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美しく切ない花火  作者: オーストリッチマン
異世界転移編

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第1話 異世界転移

カクヨムにも掲載しています

 圧倒的な光の奔流が収まり、恐る恐る目を開いた俺は愕然とした。


「……は?」


 視界に広がるのは、見慣れた薄暗い自室でも、無機質なモニターでもない。鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々と、眩しいほどの木漏れ日。鼻を突くのは、むせ返るような青臭い土と葉の匂いだ。


(どういうことだ……? 夢、か?)


 いや、違う。この匂いも、肌を撫でる風もリアルすぎる。

 だとすれば、原因は一つしかない。意識が途切れる直前、モニターから放たれたあの異常な光だ。

 パニックになりかける思考を必死に抑え込もうとした、その時――。


「ユリウス様。ご無事ですか?」


 不意に背後から、ひどく落ち着いた声がした。


(俺に言っているのか? いや、それよりも……『ユリウス』!?)


 それは間違いなく、俺がゲーム内で使用しているアバターの名前だ。


 弾かれたように自分の身体を見下ろし、息を呑む。

 着崩れた浴衣はどこにもない。身に纏っているのは、背に『生殺与奪』の四文字が刻まれた、見覚えのある真紅のコート。

 おそるおそる頭に手をやれば、指先に触れたのは慣れ親しんだ直毛ではなく、きつく編み込まれた硬い髪の感触。全身に電流が走ったような衝撃が、俺の心臓を激しく突き上げた。

 間違いない、この手触りは……コーンロウだ。


 腕を見れば、そこにあるのは日焼けなどではない、生まれ持ったような深い褐色の肌。俺が敬愛するレゲエアーティストをモデルにして作り上げた、アバターの姿そのものだった。


(嘘だろ……。中身は失恋直後のボロボロな一般人なのに、外見がバチバチにイカつすぎる……!)


 鏡を見ずとも分かる、己が放つ絶対的な威圧感。

 呆然としながら、改めて辺りの景色を見渡した。

 特徴的な形の木々、森の空気感。……見覚えがある。さっきまでモニター越しに散策していた『ヤマの森』だ。


(――ということは……俺は、『ミソロジーワールド』の世界そのものに転移したのか!?)


「――ユリウス様?」


 再び呼ばれ、声のした方へ振り向く。

 するとそこには、真っ白なスーツの上にベージュのコートを羽織り、同色のハットを目深に被った何者かが立っていた。


 いや、人間ではない。四十代の渋い紳士といった風貌だが、その顔は、鋭い(くちばし)と、それを縁取る漆黒の羽毛に覆われた『鳥人』だった。

 隙のない完璧な着こなしと、漆黒の羽毛と純白のスーツの鮮烈なコントラストからは、どこか危険で、それでいてひどく紳士的なオーラが漂っている。


「さっきから呼んでるユリウスって、俺のこと?」

「左様でございますが……?」


 その言葉が、最後のパズルのピースとしてカチリと脳内に嵌まった。

 視界に広がる見知らぬ景色、肌を撫でる風の温度、そして己の内に脈打つ、明らかに常人離れした未知の熱量。

 ここは間違いなく『ミソロジーワールド』の世界。そして俺の魂は今、見慣れたゲームのアバターという肉体の檻に、完全に定着してしまったらしい。


(元の世界に帰れないのか……? いや、帰れなくて結構だ)


 胸の奥で微かに燻っていた未練の火が、冷たい静寂とともにスッと鎮火していくのを感じる。

 告白すらできずに散った恋。彩乃が別の男と笑い合っている、あのどうしようもなく凡庸で残酷な現実。あそこに戻りたいかと言われれば、答えは『いいえ』だ。

 俺は、この異世界で第二の人生を全力で満喫してやる。痛む胸の奥を押し込めるように、俺は努めてそう結論づけた。


 ……ただ、未練が完全にゼロだと言えば嘘になる。

 どう足掻いても二度と会えないと分かっているのに、あの彩乃の顔だけが、どうしても脳裏に焼き付いて離れないのだ。もしも、もう一度だけあの姿に会えるなら――そんな叶うはずのない幻影だけが、心の奥底でジクジクと燻っていた。


