第18話 レヴィアタン
「暫定とはいえ、ユリウスが革命軍のトップということに決まったからな。さっそくここに、レヴィアタンを呼ぶぞ」
そう言うと、ククルは異空間収納から魔法通信機を取り出し、どこかへ通話を繋いだ。
「おゥ、下僕。大至急、レヴィアタンをこのヤマの森へ連れて来い。いいな、大至急だぞッ!」
……下僕!? 誰に通話したんだ?
(それにしても『下僕』って……奴隷契約でも結んでるのか? いくら愛称とはいえ、ひどい呼び方だ。まさか本名、ということはないよな……?)
「なぁ、その……『下僕』って奴が、レヴィアタンを連れて来るのか?」
「ああ、そうだ」
「ちなみにだが……下僕ってまさか、本名じゃないよな?」
「んな訳ねェだろッ! 下僕ってのは、オレ様なりの愛着を込めた愛称だ。奴には『フラカン』って名前があるから、お前らはフラカンって呼んでやってくれ」
まぁ普通に考えて、下僕が本名な訳ないよな。愛情表現の方向性が独特すぎるが、それだけ気心の知れた仲ということか。
そんな話をしていると、再びククルの魔法通信機が鳴った。
「おう、分かった。ヤマの森付近に着いたら連絡をよこせ」
通話の相手は先ほどのフラカンらしく、ここへ到着するのは三時間後くらいになるそうだ。
三時間か……。待ち時間が長いため、俺はさっきから気になっていたことを彼女に尋ねてみる。
「ククルは、レヴィアタンと戦ったことはあるのか?」
「ああ、声をかけた時に軽くだがな。手合わせしただけで底知れねェ力を感じたぜ。さすがは『十傑座』の一人だけあって、かなりの強さだったな」
よく考えれば、元のゲームでもレヴィアタン(リヴァイアサン)は屈指の強さを誇る召喚獣だった。その設定がこの現実世界でも生きているなら、単純な戦闘力は、ルティと同等レベルの可能性がある。こいつは油断できない。
「……十傑座?」
「お前、十傑座を知らねェのか? 宇宙魔法が『失われた魔法』だってことも知らねェし……ユリウス、お前一体どこのド田舎に住んでたんだよ?」
まさか別の世界から転移してきたとは言えない。ここは適当にはぐらかすか。
「うるせぇ。俺の出身はどうでもいいだろ。そんなことより、その十傑座ってのを教えてくれ」
「チッ、まあいい。十傑座ってのは、レムリア大陸内で『傑物』と称される十人の武人のことだ。要するに、ドエレー強ェ奴ってことだ」
「へぇ〜、そんな分かりやすい強さの指標があるんだな」
「ちなみに、このアトランティス大陸にも似たようなのがあるぞ。こっちの呼び方は『十覇冠』だがな」
◇
三時間が経とうとしていた――その時、ククルの魔法通信機が鳴った。
「おう、分かった」
ククルは通話を切るなり、いきなり空に向かって炎魔法を放った。
ヤマの森付近に着いたフラカンへ、居場所を知らせる狼煙代わりだ。
魔法を放ってから約二分後。上空から、猛スピードでこちらに向かって飛んで来る人影を視認した。
緑髪の男――フラカンが、大きな翼を力強く羽ばたかせて空を駆けてくる。そして、その背中には青髪のストレートヘアの女、レヴィアタンが乗っていた。
よく見ると、レヴィアタンがフラカンを完全にサーフボード化して、背中の上で腕を組んで堂々と立っているではないか!
あの高さで平然と立っていられるバランス感覚も凄いが、何より絵面のインパクトが強すぎる。
俺たちの上空に到達すると、レヴィアタンがフラカンの背から華麗に飛び降りた。
鼓膜をつんざく衝撃音を立てて彼女が着地する。その背後で、フラカンも翼を畳んで静かに地面へと降り立った。
「おせェぞ下僕。三時間も待たせやがって。サーフボードの分際でノロノロ飛んでんじゃねェッ!!」
「へへっ……すいやせん、姐さん! もっと……もっと罵ってくだせェッ!」
容赦ない罵倒を浴びたフラカンは、頬を薄く染め、嬉しそうに肩をすくめてみせた。さっきレヴィアタンに跨られていた時の、あの死んだ魚みたいな瞳はどこへやら。
――なるほど。こいつ、ククルに怒鳴られると生き返るタイプか。
そんな阿鼻叫喚を完全に無視し、レヴィアタンはククルへと向き直った。
「こいつらか? 革命の成功率を上げるって奴らは?」
「ああ、そうだ。聞いて驚け。この男――ユリウスは、宇宙魔法の使い手だ!」
レヴィアタンが驚いた表情で俺へと視線を向けた。
その瞬間。
彼女とバチッと目が合った俺は――雷に打たれたように、一瞬で一目惚れをしてしまった。
――なぜなら。
レヴィアタンの顔立ちが、俺の知る『彩乃』と瓜二つだったからだ!
