第22話 テュポーン(2)
「ここが訓練場だ」
案内された訓練場は王城に隣接しており、その広さはサッカーコート二面分はあろうかという、想像以上の広大さだった。
「では、始めるぞ」
俺がネメアーの言葉に返事をしようとした瞬間、ルティが割って入る。
「ユリウス様ぁ。ここはオイに戦わしてください!」
「ルティ、落ち着きなさい。これがどういう戦いか、分かっているのですか?」
「んなことは言われんでも分かっとぉってっ!」
「ジズゥ、まぁいいじゃねぇか。ルティなら問題ないだろうし」
「ユリウス様がそうおっしゃるなら……」
ルティが目をキラキラさせて懇願してきたので、ここは奴に任せることにした。
「大船に乗ったつもりで見とってください!」
そう言うと、ルティは意気揚々と訓練場の中央へと歩いて行く。
だが、その背中を見送るネメアーは露骨に顔をしかめ、忌々しそうに鼻を鳴らした。
「……ハッ。俺はアンタと殺り合いたかったんだがな、大将? 名も知らねぇ部下が出てくるとは、随分と舐められたもんだ」
ネメアーは鋭い牙を覗かせて俺を睨みつけると、特大の舌打ちを一つ落とし、だるそうに首を鳴らしながらルティの後を追って、いやいや中央へと歩き出した。
中央で対峙するなり、ルティは異空間収納から剣を抜き放つ。これに対し、ネメアーは面倒くさそうに武器を持たず、素手で構えをとった。
「見たところ武闘家のようですが、まさか素手で剣を受け止めるつもりですか?」
「ムハハハ、奴は体を自在に硬化できるスキル持ちだ。だから、心配無用。まぁ、見ておれ」
ジズゥとテュポーンがそんなやり取りをしている間にも、訓練場の中央ではピリピリとした殺気が膨れ上がっていた。
ルティがジリリと間合いを詰め、一気に地を蹴ろうと腰を落とす。
——その、瞬間。
「親父。俺っちにもぜひ、手合わせの機会を頂きたい」
よく通る真っすぐな声と共に、背後から一人のイヌ型の獣人が、姿勢良くテュポーンの元へ駆け寄ってきた。
「……親父? もしかして、テュポーン王の息子さんですか?」
俺が尋ねると、テュポーンは種族の違うイヌ型の獣人を愛深げに見つめて頷いた。
「ああ、養子だがな。で、オル、何をしに来た?」
「もちろん、俺っちも客人たちと戦うために来ました」
「ムハハハ。馬鹿者、お前にはまだ早すぎる。帰れ」
「いいえ、帰れません。俺っちは第二軍の副将です。他国の強者たちと直接剣を交え、己の未熟さを知ることもまた、国を背負う者の務めのはずです」
「だから、お前ではまだ実力が足りんと言っておるのだ」
「百聞は一見に如かずと言います。どうか、ネメアー様のあとに俺っちも戦わせてください。お願いします」
その必死な直訴の様子を見るに、どうやら『オル』と呼ばれるテュポーンの養子は、ひどく実直で真っすぐな性格らしい。澄んだ瞳で、テュポーンに向かって深々と頭を下げている。
そんな息子を溺愛しているのか、テュポーンは「やれやれ」と呆れつつも、どこか嬉しそうにオルの願いを承諾した。
「こいつはオルトロス。我が第二軍の副将を務めている。ユリウス、すまんが手合わせしてやってくれないか?」
「わかりました」
こうして、俺はルティの試合のあとに、このオルトロスと戦うことになった。
オルトロスの一悶着が片付いたところで、テュポーンが訓練場の中央に向かって野太い声を張り上げる。
「待たせたな。それでは、始めェイ」
その号令と共に、両者が激突した。
序盤こそ、ネメアーの無骨な拳と『硬化スキル』の前にルティの剣が弾かれ、一進一退の膠着状態が続いていた。
……さすがのルティでも八凶牙相手には苦戦するのか。そう思った矢先だった。
「オラァッ!!」
ルティの剣が、爆発的な『炎』を纏った。
そこから一気に攻勢に転じ、灼熱の連撃でネメアーを圧倒し始める。自慢の硬化スキルごと焼き尽くされそうになったネメアーは、完全に防戦一方となり、決着は誰の目にも時間の問題だと思われた――その時だ。
「そこまでェェェ!!」
勝負ありと見たテュポーンが、訓練場をビリビリと震わせるほどの大声で制止を入れた。
この声を聞いた二人は武器と拳を収め、こちらに戻ってくる。ネメアーが肩で息をしているのに対し、ルティはまだ余裕の表情だ。
「さすがだな、ルティ。よくやった」
「オイに任せて正解やったでしょ! ……って、ユリウス様も戦うとですか?」
「ああ、流れでそうなった。あとは、ゆっくり休んどけ」
