↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/43

第15話 価値

 アルスは踵を返し、ライと女の使徒に背中を向けた。

 そして走り出した。

 直後、金属音が響いた。ライと女の使徒の魔力がぶつかり合っているのが分かった。

 アルスは振り返らなかった。前だけを見た。

 最悪なのは、ティアと避難民が使徒に襲われること。

 そうなる前にアルスは戻らないといけない。

 大通りを道なりに進めば、総合体育館に辿り着く。しかし、少し遠回りになる。

 ならば、一直線のルートを取るだけだ。


「⋯⋯⋯⋯」


 アルスは一息で建物の屋根に跳び乗った。

 総合体育館を目視して、屋根の上を走り出した。建物の間を容易く飛び越えていった。

 その時だった。


「っ⋯⋯」


 アルスは路地で使徒に襲われる老人の姿を見た。

 あれだけ殺したのに、まだ残っていたのか。

 老人は炎の魔法を使徒に放っていた。しかし、牽制程度だった。

 このままでは老人は死ぬ。

 アルスは屋根の上で一瞬だけ立ち止まり、手の平を使徒にかざした。そして水の弾丸を撃った。

 水の弾丸は使徒の上半身を丸ごと抉った。その威力を保ったまま、老人に迫る。

 アルスは拳を握り、振り払った。

 水の弾丸は老人の目前で掻き消えた。

 

「ごめんお爺さん! 今急いでるから、あとは自分でなんとかして! この辺多分もういなさそうだから!」


 老人の感謝の言葉を聞くこともなく、アルスは再び屋根の上を駆け抜けた。


「⋯⋯なんで」


 アルスはもどかしさを感じていた。

 遅い。

 身体は目覚めた直後より軽く動いている。それなのに、アルスは遅く感じた。

 走り方を忘れているのだろうか。もっと、速く走れるはずなのに。


「なら⋯⋯!」


 もっと、速く動くにはどうすればよいか。

 今のアルスが頼れるのは魔法だけ。それはこの違和感への答えではないだろうが、そんなこと、今はどうでもよかった。

 アルスは踏み込んだ足元に、圧縮した水を生み出した。屋根を蹴る瞬間に水を弾けさせた。

 水の反動が散ってしまった。

 けれど、そんな状態でさえアルスはいくつもの建物を跳び越えた。


「もうすぐ⋯⋯っ!?」


 あと一度の跳躍で総合体育館に辿り着く。

 そのとき、血の臭いがアルスの鼻を刺した。

 刹那、アルスは屋根を崩落させるほど踏み込み、大きく跳び上がる。

 アルスは赤い魔法陣を展開した。避難民の気配を避けて、


「〈暴風雨穿弾(テンペスト・ショット)〉──っ!」


 総合体育館の壁に身長より大きい風穴が開いた。

 水の弾丸はそれで消えることはなかった。

 しかし、一人の男が前に出て、片手で水の弾丸を振り払うように掻き消した。


「⋯⋯思ったより、お早い到着だ」


 内側を赤く染めている黒髪。白いシャツの上には黒のベストを着ており、黒いスラックスを穿いている。

 一見して、二十代の紳士のような雰囲気が漂っていた。

 だが、その印象を歪ませている赫い双眸。


「──っ」


 周りには、あの上位使徒と同等の威圧を感じさせる使徒が二体。

 しかしアルスは、その二体よりも、目の前の男の方が危険だと判断した。

 威圧感がより大きかったからではない。何か莫大な魔力を感じたからでもない。

 むしろ、真逆。


 ──まるで、何も感じることができなかった。


「初めまして。⋯⋯貴女がアルス・ヴィルミア様ですね」


 男は自身のズタズタになった右手を一瞥した。

 男の赫い目が、ほんの少しだけ見開かれた。

 だが、すぐにアルスの方を向き直した。

 男はあまりにも滑らかな足運びでアルスの前まで来た。


「わたくしはテスタ・アイロットと申します」


 深く、深く、お辞儀をした。まるで貴族の礼儀作法みたいだった。

 しかし、そこに敬意などないように思えた。


「あなたたちは⋯⋯」


 アルスは目だけで周囲を確認した。

 避難民たちは酷く怯えていたが、怪我人も死人もいなかった。

 だが。

 ──血の臭いを辿ると、そこにはティアが壁を背に座り込んでいた。

 あの少年の母親が、ティアに治癒魔法を使っていた。

 少年は少し離れた避難民の輪の奥で、別の大人の腕の中にいた。

 母親の横には、父親らしき男だけが残っていた。

 血は止まっていた。しかし、ティアの右肩は大きく抉られていて、傷は塞がっていなかった。

 ティアはいつ意識を失ってもおかしくなかった。

 このままでは死ぬ。


「⋯⋯私の命を、狙っているんだよね」


 テスタはアルスのその言葉を聞いて、ようやく頭を勢い良く上げた。

 彼は口の片端を歪めた。


「まさしく。ヴィルミア様、貴女の血を啜り肉を喰らうことこそ、わたくしの目的」


 当然だとでも言うように、テスタは告げた。

 そんなことのために。

 アルスは反射的にそう口を利こうとしたが、飲み込む。


「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯なら、そうすればここにいる人たちは助けてくれるの?」


 アルスの声に震えはない。


「ええ、勿論。勿論ですとも」


 テスタは一歩、踏み出す。彼の赫い目が、目隠しの内側を見通しそうな距離まで迫った。

 アルスはそれでも、一歩も下がらなかった。


「貴女の御命は、有象無象より遥かに高価」


 テスタはアルスの耳元で囁いた。

 瞬間、テスタの首に赤い筋が浅く走った。

 アルスの手の平から赤い魔法陣が消えた。


「近い。離れて」


「おお、これは失礼。近づき過ぎました。お許しください」


 テスタはアルスから距離を取り、再び頭を下げた。

 やはり、敬意も謝意もまるでなかった。


「⋯⋯ともあれ。それさえ頂ければ、わたくしはここから手を引きましょう。何でしたら『契約』でも結びましょうか?」


 テスタは微笑を顔に貼り付けながら言った。

 アルスは『契約』という言葉に引っ掛かりを覚えた。ただの口約束ではなさそうだ。


「そう」


 テスタの眼と眉の動きや声色などに嘘らしいものはなかった。

 けれど──


「じゃあ──あなた以外、は?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。