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美しく切ない花火  作者: オーストリッチマン
革命編

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第24話 想定外の事態

 それぞれの持ち場に散り、陣形を固めてから四時間が経過した。


 だが――森は不気味なほど静まり返り、いまだに敵の気配は無い。放った斥候(せっこう)からの報告もなければ、別の方面を守るルティ、レヴィ、フンたちからも「敵が来た」という連絡もない。


 王城の異変を察知し、早ければ四時間ほどで主要都市からキニチに救援部隊が駆け付けると踏んでいた。


(部隊の編成に手間取っているのか? それとも、首都を見捨てて様子見を決め込んでいるのか?)


 どんな裏事情があろうと、俺たちがやるべきことはたった一つ。

 敵がキニチへ救援に来たら、一切の容赦なく迎撃するだけだ。


 ……それにしても、拍子抜けするほど暇だな。

 いや、血が流れないのは良いことだ。このまま誰も来ず、誰一人傷つくことなく夜が明けてくれるなら、それに越したことはない。


 少しだけ張り詰めていた肩の力を抜き、柄にもない平和な願望を抱いた――その矢先だった。


 漆黒の静寂を切り裂くように、懐の魔法通信機(マジックフォン)が狂ったように鳴り響いた。


「どうした?」

『ようやく、敵さんのお出ましだ。そっちは?』

「こっちは相変わらず閑古鳥が鳴いている。予想通り、ティカルは防衛を捨ててまで救援に来ないかもな」


 通話の主は、東方面を守るレヴィだった。

 程なくして、北方面を守るフンからも「シバルバーの軍勢が来た」と、切迫した交戦開始の連絡が入った。


 残るはルティが守る南方面だが、タモアンチャンからキニチまではそこそこの距離がある。

 この世界に転移魔法は存在しない。大軍を率いるなら、自分の足で地道に進軍してくるしかない。

 どんなに急いでも、到着まで一日以上はかかるはずだ。


 ◇


 一時間後、再び魔法通信機(マジックフォン)がけたたましく鳴り響いた。


『フ、フン隊の副長、フンバツです。ユ、ユリウスさん、だ、大至急応援を』


 通話に出た途端、物凄く慌てた様子のフンバツが悲痛な声で助けを求めてきた。その後ろからは、怒号や悲鳴、鋼が打ち鳴らされる絶望的な戦場の喧騒が聞こえてくる。


「――落ち着け。何があった?」

『た、隊長が……隊長がァ、敵に討たれましたァ……ッ』

「――はぁ?」


 俺は思わず、間の抜けた低い声を漏らした。


「……討たれた!? わかった。俺が大至急向かうから、それまで何としても持ちこたえろ」

『は、はいッ』


 通話を切る。

 フンの実力は、冒険者ランクで言えばS級寄りのA級だ。革命軍の幹部連中に比べれば見劣りするが、決して弱い部類ではない。なのに、討たれた……?


 考えられる要因は……『カメー』か。

 ククルからの事前情報によると、カメーは首都キニチより北にある港町シバルバーの守護を任されている、王私領トゥランの最高戦力――四方衛(フォース・バカブ)の一人。


 四方から迫る脅威はどれも等しく、どこも激戦区になることは分かっていた。だからこそ、俺たちやレヴィの精鋭部隊に比べて個々の戦闘力が劣るフンの隊に、一番多い五百という兵数を割り当てた。


 しかし、北からの報告は最悪の凶報だった。

 だからといって、全員で北へ向かうわけにもいかない。西が空く。もしその隙にティカル軍が動けば、キニチへの道は筒抜けだ。


「お前ら。この場は絶対に死守しろ。万が一敵が来ても、俺が戻るまで一歩も通すな」


 俺はレヴィの部下である百人の精鋭たちにそう言い放つと、地面を強く蹴り飛ばした。

 西の防衛を彼らに託し、俺は単身、絶望の淵にある北の激戦区へと駆け出した――!


 地面を蹴り飛ばして走り出しながら、俺は最悪の事態を想定して頭をフル回転させる。

 フンが討たれても、もう一人の大将であるヴクブが持ちこたえてくれていれば……。そこまで至って、俺は最悪の事実に気がついた。


(――待てよ。ヴクブは無事なのか!?)