「了解っス」
俺はすれ違いざまにルティの肩を叩いて賛辞を贈り、目を輝かせるオルトロスと共に訓練場の中央へと歩み出た。
「さぁ、始めましょう」
中央に着くと同時にオルトロスが槍を構え、開戦の口上を発す。
これが合図となり、俺たちの戦闘が開始された――。
オルトロスが一気に間合いを詰め、一突き、二突き、三突きと連続で突いてくる。
真っすぐで良い突きだが、うちのジズゥほどの鋭い槍捌きはなく、俺は難なく全ての攻撃を避けた。
これに驚いたのか、オルトロスはバックステップを踏み、距離を取る。
「すげぇ! 俺っちの全力の突きを全部躱しちまうとは!」
「素直でいい突きだが、少し単調かな」
「さすがはあんな猛者を束ねる大将だ! なら、ここからは本気で行きますよ! ――【属性転換】」
オルトロスが叫ぶと同時に、奴の足元の地面が瞬時に凍りつき、俺へ向かう一直線の『氷の道』が出来上がった。
さらに次の瞬間、構えた槍の石突き(後ろ側)から、轟音と共に爆発的な炎が噴き出す!
(氷と、炎……!? 魔法は『一人一属性』しか使えないはず。それを可能にしているのが属性転換というスキルか)
内心で驚愕する俺をよそに、奴は氷の魔法で地面の摩擦をゼロにし、炎の魔法を推進力にして、ロケットのような超常の速度で迫り来る。
「いくぞォォォ!」
威勢のいい掛け声とともに、炎を噴射したオルトロスが弾丸のような速度で突進してくる。
先ほどとは比較にならない、まさに神速の一撃。
まともに躱せる速度ではないし、剣で受け流すには推進力が強すぎる。ならば――。
「ブラックホール」
俺は、いかなる魔法も吸い込み無力化する宇宙魔法を繰り出す。
漆黒の球体が、オルトロスの足元の氷と、後方に噴き出していた炎を飲み込み、消し去る。
「ちょっ、なに!?」
摩擦ゼロの氷と炎の推進力を同時に失ったオルトロスは、急激なブレーキがかかったようにつんのめり、俺の目の前でズザーッと派手に転んだ。
「いってぇ……。お、俺っちの魔法が、一瞬で消えた!?」
「今のは、宇宙魔法か?」
転がったオルトロスを飛び越え、見守っていたテュポーンが目を細めながらこちらへ歩み寄ってきた。
「はい。宇宙魔法をご存じで?」
「ああ。かつてそういった魔法が存在していたと、聞いたことがある。……まさか、この世にロストマジックの使い手が存在していたとはな。ブラックホール、凄いものだ。二属性を同時に操るオルすら、文字通り赤子扱いとは」
テュポーンは感心したように息を吐く。
次の瞬間——空気が、変わった。
圧が皮膚に貼りつくような感覚。一歩、また一歩。蛇の下半身を静かに滑らせながら、テュポーンが俺の正面に立つ。
「――オル、ここからは我がやる。下がっていろ」
オルトロスは「まだ負けてない」と駄々をこねまくって俺との戦闘を続行したかったようだが、テュポーンの絶対的な命令には逆らえず、渋々下がっていった。
「うぬらの実力を計るつもりだったが、まさかネメアーとオルが手も足も出ずあしらわれるとはな。このままでは我らピュトン国のメンツにかかわる。よって、我とも少し手合わせを頼む」
そう言うと、テュポーンは異空間収納から巨大な大斧を取り出す。
その正体に気付いた俺は、視線を鋭くしてテュポーンに尋ねた。
「テュポーン王。その大斧ですが……刃がついていませんね?」
「ああ、これか。真剣だと、うっかり殺してしまうかもしれんだろ? だから、手合わせの時はこいつを使うようにしておるのだ」
手合わせだから訓練用の武器を使用するのは分かるが、明らかにナメられているな。本気を出し、その余裕な顔に吠え面をかかせてやるか。
「では、参るぞ」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間――。
テュポーンは巨体に似合わぬスピードで俺との距離を詰め、大斧による横薙ぎの一撃を繰り出してきた。
咄嗟に防御した剣の刀身越しに伝わってきたのは、山が崩落してきたかのような暴力的な質量だった。
「……っ!?」
受け流しすら許されない。俺の体は木の葉のように十メートル近く後方へ弾き飛ばされ、ブーツで地面を深く削りながらなんとか停止した。衝撃で両腕の感覚が完全に麻痺している。
超重量級の図体だから攻撃が重いのは分かる。だが、あの異常なスピードは何だ……。
あれほどの巨体が軽量級並みの速さで動くなんて、反則だろ?
