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第21話 未明

 総合体育館にいるのは三人だけだった。

 アルスに、ライとシエラの二人が向かい合っていた。

 その間には数メートルの距離があった。

 けれど。ライとシエラは床を蹴り、一秒もかからずその距離を詰めた。


「っ!」


 ライの振り下ろした剣と、シエラの拳をアルスは躱した。

 続く二撃目、三撃目でもアルスを捉えられなかった。

 まるで水でも掴もうとしているみたいだった。

 ライの横薙ぎをアルスは跳んで避けた。

 そこにシエラは上段蹴りを放った。

 アルスはあかい水の塊でシエラの蹴りを受け止めた。しかし、勢いまでは殺しきれず、天井付近まで飛ばされた。

 ライは間髪入れず、手の平をアルスに向けた。そこに黒い魔法陣が展開された。

 真っ黒な火炎柱がアルスを穿った。

 だが、そこに彼女はいなかった。

 ライの後方。白い魔法陣が、アルスの足元で消えた。

 そして腕を振りかぶった。


「────」


 シエラの飛び蹴りがアルスの左肩を捉えた。アルスは体勢を崩した。彼女の左肩から、まっかな水が飛散した。

 ライは振り返りながら白い剣を下ろした。

 アルスの右肩を丸ごと削いだ。

 白い剣を引き戻し、脇腹を薙いだ。だが、あかい水に遮られた。


「チッ──」


 あかい水玉がアルスの周りにいくつも浮かんだ。

 ライとシエラは後ろに跳んだ。

 強烈な破裂音。アルスの周りがあかく染まった。

 

「⋯⋯⋯⋯」


 ライとシエラはアルスを挟むように立っていた。

 アルスの削がれた肩が再生しつつあった。

 だが、下手に攻められなかった。

 先ほど水玉が破裂した瞬間、ライとシエラは空間が歪むのを見ていた。


「こわがらなくて、いいから」


 アルスはそう言った。

 ライとシエラの足元にあかい魔法陣が展開された。

 あかい水の柱が立ち上がった。

 二人は避けることができたが、体勢が崩れた。

 水玉がそれぞれ、二人の周囲に浮かんだ。


「だいじょうぶ」


 破裂音。

 床が捲れた。


「⋯⋯ああ、クソが⋯⋯」


 ライは跪いていた。けれど、白い剣を支えになんとか倒れていなかった。

 全身に新たに傷が刻まれた。至るところの肉が抉られていた。

 シエラもライと同じような傷を負っていた。しかし、緑の魔法陣が展開されたと同時に、二人の傷は完治した。


「あれ、なおってる。みどりのまほう、だ」


 アルスの姿が消えた。白い魔法陣の展開と共に。

 彼女は、シエラの目前に現れた。


「あなた?」


 アルスはシエラの胸──心臓部分に触れた。

 シエラの胸部が爆ぜた。

 だが、シエラは胸に触れたアルスの腕を掴み、引いて、膝蹴りを叩き込んだ。

 アルスは総合体育館の壁を突き破り、外に飛ばされた。

 ライが気づいたときには、シエラの胸が治っていた。

 だが、不自然なほど魔力が漏れていた。


「⋯⋯ライさん、アルス様の攻撃を受けないでください」


 シエラは少し息をあげていた。


「どういうことだ?」


「原理はわかりません。治癒魔法を妨害されました」


「⋯⋯わかった」


 ライはそれ以上は考えなかった。


「緑の特色が言うなら」


 今、ここで必要な情報は一つ。

 アルスのあかい水に触れてはならないことだけだ。


「──来ます」


 瞬間、アルスが転移してきた。

 アルスの魔力はまるで減っていなかった。傷はすぐに治っていた。

 再生能力に限度がない、なんてことは考えられない。

 しかし、先に限界が来るのはライたちだろう。


「⋯⋯一か八かだが、一秒、止めてくれ」


 ライはアルスから目を離さずに言った。


「わかりました」


 シエラは即答した。

 アルスの周りの水玉が跳ねた。あかい水の光線が飛来した。

 二人は身を捻り、躱した。左右で挟むようにアルスとの間合いを詰めた。

 踏み込み、剣を振った。間髪入れずに拳を叩き込んだ。

 しかしアルスは剣を避けて、拳をいなした。

 すかさずアルスは回転しながらシエラに裏拳を叩き込んだ。怯んだシエラの背中に回り込み、彼女を盾にライの剣撃を妨げた。

 ゼロ距離。シエラの背中にあかい水の塊が生じ、放たれた。

 シエラは吹き飛んだ。ライは横に躱し、踏み込み、アルスに剣を振るった。

 アルスはあかい水を纏わせた手で白い剣を受け止めた。

 間髪入れずライはアルスの腹部に中段蹴りを叩き込んだ。アルスは大きく後ろによろめいた。

 そこに、白い光が飛来した。


「っ⋯⋯」


 アルスの肩が光で蒸発した。

 ライが後ろに跳んだ。

 そして、アルスを囲うように赤い魔法陣が展開された。


「──〈壊月光線(フラクチャー・レイ)〉」


 魔法名と同時に、シエラの魔力反応が膨れ上がった。

 総合体育館の中央の床が、丸ごと消し飛んだ。

 凄まじい熱気と風圧がライを襲った。

 アルスの周りにあかい蒸気が漂っていた。彼女の体は至るところが抉られ、火傷を負っていた。


「ライさんっ!」


「十分」


 アルスは再生を開始していた。

 しかし、傷を完治させる前に動こうとしていた。

 あかい水玉が浮かんだ。あかい魔法陣が彼女の周りにいくつも広がった。

 アルスの魔力が揺らいだ。周囲へ激しく広がろうとした。


 ──瞬間、ライがアルスの懐に入り込んだ。


「────〈黒の喪失(ブラック・アウト)〉」


 ライは魔法の名前をつぶやいた。アルスの眉間に指で触れた。そこに黒い魔法陣が展開された。

 アルスは仰向けに倒れた。

 あかい水玉が形を崩して床に落ちた。


「⋯⋯ふう」


 ライは一瞬だけふらついた。

 シエラはライの横まで歩いてきた。


「大丈夫ですか?」


「⋯⋯ただの魔力切れだ」


 ライは白い剣を不可視の鞘に納めた。

 それから、彼は一瞬だけ目を閉じた。


「終わった⋯⋯な」


 少なくとも、周囲から使徒の気配は消えていた。

 王都北部全域を魔力探知したわけではない。だが、事態は収束しつつあることだけは分かった。


「どれだけの魔法使いを寄越したんだよ」


 ライは独り言のように言った。


「私と、一級魔法使い十六名、二級魔法使い三十四名、三級魔法使い──」


 シエラがそこまで言ったところで、ライは手を上げた。彼女は口を閉ざした。


「戦争でもするつもりかよ」


「⋯⋯まあ。⋯⋯では、私、まだ仕事あるので。ライさんも本来は安静にしとくべき状態だったんですからね」


 シエラはアルスの方を一瞬見た。


「アルス様のことも、あとは任せてください」


「ああ。殺さずに、な」


 ライは総合体育館を後にした。

 空は仄かに白くなりつつあった。血の臭いは残っていた。だが、わずかに薄れていた。


「⋯⋯眠い」


 ライはポケットに手を突っ込み、近くにいるだろう救護部隊のもとへ歩いていった。

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