。⋯⋯これによれば、アルスさんはこのとき、幼児のような言葉遣いで、赤色の水を操っていたみたいだね」


 レテは報告書を眺めながら、言葉を続けた。


「この前のアルスさんの水魔法は、ただの水だった。既存の水魔法を使っていたのに、突然、赤色の水魔法を使い始めた。それも格段に強力になって。間違いない?」


 ティアとアルスは無言で頷いた。


「そう。⋯⋯赤色の水魔法って、ないことはないけど十中八九、独自魔法(オリジナルマジック)⋯⋯いや、今は関係ないね」


 レテは報告書を空中に戻した。


「まあとにかく、私の予想はこうだ。⋯⋯アルスさんはおそらく、このとき、魔法に呑まれていた」


「魔法に呑まれていた⋯⋯ってのは、魔蝕?」


 ティアが答えた。

 だがレテは首を横に振った。


「魔蝕まではいかないけどまあ似たようなものだね。見習い魔法使いに稀にあるアレだよ。自分の力と感情を制御しきれずに、魔法の力を暴走させてしまうってやつ。普通なら魔力が消し飛ぶんだけど、アルスさんだからね。続いてしまった」


 先ほどから専門用語がいくつか飛び交っていたが、アルスにも自分に起きたことはおおよそわかった。

 魔法に自分の精神と肉体を呑まれてしまった、ということだ。


「⋯⋯じゃあ、レテちゃんがここに来たのは」


 ティアはレテの顔を見ていた。


「そう。⋯⋯アルスさんがまた暴走なんてしないように、私の下で魔法のお勉強をしてもらおうかなって。記憶喪ってるし、ちょうどいいでしょ? 知らないことが多いだろうし」


 レテは笑顔を浮かべながら言った。


「⋯⋯ごめん。ありがとう。⋯⋯レテ、さん?」


「レテでいいよ、アルスさん」


「わかった。レテ。これからよろしくね」


「こちらこそ。もう一度、よろしく」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。