「――ユリウス様? どうかされましたか」


 ふいに押し黙った俺を見て、鳥人が心配そうに覗き込んでくる。


(……この鳥人、さっきから俺を『様』付けで呼んでいるな)


 察するに、どうやら俺の方が立場が上のようだ。なら、下手に出てボロを出すより、ここは相手の認識に合わせておくのが得策か。

 俺は内心の混乱を素早く奥底に沈め、あえて平坦な声を作った。


「あ、ああ。なんでもない。ただ、少し頭が混乱していてな」

「無理もありません。もしかしたら、先ほどの光が原因で、ユリウス様に記憶の混濁(こんだく)が起こったのかもしれませんし」

「――さっきの光?」

「はい。ユリウス様が突然、まばゆい光に包まれたのです」


(……俺が転移した時の光か)


「ちなみにですが、私の名前はお分かりになりますか?」

「……悪い、分からない」

「……やはり記憶障害で間違いなさそうですね。私はジズ。この名をお聞きになっても、思い出しませんか?」


 ――ジズ。

 その響きが、脳内の奥底に眠る『ミソロジーワールド』の知識と即座にリンクした。間違いない。かつてゲーム内で俺が所持していた、怪鳥の召喚獣と同じ名だ。

 同時に、転移の直前に視界をよぎったシステムメッセージがフラッシュバックする――ユニークスキル【召喚獣使いサモンビーストテイマー】。

 間違いなく、これの影響だろう。


「なんとなく思い出した。だが、細かい関係性とかが飛んでいるようだ……」

「左様でございますか。では、ご説明いたします。私はユリウス様の臣下。つまり、ユリウス様は私の絶対たる主君にあたります。ですから、今後は私への敬語などというお気遣いは無用でございます」


 召喚獣使いだから俺が主君。その理屈は理解できた。

 だが、中身が現代日本の一般人である俺にとって、四六時中『主君』の仮面を被り続けるのは精神がひどく摩耗する。それに、この狂った世界を生き抜くなら、些細なことでも意見を言い合える『対等な相棒』の存在がどうしても必要だ。


(……ここはひとつ、変に威張らずに、素直な距離感でいかせてもらおう)


 俺は肩の力を抜き、気さくな響きになるよう言葉を紡いだ。


「俺が主君だということは分かった。だが、今後は臣下というより『対等な仲間』として接したい。だからジズも、俺に敬語を使わなくていいぞ」


 それは、ただの現代人としての切実な本音だった。

 だが、そう言って笑いかけた瞬間、ジズゥはハッとしたように目を見開き――次の瞬間、感極まったように深く、深く頭を垂れた。


「――なんと……! これほどの力を持つ絶対の覇者でありながら、この未熟な私と同じ目線に立ってくださると仰るのですね。そのお気持ちだけで胸が一杯でございます。ですが、馴れ馴れしい口を利くなど、私の忠誠心が許しません」


(……いや、普通に接してくれって言ってるんだけどな)


 ジズは見た目の冷徹さに反して、ひどく義理堅い性格らしい。てっきり『へい兄貴!』くらいのノリで来るかと思ったが、中身は完全に英国紳士だ。


「……分かった。好きにしてくれ。ちなみに、ここはヤマの森……だよな?」

「はい、その通りです。では、この森に来た理由は覚えておいでですか?」


 ゲームと同じなら、ゴブリン退治のはずだ。


「確か、ポポル村の村長から『ゴブリン退治』を依頼されたんだったか?」

「ご名答です! どうやら、曖昧なのは私との関係性だけみたいですね」


 こうして状況整理を終えた俺たちは、本来の目的であるゴブリン退治へと歩き出した。

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