 フンが討たれたという最悪の知らせに動揺し、双子の弟であるヴクブの安否が、俺の頭から完全に抜け落ちていた。


 頼む、どうか無事でいてくれ。

 一秒でも早く北門へ到達するため、俺は自身を爆発的に超加速させる宇宙魔法ミーティアを発動した。

 景色が後方へと弾け飛び、常人なら追いつけないほどの速度で戦場を駆け抜ける。

 本来なら時間を要する距離をものの数分で踏破し、俺は北の戦地へと到着――超加速の勢いを殺すと同時に、すぐさま戦況の把握に努める。


 到着と同時に目に飛び込んできたのは、凄惨な地獄絵図だった。

 至る所で刃がぶつかり合う金属音が鳴り響き、濛々(もうもう)と立ち込める土煙の中で、幾度となく飛び交う魔法の閃光が視界を激しく焼き付けている。防衛の陣形は完全に崩壊し、敵味方が入り乱れる泥沼の乱戦状態に陥っていた。


 戦場をざっと見渡しただけで、こちらの絶望的な消耗具合は明らかだった。

 五百名いた防衛の壁は無惨に削り取られている。フンの隊はすでに半数、ヴクブの隊も三割近くの兵が地面に転がり……生き残っているのは、合わせても三百五十名以下だろう。

 それに対し、押し寄せる敵――カメーが率いる鎮圧部隊は、目視できるだけでもまだ七百名近く残っている。


 どうやら、こちらが想定していたよりも遥かに多い軍勢で救援に駆けつけたらしい。

 この圧倒的な『数の暴力』の前に後手に回り、フンは対応が遅れて討たれたのか。

 ……いや、もしくは敵将カメー自身の『個の力』が、俺たちの想定を上回る実力者だったという可能性もある。


 とにかく、このままでは数で押し潰されるだけだ。

 この戦況を根底から覆すには、敵の軍長であるカメーの首を早急に刎ねるしかない。

 だが、反撃の陣頭指揮を執るためにも、まずはヴクブの生存確認が最優先だ。


 俺は血生臭い風を切り裂いて最前線へ飛び込むと、近くで必死に剣を振るっているパシルの隊員を捕まえた。


「おい、ヴクブは無事なのか?」

「わ、分かりません……。ですが、副長のフンバツさんなら知っているかも……」

「どこにいる?」

「たぶん、隊の中央で……っ!」

「――わかった」


 俺は隊員から手を離すなり、土煙の中を真っ直ぐに駆け出した。

 真紅のコートを翻し、立ち塞がる敵兵を愛剣『デュランダル』で容赦なく斬り捨てながら、味方部隊の中央へと突き進む。


 そこには、複数の敵兵に囲まれ、今にも押し潰されそうになっているフンバツの姿があった。

 これを見た俺は、すかさず横合いから乱入し、フンバツに刃を振り下ろそうとしていた敵兵たちを瞬きの間に斬り伏せる。


「あっ! ユリウスさん……来てくれたんですね」

「遅くなってすまねぇ。それより、ヴクブはどうした?」


 安堵で膝を折るフンバツを庇いながら、俺は急き立てるように問い詰める。しかし、フンバツの口から出たのは、俺の僅かな希望を粉々に打ち砕く言葉だった。


「……先ほど、カメーに討たれたと……報告が……」

「――ハァ? ……討たれた?」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り、視界がぐらりと揺れた。

 兄のフンだけでなく、弟のヴクブまでもが討たれるなんて……。


 俺は血の味がするほど奥歯を強く噛み締めた。

 つい先日、パシルの拠点に帰還した際、「おかえりなさい」と温かく出迎えてくれたイシュピヤコックの顔が脳裏をよぎる。

 これじゃあ、パシルで吉報を待っているイシュピヤコックやイシュムカネに、一体どんな顔をして報告すればいい。


「ぎゃあぁぁぁっ!!」


 思考を遮るように、すぐそばで味方の肉が斬り裂かれる鈍い音と、耳を(つんざ)く断末魔が響き渡った。


 悲しみに呑まれている暇はない。今この瞬間も、命がゴミのように散っている。

 俺が単身で敵将カメーの首を獲りに行けば、残されたこの場の隊はたちまち数の暴力にすり潰される。かと言って、俺がここに留まっていると、別の場所で孤立しているヴクブ隊の残党が完全に狩り尽くされてしまう。


 どちらを選んでも、仲間が死ぬ。

 愛剣デュランダルの柄を握る掌に、じっとりと冷たく嫌な汗が滲み出していた。


 被害を最小限に抑えるための『最適解』。

 それは――敵と乱戦状態になっている味方ごと、規格外の宇宙魔法でこの一帯を跡形もなく消し飛ばすことだ。


 ――いや、ダメだ。そんな外道な真似ができるか。

 イシュピヤコックたちの大切な家族や仲間を、俺自身の手で皆殺しにするなんて……。


 俺がこうして迷っている数秒の間にも、味方の悲痛な叫びが上がり、命が次々と散っていく。


(……クソッ。俺が泥を被るしかない。心を鬼にして、味方もろとも吹き飛ばす……)


