第21話 テュポーン(1)
ククルたちと別行動をとって、一週間が経つ。
今、俺たちがどこにいるかというと……はるか遠方、『オリュンポス帝国』の領内だ。
ここへ来た理由は、ククルから託された『仕事』を遂行するため。
帝国の一都市を武力で占拠し、独立国家を名乗る反逆の地――『ピュトン国』の王テュポーンと同盟を結ぶことにある。
俺たちの拠点となる王私領トゥランの隣国『アエネーイス王国』は、オリュンポス帝国の従属国だ。
革命を起こして首都キニチを落とした直後、親玉である帝国と二ヶ国共闘で攻め込まれれば、いくら俺たちでも防衛線を維持するのは困難になる。
だからこそ、帝国の足元で暴れているテュポーンと手を組み、厄介な超大国に背後から楔を打ち込むというわけだ。
だが、同盟の理由は戦略面だけではない。
ククルの話では、テュポーンも俺たちと同じ『差別のない世界』を望む同志らしい。
彼はこの世界で激しい迫害を受ける『爬虫人』でありながら、己の圧倒的な武力で、帝国の領土内に差別のない独立国家を創り上げた規格外の化け物だ。
力と理想、その両方を兼ね備えた男。――その二つ名は『炎帝』テュポーン。
だからこそ、ククルは彼を革命の切り札として見込んだのだろう。
俺たちは広大な帝国を横断する魔道列車を降り、中継地点であるトラキアの街に降り立った。
動力源である『火炎石』が焦げる独特の匂いと、もうもうと吐き出される熱い白煙を背にしながら、俺は一つ息を吐く。
「よし。それじゃあ、その化け物が支配する反逆の地『ピュトン』へ向かうとしよう」
俺たちは駅の喧騒を抜け、炎帝の待つ独立国家へと足を踏み出した。
◇
トラキアの街を出発し、馬車で進むこと二時間。俺たちはついに、目的の地であるピュトンへと到着した。
「キニチよりも、ばりデカかッスね!」
ルティが目を丸くするのもうなずける。
一介の独立国家にすぎないはずのピュトンが、王私領トゥランの首都キニチの三倍近い規模を誇っていたからだ。
「俺たちはククルカンの代理で、テュポーン王と同盟を結びに来た者です。事前に話は通っているはずだから、取り次ぎを頼めますか?」
門番にそう告げると、相手は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに懐の魔法通信機を取り出してどこかへ連絡を入れた。
通話が終わると「ついて来い」と短く促され、通行門の近くにある殺風景な守衛室へと案内される。
「ネメアー様が来るまで、ここで待ってろ」
ネメアー。門番の話によれば、ピュトンが誇る八人の将軍『八凶牙』の一人らしい。
二十分ほど待っただろうか。突然、分厚い扉が乱暴に開け放たれ、筋骨隆々のライオン型の獣人が姿を現した。
「……ユリウスとはどいつだ?」
「俺だが」
「テュポーン様から話は聞いている。全員馬車に乗れ。城へ案内してやる」
ククルが事前に話を通してくれていたおかげで、無駄な問答は省けたようだ。
守衛室を出ると立派な馬車が用意されており、俺たちは街の中央にそびえるテュポーンの居城へと向かった。
道中、馬車の窓からピュトンの街並みを見た俺は、息を呑んだ。
露店で人間の店主と談笑するゴブリン。子供たちと笑い合いながら追いかけっこをする爬虫人の若者。キニチの門番が見せた『卑屈な笑み』や、路地裏に漂っていた『腐敗の臭い』が、この街には一切存在しない。
テュポーンの圧倒的な武力とカリスマが、この奇跡のような平和を守り抜いているという何よりの証拠だ。
「どうだ、ピュトンは?」
俺の表情から何かを感じ取ったのか、ネメアーが誇らしげに鼻を鳴らす。
「ククルカンから聞いてはいましたが、見事なものですね。正直驚きました」
「お前らも、この光景を望んでいるんだろ?」
「ええ」
そんな会話を交わしているうちに、街の中央にある巨大な城へと到着した。
「トゥランの王城よりデカかばい!」
「ああ、一回り……いや、それ以上だな」
ネメアーと共に城門をくぐり抜け、城内に入る。
「うっひゃぁぁぁ! なにこれぇ、凄すぎるぅぅぅ!!」
ユニィが大声を張り上げるのも無理はない。城の内装は、魔王城を思わせるほど荘厳で、途方もない威圧感を放っていたからだ。
「ガッハッハッハ。どうだ、ビビったか? これがテュポーン様の力よ!」
どうやらネメアーは、自国の王を心底崇拝しているらしい。種族で差別をせず、配下にこれほど慕われている。この様子から見ても、テュポーンが並大抵の器でないことは確実だ。
三階の最奥。ひときわ重厚な扉の前に着くなり、ネメアーが短くノックをした。
「テュポーン様。ユリウス一行をお連れしました」
「……入れ」
地を這うような低い声。扉を開け、部屋の中へ足を踏み入れる。
そこに待ち受けていたのは――上半身が筋骨隆々の人間、下半身が巨大な蛇という、異形の男だった。
――これが『炎帝』テュポーン!
ただそこに居るだけで、肌をジリジリと焦がすような凄まじい覇気が部屋中を満たしている。気を抜けば、その圧力だけで心が折られそうだ。
「早速だが、本題に入るか。……と言っても、あの小娘から大体の話は聞いておるがな」
「では単刀直入に言わせてもらいます。俺たちと同盟を結んでいただきたい」
その巨体を支える特注の椅子にどっかりと腰を下ろしたテュポーンが、面白そうに喉の奥を鳴らした。半人半蛇の巨体が蠢き、自室の空気がじっとりと重くなる。
「同盟とは、互いに利があってこそ成立する。うぬらと手を組むことで、我が国には何の利がある?」
「あなたがゼウスを倒し、オリュンポス帝国を滅ぼそうとしていることは知っています。ですが、強大な帝国を相手に単独で挑むのは骨が折れるはずだ。だから、俺たちがその悲願を手伝います。……トゥランの政権を奪ってからの話になりますが」
「ククルカンの入れ知恵か……。確かに、我が国だけでゼウスを討ち取るのは容易ではない。協力の申し出はありがてぇ。――が、うぬたちは期待に添えるだけの戦力になりうるのか?」
テュポーンの鋭い眼光が、値踏みするように俺を射抜く。
「最低でもククルカン以上の実力者が数人いねぇと話にならんぞ」
「自分で言うのもなんですが、戦力としては十二分に期待してもらって構いません」
「ほォ〜! では、証明してもらおうか」
「……どうやってですか?」
「この城の近くに、兵士たちの訓練場がある。そこでこのネメアーと戦え」
王の言葉と同時、傍らに控えていた獣人ネメアーが、喉の奥から獰猛な唸り声を漏らした。肌を刺すような濃密な殺気を受けながら、俺は静かに頷く。
「――分かりました」
テュポーンの提示した条件は、明快にして絶対だった。
ネメアーと一対一の勝負。俺が勝てば同盟成立、負ければ決裂。
もしここで実力不足と判断されれば、俺たちの革命の勝算は消え失せる。
失敗は絶対に許されない。国の命運を懸けた試験……上等だ、やってやる。




