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第17話 黒

 テスタの生首が宙を舞う。

 ライは黒い剣で、テスタの心臓を突き刺そうとした。

 だが、テスタは頭部を失ったまま回転し、回し蹴りでライの黒い剣を弾き飛ばした。

 勢いを殺さないまま、テスタの逆脚の踵がライの側頭部に迫ってきた。

 ライは舌打ちしながら後ろに跳んだ。右手に新たな黒い剣を生成した。

 そこでようやくテスタの首が床に落ちた。

 コツン、という硬い音と共に、男と女、二人の上位使徒が動き出した。


「っ!」


 だが、上位使徒たちの動きが止まる。

 〈恐怖霊気〉だ。

 アルスの威圧感が、場を突き刺していた。

 直後、上位使徒たちの足元に、アルスは赤い魔法陣を展開した。彼らはそれを見て、動きを止めた。

 そんな中、テスタの胴体側の断面から血管が触手のように伸びた。床の生首の断面に突き刺さり、そのまま生首を拾い上げた。


「あ、あ〜。よし、大丈夫ですね」


 マイクテストでもするかのように、テスタは自身の喉の調子を確かめた。

 ライは剣を構えたまま、動かなかった。

 テスタの鉤爪は避難民の方に向けられていたからだ。


「⋯⋯さて。まずはありがとうございます、待ってくれて。首治すの、得意じゃなかったんですよ」


 テスタはライに笑みを向けた。勿論、そこには謝意なんてなかったが。


「隙なんて見せなかった癖によく言う」


「はは? まさか。あなたならできたでしょう」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯はは。まあ、いいです」


 テスタは自身の肩や胸元に零れた血に手を翳すと、血が消え去った。

 それから埃でも払うように服をぽんぽんと叩いた。


「⋯⋯さて」


 テスタの身体が、真っ赤な血液に包まれた。

 それを見たライは、叫んだ。


「──アルスっ!」


 次の瞬間、アルスの目の前にテスタが現れた。


「──え」


 アルスとテスタの間に水の塊が生じていた。しかし、テスタはそれごとアルスを鉤爪で薙いだ。

 アルスは総合体育館の壁に叩きつけられた。


「かはっ⋯⋯」


 上位使徒に向けられていた魔法陣が消えた。


「申し訳ございません、アイロット様⋯⋯!」


「問題ありません。⋯⋯それより、そこの男を始末しますよ。あれは、ただでは済まなさそうですから」


 三人はライを囲むように構えた。


「これで形勢逆転⋯⋯と言うほど、先程まで不利だったわけではありませんがね」


「チッ⋯⋯クソが」


 ライはアルスの容態を確認した。壁に背を当て座り込んでいた。指先一つ、ピクリとも動いていなかった。


「殺してませんよ。食べ物は新鮮な方が良いでしょう?」


「ああ、そうかよ」


 ライはテスタに向かって走り出した。男の方の上位使徒がテスタとの間に入って、鉤爪で黒い剣を受け止めた。


「邪魔だ」


 しかし、ライはより力を込めて、鉤爪を砕いた。

 男の上位使徒はそのまま吹き飛ばされた。テスタは飛来してきた男の首根っこを掴み、受け止めた。


「全く⋯⋯あなたたちは援護に回ってくれればいいんですよ。カルアを殺したのはあの男ですから」


「⋯⋯分かりました」


 男の上位使徒は、その名を聞いたときに目を見開いていた。おそらく、血の移動能力を持っていた上位使徒の名前なんだろう。


「足手まといを抱えると面倒だよな。さっさと始末したらどうだ?」


「ものは使いよう、ですよ」


 背後から鉤爪を振り下ろそうとしていた女使徒を、ライは振り向きざまに斬りつけた。血が降り落ちる。

 ライは何か嫌な予感がした。一瞬だけ、青い障壁を展開して血を弾いた。

 地面に落ちた血から煙が上がった。


「⋯⋯そういう感じか」


 黒い剣の刃が溶けていた。

 ライは一旦、三人の使徒から距離を取って、状況を確認する。

 テスタは最上位使徒。

 男と女はいずれも上位使徒だ。女の方は酸性の血──血冠だろう。ただ、動きを見る限りだと、どちらも、先程ライが殺したあの上位使徒ほどではない。


「⋯⋯⋯⋯」


 ライは避難民たちと、そしてティアを見た。その場で座り込み、身動きが取れない者がほとんどだった。

 尤も、外は使徒が蔓延っているだろう。

 それがなだれ込んで来ない。おそらく、テスタがそうしている。

 皮肉にも、総合体育館の中は外より安全だった。


「⋯⋯人質のつもりか」


 ライは呟いた。

 ライは、避難民を背に戦わざるを得なかった。

 三人の使徒だけを見れば、後ろの誰かが死ぬだろうから。


「⋯⋯はあ」


 避難民と、ティア。彼らは逃げることもできず、ライを見るしかなかった。

 でも、仕方ない。もう──見せる手札を選んでいる余裕なんてなかった。

 ライは、刃が溶けた黒い剣を振りかぶり、女使徒に投擲した。女使徒は手を翳すと、黒い剣が血で包まれた。そのまま、彼女は剣を溶かしきった。

 その溶けた剣の陰で、黒い光が揺れた。


「っ!? 避けなさいっ!」


 テスタが叫んだ。彼の視線は、ライの右手にある、短銃身の黒い二連散弾銃に向けられていた。

 同時に踏み込んだテスタは、しかし足を止めた。


「死ね」


 ライがいた場所に、黒い残像が揺れていた。

 そのときには、ライは女使徒の眼前にいた。

 顎を叩き割る勢いで、銃口を女使徒の口の中へぶち込んだ。


「────ッ!?」


 引き金を引いた。

 重低音が総合体育館内に響き渡った。

 女使徒は力なく倒れ込んだ。

 ライは彼女の心臓に、さらに一発、撃ち込んだ。

 女使徒の酸の血がライに返る。

 血が触れる寸前、その箇所にだけ青い障壁が瞬いた。

 ライには、一滴も届かなかった。

 女使徒の頭と心臓が木端微塵になった。肉塊は寄り集まろうとしていた。しかし痺れているようで、致命的に遅かった。


「一匹目」


 ライはテスタと男使徒の方を振り返りながら、そう言った。

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