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美しく切ない花火  作者: オーストリッチマン
異世界転移編

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第4話 手合わせ

 俺たちはゴブリンの住処である洞窟をあとにし、ポポル村へ向かっていた。依頼主の村長に事の次第を報告するためだ。

 鬱蒼とした森を歩く道中、隣を歩くジズがふと問いかけてきた。


「ユリウス様、本当にゴブリンたちを退治しなくて良かったのですか?」

「問題ない。アトさんのあの目は、嘘をついているようには見えなかった。……もし嘘だった場合は、一匹――いや、一人残らず(こま)切れにすればいいだけの話だ」

苛烈(かれつ)なお言葉ですが、それもそうですね。ユリウス様がお召しになっているコートの背に刻まれた【生殺与奪】という文字は、まさに主君のためにあるような言葉ですからね!」


 プレイ時間が五千時間に達したときの特典が、『好きな文字を装備品に刻める』というものだった。

 そこでかつての俺は、アバターが羽織っているこの真紅のコートの背中に、躊躇いもなく『生殺与奪』の四文字を刻んでしまったのだ。


 ――なぜ、生殺与奪なんて物騒な言葉にしたのか?


 理由は単純。『生かすも殺すも俺次第』――その絶対強者感あふれる響きが、当時の俺の中二病心を激しく刺激したからだ。

 正直なところ、今となっては羞恥心で顔を覆いたくなる。今の俺なら何もせず、無地を選んでいただろうに……。


「……なぁ、ジズ。一つ聞いておきたいことがある。ジズは、ゴブリンを害獣だと思うか?」

「いえ。見た目が違うだけで、人や獣人などと何も変わらない存在だと思います。現に言葉を話し、集団で助け合いながら暮らしていましたから」

「そう、見た目が違うだけで、本質は何も変わらねぇ。だから俺は、ゴブリンたちを人と同等の種族だと判断して見逃した。俺は……生まれた場所や種族、皮膚の色や目の色で他者の価値を決める人間になりたくねぇからな」


 ――我ながら、カッコつけすぎた。

 だが実のところ、これは俺が現代で愛聴していたパンクバンドの歌詞にモロに影響されたセリフだ。

 早い話、ただの受け売りだ。だが、受け売りだろうと何だろうと、今の俺にはこのフレーズが一番しっくりくる。


「素晴らしいお考えです。さすがは私の主君、ユリウス様!」


 漆黒の瞳に一点の曇りもない尊敬の眼差しを向けてくるので、俺は少し照れくさくなり、強引に話題を切り替えた。


「……ところでジズ。村へ戻る前に、少し『手合わせ』を頼めないか?」


 よく考えたら、俺はこの異世界に転移してからまだ一度も実戦を経験していない。

 さっきは『ゴブリンが嘘をついていたら細切れにする』なんて豪語したが、実際のところ、今の自分の身体能力や剣技がどの程度なのか、全くの未知数だ。

 この世界の常識を知らない以上、まずは己の強さを正確に把握しておく必要がある。

 ――なぜなら、それが今後の『生死』に直結するからだ。


 唐突に手合わせをしたいと言い出した俺に対し、ジズは目を丸くして聞き返した。


「――手合わせ、でございますか? それは……急でございますね」

「……ああ。先ほど浴びたあの異常な光の影響か、どうにも身体と意識が上手く噛み合わなくてな。ゴブリンどもで試すつもりだったが、あのような結末に終わってしまっただろう? ……少し、俺に付き合ってくれ」

「――ッ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ジズゥはハッとしたように目を見開いた。

 そして、何故かひどく感動したような面持ちで、スッと片足を引いて優雅に一礼する。


「……なるほど。この未熟な私に、主君自らが手ほどきをしてくださるということですね。その深き慈悲に、感謝いたします」


(ん? 手ほどき? いや、ただ俺が操作の練習をしたいだけなんだが……)


 何か決定的な勘違いをしているような気がしたが、好都合なのであえて訂正はしないでおく。


「及ばずながら、このジズ、全身全霊をもってお相手させていただきます」


(……実に堂々とした返事だが、もし手も足も出ずに俺がボコボコにやられたらどうしよう。『……主君として、いささか頼りなさすぎます』とでも思われたら目も当てられない)


 一抹の不安を抱えつつ、俺たちは手合わせをするために森の少し開けた場所へと移動した。


「では、始めよう」

「はい。最初から全力で行かせていただきます!」


(――全力? いやいや、手合わせなんだからもっと軽い感じでいいんだが……)


「ちょ、ちょっと待てっ。本気でやるつもりか?」

「もちろんでございます!」


(ダメだ、目がマジだ)