「――宇宙魔法が使えるとは、本当か?」
心臓が爆音で鳴っているが、一目惚れを悟られないよう、俺は必死に無表情を取り繕って答える。
「ええ、本当ですが……」
「………………」
無理もない。宇宙魔法の使い手など、この世界では伝説の領域だ。疑われて当然だった。
「どうしました?」
「……ああ、すまん。まさか宇宙魔法の使い手が存在していたなんて思ってもみなかったから、少し動揺しただけだ。疑うようで悪いが、実際に使えるのか、わっちに見せてくれないか?」
「いいですが、どんな魔法にしましょうか?」
「そうだなぁ……ブラックホールでいい。それと、めんどくせぇから、わっちに敬語はいらんぞ」
(――ブラックホール? 俺はまだ、個別の魔法名までは教えていないはずだが……)
ほんの一瞬、脳裏を微かな違和感がよぎる。
だが、俺の顔を覗き込むように笑うレヴィアタンの顔立ちが、元の世界で惹かれていた『彩乃』とあまりに瓜二つだったせいで――爆音で鳴り響く心臓の鼓動が、その冷徹な思考をいとも容易く掻き消してしまった。
「わかった」
魔法を披露するため、俺とレヴィアタンは少し距離を取る。
「ウォーターランス」
鋭い水の槍が一直線に迫る。俺は左手を翳し、静かに呟いた。
「ブラックホール」
放たれた漆黒の渦が、槍を音もなく飲み込んだ。水の魔法は跡形もなく消える。
「……! 本当に宇宙魔法を使えるようだな。疑ってすまん」
「いや、構わないさ」
相手の顔が彩乃そっくりなせいで、まだ少しだけ緊張が抜けない。
「もう一つ、確認していいか? ユリウス。お前の剣の腕前も、わっちに見せてくれ」
相手は十傑座の異名を持つ将軍。もし手も足も出ずにボコボコにされたら、あの顔をした彼女の前で、あまりにも格好がつかない。
俺の焦りをよそに、レヴィアタンは異空間収納から小太刀ほどの長さの双剣を抜き放ち、流麗な構えをとった。――二刀流か。
俺が剣を構えた刹那、彼女は地を蹴って一気に間合いを詰める。
鋭い踏み込みから放たれるのは、息をつく暇もない双牙の連撃。火花を散らしながら嵐のように手数が迫るが、捌ききれないほどではない。挨拶代わりの様子見、といったところか。
「次は、もう少し速く行くぞ」
レヴィアタンの攻撃速度が上がる。怒涛の連撃が、さらに密度を増した。
俺の動体視力なら捌ける。――捌けるが、彼女の顔が近づくたびに腕が僅かに鈍る。理由は、わかっている。
「どうした? 受けに回ってばかりいないで、攻めて来いよ」
攻める? 俺に、彩乃と同じ顔をした女を斬れと言うのか?
冗談じゃない。そんなこと――背中に『生殺与奪』なんて大層な文字を背負っている俺にも、それだけは絶対に無理だ。
俺は双剣を弾き返して強引にレヴィアタンの懐へと潜り込むと、周囲の視線を意識しながら、彼女の耳元へ顔を寄せ、声を潜めて囁く。
「一目惚れした女に、俺から攻撃なんて出来るわけないだろ」
これを聞いたレヴィアタンは、一瞬ピタリと動きを止め、ほんの少しだけ頬を赤らめた。
「はぁ〜? わっちに惚れたぁ? ……ふん、まぁ、わっちは美しいからなぁ。男が惚れるのもしょうがない」
彼女は強気な態度で必死に照れを隠すと、余裕の笑みを作って双剣を異空間収納へとしまった。
「……終わったようだな。で、協力してくれるのか?」
様子を見ていたククルたちがこちらへ合流してくる。それと同時に、レヴィアタンが俺の目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「ユリウスが革命軍の頭になるなら、協力してやってもいいぞ?」
本来なら、トップに立つのは暫定のつもりだった。だが、惚れた女の前だ。男としての、どうしようもない下心が勝った。
「ああ、俺が頭だ!」
食い気味の即答だった。
「いいだろう。お前たちの革命に、協力してやろう」
レヴィアタンは満足そうに頷き、妖艶な笑みが、夕暮れの中に咲いた。