お互いの距離が射程圏内に入るなり、激しい斬撃の攻防戦が開始される。
初めこそ互角に渡り合っていたが、圧倒的な腕力を誇るテュポーンの連撃に、俺は徐々に劣勢に追い込まれていく。
……何が『吠え面をかかせてやる』だ。かかされているのは完全に俺の方じゃないか。
悔しいが、純粋な武力勝負では勝てそうにない。ならば、一矢報いるためにアレを使うか。
思考の完了と同時に、俺は自身を超加速させる宇宙魔法『ミーティア』を発動――。
「流星一閃」
世界の呼吸が止まったかと思うほどの超速度に、さすがのテュポーンも反応が遅れ、その巨大な懐への侵入を許した。
俺はその勢いのまま、デュランダルで彼の左わき腹を浅く切り裂き、そのまま背後へと鮮やかに駆け抜ける。
「ムハハハハ! 見事だ。うぬらの強さは十分に分かった。ここまでにしよう」
「分かりました。その傷は、俺の仲間に治させますので」
「心配無用! この程度の傷なら自力で止血できる。フンッ!」
そう言うとテュポーンは腹部にグッと力を入れ、盛り上がった筋肉だけで傷口を塞いでしまった。
武力だけなら負け。魔法込みで、五分。
それが、テュポーンと手を合わせた正直な結論だ。
ゲーム内の強さを持っていることが分かった時、俺は密かに『最強』を確信していた。だが、甘かった。
テュポーンはまだ、本気を見せていないだろう。
もし同格の実力者がまだまだいるなら、俺たちの目指す『世界統一』は力押しだけでは限りなく遠い。
「一つ伺っていいですか?」
「なんだ?」
「テュポーン王より強い人、もしくは同等の力を持っている人はいますか?」
「我より強い奴か……。ふん、そんな奴に出会ったことが無いからな。まぁ、つまり、我がこの世界で最強ということか。ムハハハハハッ!」
その言葉に、俺は内心でホッと胸を撫で下ろした。
(少し安心したぜ。こんなバケモノじみた力を持った奴がゴロゴロいるようなら、世界統一なんて夢のまた夢になるからな)
そう結論づけ、同盟の握手を交わそうとした――その時だった。
「あんたぁぁぁ! いつまで油売ってんのぉ!」
突如、テュポーンと同じく上半身が人間、下半身が蛇の女が怒声を上げながらこちらへ向かってきた。
「なっ……あ、油など売っておらん。こやつらが同盟に値するか、王として実力を見極める立派な公務だ。……ま、もう終わったがな」
「終わったのなら、さっさと戻りな! 仕事が山積みなんだよ!」
「わ、わかったから。そう急かすな」
……おいおい。
さっきまで『我が最強』と高笑いして自負していたテュポーンが、あからさまに動揺してタジタジになっている。一体、何者だこの女は。
「あのぉ……こちらの女性は?」
「あ、ああ、すまん。我の妻のエキドナだ」
「ごめんねぇ、お客さん。ウチの宿六は仕事があるから、このへんでもらっていくね!」
「は、はい……」
エキドナの有無を言わさぬ迫力に、俺は思わず引き攣った愛想笑いを浮かべるしかなかった。
最強を自負する炎帝テュポーンも『かかあ天下』には敵わないってわけか。
「と、いうわけだユリウス。うぬらの実力、想像以上だった。喜んで同盟を結ぼう」
「あ、ありがとうございます」
「また連絡してくれ。……おいエキドナ、引っ張るなっ」
「ええ、承知しました。吉報をお待ちください」
妻に尻尾を掴まれて引きずられそうになっているテュポーンの姿に、俺は少しだけ親近感を覚えながら固い握手を交わした。
こうして俺たちは、ピュトン国と同盟を結ぶことに無事成功したのだった。
これにより、隣国のアエネーイス王国とオリュンポス帝国からの憂いが限りなくゼロになった。即ち、俺たちがこれから起こす『革命』の成功率が、格段に跳ね上がったことを意味する。
「さぁ、トゥランに帰るぞ!」
見事な成果を挙げた俺たちは、拠点であるパシルへの帰路に就いた。