 もしこのままジズが俺より圧倒的に強かったら……笑えないことに、本当に殺されるかもしれない。俺は慌てて、あくまで模擬戦であることを強調する。


「手合わせなんだから軽くでいい」

「……? 了解いたしました」


 俺とジズは互いに異空間収納(アイテムボックス)から武器を取り出し、距離をとって戦闘態勢に入る。

 ジズの武器は長柄の『槍』で、俺は愛剣【デュランダル】。リーチの差を考えれば、距離を取られると俺が不利だ。ここはセオリー通り、一気に接近戦に持ち込む。


「――っ!」


 俺は地面を蹴り、ジズの懐に飛び込もうとする――が、顔面を狙う鋭い『三連突き』によって完全に進行ルートを塞がれた。

 懐には入れなかったが、確かな収穫があった。ジズの高速の突きが、ハッキリと見えたのだ。


 俺は体勢を立て直し、再び懐へ飛び込む。

 ――今度は、先ほどの倍近い速度の『五連突き』が迫る。

 手数が増え、風を裂く鋭い攻撃だったが、俺は一切の焦りを感じなかった。攻撃を完璧に目で追える。そして何より、脳のイメージと寸分違わず、この肉体がピタリと連動して動く。


(よし。感覚は掴めた。ここからだ)


 俺はさらにスピードを一段階引き上げ、ジズの攻撃の隙間を縫うように懐へ突っ込んだ。

 一瞬、ジズの槍が止まった。


(――もらった!)


 懐に潜り込んだ俺は、デュランダルを下から上へと振り上げる。

 だがジズもさる者。慌てることなく槍の()を盾にし、俺の重い斬撃をガシッと受け止めた。


 俺は間髪入れずに、怒涛の連撃を叩き込む。

 ジズは目まぐるしい槍捌きで七撃目までを完璧に防御してみせたが、俺の放った最後の一撃がわずかに防御をすり抜け、ジズの左頬に浅いかすり傷を負わせた。


 ピタリ、と互いの動きが止まる。


「……やるな」


 ジズは少し悔しそうな表情で、頬の血を親指で拭う。


「いえいえ。一撃も食らうつもりは無かったのですが、最後に一撃貰ってしまいました……。さすがはユリウス様です!」

「傷をつけるつもりはなかったんだが、つい力が入りすぎてしまった。すまん」

「このくらいかすり傷です。ポポル村に行けば、ユニコーンがすぐに治してくれますからご安心を」


 軽い手合わせだったが、これでおおよその強さは把握できた。どうやら、俺の戦闘力はこの世界でも十分に通用するらしい。あとは、この世界でトップクラスに強いと評判の奴と手合わせして、相対的な基準を確かめる必要がある。

 身体の動かし方の確認は終わった。となれば、次は魔法だ。


「剣の感覚は掴めたから、次は魔法を試す!」

「――えっ!? ま、魔法ですか?」

「ん? 何か問題でもあるのか?」

「いえ、試すのは一向に構わないのですが……ユリウス様の『宇宙魔法』はあまりにも強力すぎます。どうか、極力弱めの魔法でお願いいたします……」


 ジズが冷や汗を流しながら懇願してくる。


(さて、何の魔法を使おう? 弱めの魔法だったか……なら、あれにするか)


 俺は右手を前方に突き出し、魔力を練り上げる。


「ベテルギウス」


 唱えた瞬間、手のひらの先で空間が歪んだ。膨れ上がった高密度の熱源が、周囲の酸素を根こそぎ喰らい尽くす。

 轟音とともに真っ赤な火球が少し離れた木々に着弾し、凄まじい衝撃波が鼓膜を突き破らんばかりに叩きつけてくる。視界が真っ赤な爆炎で塗り潰された瞬間、数百年の時を刻んだ巨木たちが、枯れ草のように呆気なく炭化していった。

 あっという間に辺り一面の木々を燃やし尽くし、猛烈な炎の壁が出来上がってしまった。


(まずい、森に引火した……!)


 反省している場合じゃない。まずはこの炎をどうにかしないと、大火事になってしまう。

 俺は慌てて右手を突き出し、炎を吸い込むための魔法を唱えた。


「ブラックホール」


 空間が歪み、漆黒の球体が現れる。ゲームの知識通りなら、これで全ての魔法効果を吸い込んで無力化できるはずだ。

 ……しかし、ブラックホールは空回りするだけで、燃え盛る炎は一向に消える気配がない。


(なっ、なんでだ!?)


 焦る頭で必死に思考を巡らせる。そして、ひとつの残酷な事実に思い至った。

 ブラックホールが無力化できるのは『魔法』だけだ。木に引火した時点で、これはただの火災に変わっている。だから、吸い込めないのだ。


(うわ、どうする!?)


 俺が本気で焦り始めたその時、ジズがフッと余裕の笑みを浮かべて前に出た。


「ユリウス様、鎮火は私にお任せください!」

「お、おお! 頼む!」


 ジズが槍を天に掲げ、呪文を唱える。


「ダウンバースト」


 天に掲げた槍が振り下ろされると同時、上空から猛烈な風の塊が降り注いだ。燃え盛る炎は吹き飛ぶ暇すら与えられず、上からの大重圧によって瞬時に掻き消された。


「お見事!」

「いえいえ、お安い御用でございます」


 俺は心からの称賛をジズに送った。

 無事に、とは言い難いが――戦闘感覚と魔法の確認は終わった。俺たちはゴブリン退治の報告をするため、いよいよポポル村へと歩みを進めた。

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