第5話 ユニコーンとルティーヤー
「ユリウス様、森の出口が見えてきました。もうすぐポポル村に着きますね」
「ああ。そこにユニコーンとルティーヤーが待っているんだよな?」
「左様でございます!」
馬の召喚獣であるユニコーンは『獣人族』、ドラゴンのルティーヤーは『竜人族』の姿になっているのだろうか。会うのが楽しみだ。
ポポル村は、ヤマの森を抜けた目と鼻の先にある。人口百人にも満たない、こぢんまりとした村だ。
そうこうしている間に、俺たちはポポル村の入り口に到着した。
「もぉ〜、遅かったじゃないですかぁ。まっさかぁ、ゴブリンごときに手こずったんですかぁ?」
村に入るなり、間延びした、底抜けに明るい声が飛んできた。
声の主は十代後半くらいの女。額には一本の角を生やし、青、紫、緑といったパステルカラーが混ざり合うド派手な髪が、陽光を浴びてプリズムのように鮮やかな光を散らしている。
そして彼女の横には、長身でスレンダーな男が腕を組んで立っていた。鋭い目つきに真っ赤な逆立ち気味の髪。彼も額に立派な角をそびえ立たせ、その風貌は、荒削りな刃のような鋭さを纏った若きロックスターといったところか。
察するに、このギャルがユニコーンで、あの尖った雰囲気の男がルティーヤーだろう。
しかし何だこの女、やけに賑やかだな。
(……まぁ、嫌いじゃないが)
ジズが進み出て、これまでの経緯や俺の記憶障害について二人に説明をしてくれた。
「えーーッ! 記憶障害!?」
ユニコーンが目を丸くして叫ぶ。
「ああ、どうやらそうらしい。大体のことは憶えているんだが、なぜかお前たちに関する記憶だけが曖昧になっているみたいだ……」
「……曖昧ってことは、完全に忘れとるわけじゃなかとですね?」
「ああ。二人の名前などはちゃんと憶えている」
ユニコーンはその奔放な装いに違わぬギャルな佇まいだが、それ以上に俺の意識を奪ったのは、ルティの口から放たれた言葉の響きだった。
この修羅の世界に似つかわしくない、あまりにも強烈な――九州の訛り。
(……今まで普通に会話が通じていたからスルーしていたが、ジズも、ゴブリンのアトさんも、そしてこの二人も、完全に『日本語』を喋っている)
魔法や異形の怪物が実在する世界で、言語だけが現代日本と共通している。その異様な事実に対する答えは、極めてシンプルだった。
――『ミソロジーワールド』を開発したのは、日本のゲーム会社だ。だから、共通言語は日本語。これなら、合点行く。
「そうだ、ユニコーン。ジズの傷を治してやってくれないか? 俺と手合わせしたときに、少し怪我をさせてしまったんだ」
「手合わせぇ!? あ、さっき森の中から『ドガァン!』とか『ビュオォォ!』って超ヤバい音してましたけど、あれだったんですねぇ!」
そう言うと、ユニコーンはすぐさま魔法を唱え、ジズの傷を完治させた。
治癒魔法の性能を把握しておきたい俺は、彼女に尋ねる。
「その治癒魔法はどの程度の傷まで治せる?」
「傷っすかぁ? マジどんな傷でも治せますよぉ」
「どんな傷でも!? じゃあ、腕や足が切断された場合はどうなる?」
「死んでなきゃヨユーで復元できまぁす! ただぁ、部位が取れちゃってから『二十四時間以内』ってゆー縛りはあるんですけどねっ」
「二十四時間以内なら、瀕死まで問題ないってことか。……心強いな」
「そゆこと! てか、毒とかの状態異常もサクッと治せちゃいまぁす。ウチ、マジ便利っしょ!」
状態異常まで完璧に治せるのか! これはありがたい。
《《蘇生魔法がない》》この世界では不安だったが、少し気が楽になった。……もっとも、即死だけは別の話だが。
「ああ、本当に凄いな。ユニコーンが仲間で良かった」
「きゃぁぁ! ユリウス様が臣下じゃなくて『仲間』って言ってくれたぁ! ウチ、マジ最高なんですけどぉぉ!」
何がそんなに嬉しいのか、ユニコーンは飛び跳ねながら叫んでいる。
『仲間』という言葉が、彼女にとってそれほど特別な響きだったのだろうか。
「ジズにも言ったが、これからは臣下としてではなく、対等な仲間として接するつもりだ。だから今後はタメ語で構わないし、言いたいことがあれば気軽に言ってくれ。周りがイエスマンばかりでは、いつか俺は道を踏み外す。暴君や愚者にならないよう、俺を支えてほしい」
「おっけぇ〜! 任せてぇ!」
「……ういっす」
即座にタメ語で返したユニコーンに対し、ルティーヤーは少し照れくさそうに、しかし親しみのある崩した敬語で応じた。
「――あっ! ユリウス様ぁ。じゃあ、これからはウチのこと『ユニィ』って呼んでっ!」
「ワイだけこすかったい。……なら、オイのことは『ルティ』でお願いしますばい」
ルティーヤーの喋り方は、九州弁の中でも長崎弁だ。
――なぜ俺がそう断定できるのか? 他でもない、俺自身が長崎の生まれだからだ。まさかこの異世界で、同郷の言葉を耳にする日が来るとは。
見知らぬ土地で常に張り詰めていた神経が、その懐かしい響きによって一瞬だけふっと解けていく。竜人の口から飛び出した故郷の匂いに、孤独な転移者である俺の胸には、場違いなほどの安堵感と奇妙な違和感がじわじわと広がっていた。
「ふふ……では、私も便乗させていただきましょう。ユリウス様、どうか私のことも『ジズゥ』とお呼びください」
どこか羨ましそうにしていたジズまでが、いつもの真面目な顔で愛称を希望してきた。
……こうして俺たちは、互いを愛称で呼び合う仲になった。真面目なジズまで愛称をねだってきたのは意外だったが、距離が縮まったのは良いことだ。
ユニィとルティのことも、おおよそ掴めた。
俺たちは改めて気を引き締め、ゴブリン退治の顛末を報告するため、村長宅へと向かった。




