第13話 死線
「⋯⋯何者だ」
ライの声が、今までよりずっと低く、冷たくなっていた。自分には向けられていなかったのに、アルスは気圧されてしまった。
「あーあ、怖い怖い。で、私が何者か? 上位使徒だけど」
「言語中枢でもイカれたか?」
「付き合うつもりなんてないって、分っかんない?」
女は声高らかに笑った。心の逆剥けを撫でるような声色だった。
瞬間、ライが動く。その次に、彼の黒い剣が女の首を落とす──はずだった。
「あはは! 強いね!」
女は黒い剣を素手で受け止めていた。当然、刃が彼女の手の平を斬って、血が流れた。
しかし、その血は黒い刀身を這い上がった。
ライはすぐさま剣を手放し、女から距離を取った。
「なぁんだ。斬るだけの剣か」
女は剣の刀身を握り、品定めでもするように確かめた。だが、すぐに近くに投げ捨てた。
「てっきり魔法が込められた武器かと思ったんだけど。もしかしてナメてる? こんな武器だけで私を──」
アルスは魔法を行使した。女に水の弾丸を撃った。
しかし、女の姿が血に覆われて消えた。転移魔法だと見紛うくらい速かった。
アルスは女の位置を見失った。
「──君たちって、人の話とか聞かないタイプ?」
女の囁くような声が耳元で鳴る。
アルスは振り返りざまに、女へ右の裏拳を叩き込む。女は体を捻って避けていた。
アルスは残る左手の平に魔法陣を展開した。
頭の奥を突き刺すような痛みが走った。
それでも、水の弾丸を放った。
至近距離だったが魔法が乱れて水が拡散した。女は空中に張り巡らせた血で、容易に防いだ。
「はは! 意味分かんないかぁ!?」
アルスは魔力反応を視てから、伏せた。血が張り付いたままの黒い剣が飛来する。女の頭に突き刺さった。
女の体勢が大きく揺らいだ。
大質量の水の塊が女の全身を打ち付けた。彼女は勢い良く吹き飛んだ。
「ライ、ありがと」
「ああ」
ライは新たに黒い剣を右手の中に作った。
アルスは周囲に水の玉を浮かばせた。
大通りの中央。仰向けになって女は倒れていた。その額には黒い剣が突き刺さったままで、胸が潰れていた。
だが、女は足だけで起き上がった。次の一瞬で傷が治る。
黒い剣が、女の額から押しのけられた。
女の喉から掠れた声が漏れた。
それが石畳に落ちるより速く、アルスは水玉を弾幕のように撃った。
しかし女はアルスの面制圧に正面から飛び込んだ。弾幕をすり抜けて、一気に距離を詰めた。
鉤爪を振るった。
ライが間に入り、剣で爪を受け止めた。
そこでようやく、カラン、という音がした。
「っ⋯⋯」
水の柱が女の足元から突き上がった。女は横に翻るように避けた。
ライが前に詰め、女の首目掛けて剣を突き刺した。鉤爪で受け流された。
女は左爪を突き出し、ライの脇腹を掠めた。
しかし、ライは顔を顰めることなく女を蹴りつけた。女は蹴撃の前に身を引いて、芯を外していた。
足先だけは女に届いており、黒い衝撃が走った。だが、女の体勢を僅かに崩す程度だった。
アルスはライに一瞬だけ魔力で合図を送り、魔法を放つ。
ライは身をひねって躱し、水の弾丸が女の脇腹を削り取った。
一気に畳み掛ける。アルスがそう考えた瞬間、女は二人から距離を取るように転移した。
女はアルスから受けた傷を即座に再生させた。
「アルス、おかしいと思わないか?」
「私たちがアレを殺しきれないこと?」
アルスは即答する。
「⋯⋯は? いや、あいつが決めにきてないことだ」
女の再生力は、先ほど殺した使徒の再生速度とは比べものにもならなかった。ならもっと攻められるはずだ。
「一歩引いてる」
「⋯⋯⋯⋯」
「わざとだ」
ライの言葉を聞いて、アルスは思考を巡らせた。
「時間稼ぎ」
「だろうな。なら──」
ライは目を細める。
しかしそのとき、女が声を上げる。
「さっきから何コソコソ喋ってるの? ワタシを仲間外れにしちゃ嫌よ?」
女はヘラヘラとわざとらしく笑っていた。
「誰がお前と喋りたがるんだか、ね」
「あはは! 女の子にお前なんて、モテないわよ? 折角、顔は良いのに」
「テメェなんぞに好かれても身の毛がよだつだけだ」
ライは女との距離を詰め、剣で斬りつけた。女は鉤爪で剣を弾いた。
何度も何度も火花が散った。空気が引き裂かれる音がした。ライと女が石畳を蹴るたびに、亀裂が広がった。
そんな中、アルスは考えていた。
ライの言葉の続きを。
女は、頭に剣が突き刺さっても、胸が潰されても、気にしていなかった。でも、アルスとライの攻撃が重なる形だけは必ず避けていた。そのうえ、アルスたちを殺しきろうとしていなかった。
ならば、その目的はなにか。
「⋯⋯まさか」
アルスの瞳孔が開く。
それと同時、女の顔が歪む。アルスの反応を待っていたとでも言わんばかりの笑顔だった。
「ねぇ、もう気づいてると思うけどさぁ」
女は血の転移で二人から距離を取った。
「君たちのお仲間さんと避難民、見つけたらしいよ。さぁて、どうしよっかなぁー?」
仲間、避難民。見つけた、らしい。
ブラフの可能性は? いや、嘘だと切り捨てる根拠がない。
アルスは迷った。
「アルス、行け。すぐに追いつく」
「だめ、ライ一人じゃ──」
「──問題ない。少なくともあんたをここに残すよりはマシだ」
彼の目は酷く冷静だ。しかしそれは、奥にあるモノを隠しているようだった。
「⋯⋯わかった」
それでも、アルスは、ライの判断を信じることにした。
アルスはその場から離れた。
上位使徒の目の前には、ライだけが残った。
「⋯⋯へぇ。随分思い切りのいい判断ね。でも無駄。一対一ならあなたごとき簡単に殺せるわ」
女の声音が、先ほどと比べて下がっていた。
「そうだな。二級魔法使いだと、お前には勝てない」
その言葉だけ聞けば、諦観だった。




