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美しく切ない花火  作者: オーストリッチマン
平定編

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第26話 キニチの視察

 革命成功から一夜が明けた。

 このラバダブ国のトップに立った俺には、早急に手を付けるべき課題がある。


 革命の大義名分——『種族差別と身分社会の撤廃』。

 口にするのは簡単だ。問題は、それをどう現実に落とし込むかだ。


 まずは、今日一日で、キニチの本当の姿を見届ける。

 午前、上空から都市全体を見渡し、噂に聞く貧民街へ足を運ぶ。

 午後は鉱山だ。旧体制が奴隷へと堕とした者たちが、過酷な強制労働を強いられている最悪の現場へ。

 分刻みの過密スケジュールだ。


「ククル、この街を案内してくれ。現状を見ておきたい」

「ちょうどよかったぜ。オレ様も、お前に貧民街を見せたいと思ってたところだ」


 そう言うと、ククルは親指で背後にあるバルコニーを指差した。

 連れ立って外へ出るなり、吹き抜ける強い風が俺の真紅のコートを激しく揺らす。


 ククルはニカッと豪快に笑うと、俺の身体を力強く抱え込み、空へと飛び立った。

 浮遊感と同時に、冷たい風が頬を叩く。高度が上がるごとに気温が落ちて、朝の空気が肌に直接刺さってくる。

 上空まで来ると、キニチの全景が眼下に広がった。

 視線を落とすと、数人の鳥人たちが荷物を背負って飛び交っているのが見える。


「あいつらは何をしている? 他国へ亡命する最中か?」

「アッハッハッハ、ちげぇよ。あいつらは運送屋だ」

「なるほどな。適材適所ってやつか」

「ああその通りだ。それより、貧民街の前に見せてぇもんがある」


 そう言うと、ククルは貧民街のある北東とは真反対の南西へ向かった。

 風を切って突き進むこと数分。小高い丘の上に、巨大な白亜の防壁がそびえ立っていた。外の世界を拒絶するように。

 壁の向こうには贅を尽くした豪邸が軒を連ね、色とりどりの花が狂ったように咲き乱れる庭園が広がっていた。


「あれは?」

「貴族街だ」


 短く言い切ったククルの横顔は、笑っていなかった。


「貴族街? 貧民街を見ていないから何とも言えんが、貴族どもは贅の限りを尽くす悠々自適な生活か。まさに、陽と陰だな」

「ハッ、オレ様に言わせりゃあ、陰と陰だ」


 上空から貴族街を見下ろしていると、慌ただしく馬車に荷物を詰め込んでいる連中の姿が目についた。


「なんだあいつら? 朝っぱらから夜逃げか?」

「たぶんな」


 特権を失い、平民と同等の立場に落とされることに耐えられないと踏んだ貴族たちが、財産を抱えて他国へ亡命しようとしているのだろう。

 俺たちは貴族街をあとにし、貧民街へ向かった。


 ◇


 キニチの北東、その外れに、それはあった。

 外界から彼らを完全に隔離するように、そびえ立つ巨大な『黒い壁』。

 先ほどの白亜の壁とは正反対の、光すら吸い込む漆黒。内側には今にも崩れ落ちそうなあばら家が身を寄せ合い、隙間なくひしめいている。


「これが貧民街か……」

「ああそうだ」


 上空の冷たい風に紛れて、壁の内側から何かが這い上がってくる。腐敗でも泥でもない。例えるなら、諦めそのものの臭いだ。

 同じ街の中に、これだけの落差がある。貴族街で夜逃げを急ぐ連中が見せた焦りの正体が、ここに来てようやく腑に落ちた。


「地上へ降ろしてくれ。直に見て回る」

「了解だ。しっかり掴まってろ」


 ククルの身体が大きく傾く。俺たちは黒い壁の内側へ、真っ逆さまに高度を落とした。

 土埃を上げて着地する。周囲のあばら家の隙間から、様子を窺う視線が無数に突き刺さった。

 旧体制下で迫害されていたゴブリンや爬虫人、没落した人間や獣人たち。種族もバラバラな群衆を眺めながら、俺は『異様な偏り』に気付く。


(……おかしい。働き盛りの若者や、まともな大人の姿が一人もいない)


 視界に入るのは、痩せこけた老人と幼い子供、満足な治療も受けていない負傷者ばかりだ。


「……老人と子供ばかりだが、働き盛りの連中はどこへ行った?」


 ククルが忌々しそうに懐から葉巻を取り出しながら吐き捨てるように言った。


「健常者は『鉱山』へ駆り出されている。しかも、ただの労働力目当てじゃねェ。不満を抱えた血気盛んな若者どもが一致団結して、反乱を起こさねェようにするためだ」


(反乱の火種を根こそぎ奪い、死ぬまで使い潰す。反吐が出るぜ)


 さっき上空で嗅いだ、あの『諦めの臭い』の正体はこれか。

 やがて群衆の中から、一人の人間の老婆がおぼつかない足取りで近づいてきた。


「ククル様……革命は、成功したんですよね?  これからここは、変わりますか?」

「ああ変わる。いや、変える」


 力強く頷いたククルは、葉巻に火をつけた。煙をひと吹かし、大音声で叫ぶ。


「お前ら、耳の穴かっぽじって聞けェェェ! 腐敗しきった王政は終わった。今日からは、種族も身分も関係ねェ。全ての者が平等だ! だが、いきなり今日から全ての者が仲良しこよしってわけにはいかねェ。数日待ってくれ、オレ様とこのユリウスで何とかする。こいつがこの国の新しいトップだからな。アーハッハッハ!」


(おいおい、カッコイイこと言ってたが、最後にスゲェ無茶ぶりしやがるじゃねぇか……)


 内心で溜め息をつきつつも、俺は期待と不安が入り混じる数多の視線を正面から受け止めた。


「今紹介にあずかったユリウスだ。俺がこの国のトップに立った以上、お前たちを虐げる連中はもういない。すぐにとは約束できないが、お前たちの生活は俺が必ず立て直す。だから、安心してくれ」


 その言葉を聞き、貧民街の者たちは張り詰めていた糸が切れたように安堵の表情を浮かべた。

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