第27話 鉱山の視察
昼過ぎ、俺たちが足を踏み入れたのは、首都の外れにある大規模な採掘場だ。
ここは、火炎石や雷光石といった――『魔道具の核』となる鉱石の産地。乾いた風に混じる、微かな鉄錆と硫煙の匂いが漂う。
「なんだ、テメェらは? ここは、関係者以外立ち入り禁止だ。今すぐ出ていけ」
鉱山の入り口に立つ門番が、鼻を鳴らして喧嘩腰で怒鳴ってきた。
どうやら、先日の革命の事は、まだこの鉱山には届いていないようだ。俺は背後で腕を組み、静かに様子を窺う。
ククルが獰猛な笑みを浮かべ、吐き捨てるように言った。
「予想通り、ここには報せは届いていねェよぅだな」
「……報せ?」
「いいかテメェら、よく聞け。アハウは死んだ。つまり、トゥランは滅亡したってことだ」
明らかな嘘だと思ったのか、門番は下卑た嘲笑を浮かべる。
「ギャッハッハ。何を言ってんだ、テメェは。この国が滅びただァ? 馬鹿も休み休み言え」
「下っ端のお前では話にならん。責任者を呼んで来い。ククルカンが呼んでいるとな」
ククルは冷たく言い放つと異空間収納からギルドカードを取り出し、門番の眼前に突きつけた。
刹那、門番の顔から一気に血の気が引いた。乾いた唇が震え、ガチガチと歯が鳴る。
「……っ、く、ククルカン……!?」
腰を抜かしそうになりながら、門番は狂ったように叫ぶ。
「……ちょ、ちょっと待ってろ」
引きつった声で近くにいた仲間に「カキシュ様を急いで呼んで来い」と伝える。これを聞いた男は、転げるような足取りで鉱山の敷地内へと走り出していった。
数分後、鉱山の奥から地面を揺らすほどの重い足音が響いてきた。
土埃の向こうから現れたのは――極悪刑務官のような相貌をした、筋骨隆々の大男。右手に握られた大ハンマーの先端が、ゴッ、と地面を叩く。鈍い音が、静まり返った鉱山に重く反響した。
「オレンジ髪にその覇気……どうやら本物のようだな。で、そのトゥラン最強の冒険者ともあろう者が、こんなところに何の用だ?」
ククルが葉巻の煙を薄く吐き出し、冷淡に言い放つ。
「そのトゥランは滅亡した」
「――滅亡した……だと?」
「ああ、そうだ。種族差別や身分差別を無くすため、オレ様たちが王城を落とした。もう分かるだろ?」
「……奴隷どもの解放が目的か? だが、まずはその大層なホラが本当かどうか確かめさせてもらう。少し待て」
カキシュは忌々しそうに吐き捨てると、懐から魔法通信機を取り出し、どこかへ連絡した。
「……誰も出ん」
「だろうな。王族共は一人残らず、ぶっ殺したからな」
ククルのあまりにも平然とした言葉に、カキシュの頬の肉がピクリと跳ねた。魔法通信機を握りつぶさんばかりの力で掴みながら、彼は俺たちを睨みつける。
「……その話が本当だとしたら、次の王は……ククルカン、お前か?」
「いや、オレ様じゃねェ。新国家のトップはこの男、ユリウスだ」
「ククルカンじゃねェのか? ブワッハッハッハ! ということは、俺様がそいつをぶち殺せば、次の王様ってことでいいよな?」
「ああ、構わねェぜ」
(いや、俺は一言も了承してないんだが。……まぁいい、ここでこいつを圧倒して見せた方が、周囲の奴隷どもを従えるにも話が早そうだ)
内心の呆れを微塵も表に出さず、俺は異空間収納から愛剣デュランダルを静かに引き抜き、切っ先を下げて悠然と構えた。
「相手をしてやる。いつでもかかって来い」
「上等ォッ!」
咆哮と共に、カキシュが己の背丈ほどもある鋼鉄の大ハンマーを頭上高く振りかざす。
空気を圧殺するような轟音が響き、頭蓋を粉砕せんばかりの絶大な質量が俺へと振り下ろされた。
ガギィィィンッ!!
