第16話 舞台
テスタの微笑から、仮面めいたものが剥がれ落ちた気がした。
アルスは、それをやけに気味悪く感じた。
「あはは。⋯⋯寝起きにしては、よく頭が回ってらっしゃる」
アルスは頭を回さなくちゃいけない。
言葉で時間を稼ぐ。今できるのはそれしかないのだから。
「先に王都の人たちを逃がして。使徒が人を襲わないようにできるでしょ、あなたなら」
「わたくし相手に交渉ですか。さすがですね」
「話、聞いて」
テスタは口元に手をやり、わざとらしく咳払いをした。
それから、きちんとアルスの方を向いた。
「いいでしょう。しかし、その後に貴女に逃げられてしまっては本末転倒」
テスタはティアの方に一瞬だけ目をやった。それだけで、避難民たちの身が強張らせた。ティアの治療をしていた母親も例外ではなかった。
「⋯⋯思うに、そこの獣人の娘は貴女にとって大切である御様子」
アルスは表情を変えなかった。
ティアは顔を顰めた。アルスの方を見て、首を横に振った。
けれどアルスは、ティアに一瞬だけ笑みを見せた。
それから、
「あの子に手を出してもみろ──」
アルスの周りの空気が張り詰めた。
「──その瞬間、お前を殺す」
「⋯⋯⋯⋯」
テスタの口角が少しだけ下がった。
彼は胸に手を当て、頭を下げた。
「⋯⋯失礼致しました。わたくしの貴女への無礼、どうかお許しを」
テスタはすぐには頭を上げなかった。
「もういい」
アルスがそう言うと、テスタは顔を上げた。
それから、テスタは口を開いた。
「⋯⋯では、『契約』しましょう。構いませんか?」
アルスはあえて何も言わなかった。それを肯定だと取ったのか、テスタは言葉を続けた。
「『契約』は、『わたくしを含む、この王都内にいる全ての使徒の戦闘行為及び殺戮行為を一時中断。その間、人間には一切手を出さない。その後、アルス・ヴィルミアは命を差し出す』でよろしいですか?」
「だめ。一時中断じゃなくて王都内からの避難、連盟所属の魔法使いたちによる保護完了まで。人間だけじゃなくて、獣人を含む、王都内に残る生存者全て。避難完了を私自身の目で確認した後、あなたに命を差し出す」
テスタは微笑みを崩さなかった。それどころか、口角は少しずつ上がっていた。
「分かりました、ヴィルミア様。お手数をおかけして申し訳ございません」
テスタは何度目かになる謝意のこもっていない礼をする。
──いや。さっきのには、こもっていた。アルスにはどうでもよかったが。
それより、
「あと」
アルスは思い出したかのように言った。
「まだ何か?」
「情報、出して」
テスタは少しだけ目を見開いた。
「情報⋯⋯ですか」
「例えば、どうやって王都に入ったか、とか」
ティアが総合体育館に結界を張っていたように、王都にも似たような防護があるはずだ。
ならば、どうやって使徒たちは突破したのか。
アルスは気になっていた。
「裏で誰かが手引しているなら、それは誰か、とか」
でまかせでいい。
テスタが考え込んでくれるのなら、それでいい。
「⋯⋯ふむ」
テスタは考え込んだ。
すぐに答えないことに、アルスは違和感を覚えた。
「まさか答えられないの? 私の命を吸うのに?」
「ええと⋯⋯そうですね。申し訳ない、それには、お答えできません」
アルスは僅かな手応えを覚えた。
「なんで?」
「⋯⋯それも、答えられません」
テスタは目を細めながら言った。らしくなく、不愉快そうだ。
ただ、一つ分かったことがあった。少なくとも、この侵入経路について、テスタは何か隠していると。
「そう。ならいい。⋯⋯じゃあ、答えられる範囲で全部、教えて」
「全部、ですか」
「なに? 私の命にそこまでの価値なんてない、って?」
「────」
テスタはアルスに、何も返さなかった。
代わりに、彼はアルスをじっと見つめた。
その赫い目が、アルスから一瞬だけ逸れた。
「──くっ」
テスタは自身の顔を片手で覆う。
「はは、ははははっ! 素晴らしいっ!」
天を仰ぎ、歪なくらい、口角を上げる。
「それでこそ⋯⋯! 貴女こそ、姫と呼ぶに相応しい⋯⋯!」
「は、なに、言って⋯⋯」
テスタの赫い目にアルスが映る。
アルスは思わず、一歩、後退った。
「なんなの⋯⋯」
「なん、なの⋯⋯? わたくし、ですか?」
──総合体育館の壁面の風穴から、月明かりが差し込む。
その光は大きく両手を広げたテスタに降り注いだ。
「わたくしはテスタ」
舞台の上で演者が名乗り上げるように。
「テスタ・アイロット──」
今まで感じられることがなかった彼の重圧が、解き放たれていた。
「アルス・ヴィルミア様。貴女のその命、その体、その血を──」
その圧は上位使徒以上。
──最上位使徒。それがアルスの目の前にいる男の正体だ。
「──求める者、です」
瞬間。
テスタの頭上から、黒い影が墜ちる。
黒い剣が、テスタの首を斬り落とした。