 そう悲壮な決心を固め、掌に規格外の宇宙魔法の魔力を練り上げようとした――その瞬間だった。


 空気を叩くような巨大な羽音が、上空から聞こえた。

 頭上を見上げると、ベヒィの配下が空から戦場を見渡しているのが見えた。


「ここだ、パズズ!」


 こちらに気付いた彼は、俺の声に応えるように巨大な翼を広げて急降下し、周囲の敵兵を突風で吹き飛ばしながら着地した。


「ユリウスさんも、ヴクブ隊の援軍に来ていたんですね」


 棍棒を無造作に振るい、迫り来る敵兵を次々と血祭りに上げながら、パズズは淡々と言った。


「それはこっちのセリフだ。レヴィ隊は交戦中だろ?」

「ご心配なく。姐さんにも緊急の報告が入ったようで——フンが討たれたと」

「……あの野郎。自分も防衛戦の真っ只中だってのに、即座にお前を回したのか」


 東の激戦を凌ぎながら、迷わず手駒を北へ向かわす。そのレヴィの度胸に、俺は思わず口角を上げた。

 次の瞬間、足元が跳ね上がった。

 ヴクブ隊のいる方角から、地面ごと揺さぶるような地鳴りが来る。

 直後、生き残っていた味方たちから「ウォォォォッ!!」という割れんばかりの歓声が沸き上がった。


「何だ!? 今の地響きと、この歓声は……!」

「たぶん、兄貴が敵将を討ち取ったと思われます」

「――なっ、ベヒィも来ているのか!!」

「はい。姐さんの指示で、自分と一緒に」


 パズズの焦点の定まらない瞳が、俺を見てわずかに細められた。

 ベヒィとパズズの参戦。さらに、絶望の象徴だった敵将カメーが討たれたとなれば……戦局は完全に覆った。

 

 ここから先は――俺たち反撃だ!


「フン隊の立て直しは俺がやる。パズズはベヒィの援護に向かってくれ」

「あっちは兄貴一人で片付くそうなんで。自分はこのまま残党狩りに加わります」

「じゃあ、頼む」


 大将カメーの死が戦場に伝播すると、統率を失った敵軍は瞬く間に烏合の衆へと成り下がった。

 そこから先は、戦いという言葉すら生温い一方的な蹂躙だった。俺の宇宙魔法と、パズズの容赦ない風魔法が戦場を支配し、僅か十数分で敵兵を半数以下まで削り取る。圧倒的な暴力を見せつけられた残党は完全に士気をへし折られ、次々と武器を投げ捨てて降伏した。


「恩に着る。正直、ベヒィたちが来てくれなかったらどうなってたか分からなかった……助かったぜ」


 捕虜の縛り上げを部下に任せ、土煙の向こうから悠然と歩いてきたベヒィの元へ駆け寄る。そのサモ・ハン・キンポーのような愛嬌ある巨体からは、圧倒的な強者を屠ったばかりの凶悪な血の匂いと熱気が立ち昇っていた。


「へっ! 俺様が参加する戦いに、負けは許されねぇからな。気にすんなっ! ガッハッハッハ!」

「ここはもう片付いた。すぐにレヴィのとこへ戻ってくれ。あっちも激戦なんだろ?」

「その必要はねぇ、もう終わってるだろうからな?」

「――終わってる? ククルの情報が正しければ、『チャク』とかいう奴が来るはずだぞ?」

「確かにチャクとかいう奴が陣頭に立ってたが、あんなザコはレヴィの敵じゃねぇ。心配すんなっ!」


 四方衛(フォース・バカブ)の一人であるチャク。

 フンとヴクブを容易く屠ったあのカメーと同格の実力者を相手に、ベヒィは微塵の躊躇(ためらい)もなく『敵じゃない』と断言した。

 確かにレヴィの放つ覇気(オーラ)は桁外れだが……四方衛(フォース・バカブ)を赤子扱いするほどの、絶対的な実力差があるというのか?


 ……まぁいい。俺より長くあいつの背中を見てきた旧友が、これほど不敵に笑っているんだ。今はその言葉を信じるとしよう。


 東のレヴィへの援軍は不要と決まれば、次に動くべきは俺の持ち場(西)とルティの持ち場(南)のフォローだ。

 これ以上の北への増援は考えにくいが、万が一の奇襲に備え、パズズをこの場の指揮官として待機させる。そして規格外の戦力であるベヒィには、俺が手薄にしている『西方面』の留守番を頼み、俺自身は未だ交戦の知らせがないルティの『南方面』へと足を向けた。


――――


■ 北方面

担当: フン & ヴクブ(戦死)

状況: ベヒィ & パズズが鎮圧。現在はパズズが待機。


■ 西方面

担当: ユリウス(守備隊100名)

状況: ユリウスが南へ移動。指揮権をベヒィへ承継。


■ 東方面

担当: レヴィ & ラハブ(精鋭200名)

状況: 敵将チャクを撃破?し、制圧完了?


■ 南方面

担当: ルティ(100名)

状況: タモアンチャン王国の援軍を警戒し、待機中。

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