激しい火花が散る。だが、俺はハンマーを正面から受け止めず、半身をズラしながらデュランダルの刃を滑らせて、その凶悪な軌道をいとも容易く地面へと受け流した。
ズドォォンッ! と固い土がえぐれ、周囲に猛烈な土埃が舞い上がる。
(見た目通りのパワー系だが、あのテュポーンの理不尽な豪腕に比べればそよ風みたいなものだな。とは言え、S級冒険者クラスの力はありそうだ)
俺は一切の油断を捨て、冷徹に眼前の獲物へと意識を研ぎ澄ませた。
「悪いが、お前に時間をかけるつもりはない。もう終わらせるぞ」
「――それはこっちのセリフだァッ!」
激昂したカキシュが再び大ハンマーを振り上げ、咆哮と共に地を蹴って突進してくる。
だが、遅い。
俺はハンマーが振り下ろされるより早く、一瞬でカキシュの懐へと踏み込み、その丸太のような左腕をガッチリと掴み取った。
「なっ――」
驚愕に目を見開くカキシュ。
その瞬間、俺は宇宙魔法『ゼログラビティ』を発動する。手で触れた対象の重力を完全に「ゼロ」にする魔法だ。
筋骨隆々の巨漢から一切の質量が消え失せ、俺の左腕の中ではまるで羽毛のように軽くなる。
「なんだ、身体が浮いて……ッ!?」
「言ったろ。終わらせるってな」
俺は空中に浮き上がったカキシュの腕を握ったまま、思い切り大地へと引きずり下ろした。魔法の効果を解除し、元の絶大な質量へ戻った巨体を、そのまま地面へとフルスイングで叩きつける。
「ガハッ……!?」
肺から空気が押し出される無様な絶叫。しかし、俺の攻撃は終わらない。
再び『ゼログラビティ』で無重力化して軽々と持ち上げ、今度は反対側の地面へと叩きつける。右へ、左へ。反撃の隙など1ミリも与えない。
ズドォォンッ! ドゴォォンッ! ドシャァァッ!
周囲の門番や奴隷たちが言葉を失い、恐怖に静まり返る。
かつて彼らを恐怖で支配していたS級クラスの男が、ただのボロ雑巾のように幾度も大地へ叩きつけられ、無数のクレーターを穿っていく。
冷徹な作業のようにそれを繰り返していると、やがて全身血まみれになったカキシュが白目を剥きかけながら、微弱な声を絞り出した。
「こ、降参、だ……俺の、負けだ……ッ」
俺はその言葉を聞くと、攻撃を止めた。
――と同時に、ククルが高笑いしながら叫ぶ。
「アッハッハッハ。オレ様より弱ェと思って勝負を挑んだんだろうが、この男はオレ様より強ェぞ。残念だったな」
ククルの煽りを背で聞き流し、俺は足元に転がる巨漢を冷徹に見下ろした。
「カキシュと言ったか? 俺たちを坑道に案内しろ」
「は、はい……」
カキシュに案内させた坑道の奥は、まさに地獄だった。
肌を焼くような熱気と、肺を侵す濃い粉塵。時折、むき出しの岩肌で雷光石が微弱な光を散らしている。
その過酷な環境の中、虚ろな目をしてツルハシを振るっていたのは、足枷を嵌められた数百人の奴隷たちだった。
「手を止め、聞いてくれ。トゥランは俺たちの革命により滅んだ。よって――今日から、お前たちは自由だ。足枷を外し、好きに生きていい」
俺の宣言が響き渡る。だが、奴隷たちは歓喜するどころか、戸惑いと不安に満ちた目を向けてきた。無理もない。長年ここで家畜として扱われてきた彼らには、外の世界で生きる術も、帰る場所もないのだ。
(……だよな。いきなり外に放り出されても野垂れ死ぬかもしれんからな)
俺は一歩前に出ると、薄暗い坑道の奥まで届くよう、声を張り上げた。
「だが、外で生きるアテがない者もいるだろう。そのような者は、このままこの鉱山に残って働いてくれて構わない。ただし奴隷としてじゃなく、『労働者』としてだ。当然、まともなメシと給与は支払う」
「きゅ、給与を……俺たちに……?」
「ああそうだ。もうお前たちは奴隷じゃないからな。働いた分だけ対価を貰うのは当然のことだ。腕っぷしに自信がある奴は、軍への雇用も約束しよう」
俺にとってはごく当たり前の提案だった。
だが、長年ここで家畜として扱われてきた彼らには、言葉だけではまだ信じ切れない部分もあるだろう。
「カキシュ。部下に命令し、足枷を外させろ」
「……わかりました」
俺の静かな命令に、カキシュは顔を引きつらせながら慌てて動き出す。
ガシャン、カランッ……。
薄暗い坑道に、重たい鉄が岩肌に落ちる音が次々と響き渡る。長年彼らの自由を奪っていた呪縛が、物理的に解き放たれていく。
その瞬間だった。ただの絶望の底だった坑道内に、確かな『熱』が生まれたのは。
足枷を外され、自由になった自分の足元を、震える手で擦る奴隷たち。死んだ魚のようだったその瞳に、人としての意思と、明日を生きるための力強い光が次々と宿っていくのがわかった。
俺はそれを見届け、もう一度、今度は全員に向けて声を張り上げる。
「明日、キニチで新国家誕生の式典をやる。だから、今から全員でそこへ向かう。カキシュ、お前たちもだ」
「……は、はいっ!」
かつての支配者であるカキシュが平伏する姿を見て、数百人の元奴隷たちの目に、いよいよ俺に対する絶対的な信頼と熱狂の色が濃く滲み始めた。




