第16話 ククルカン(2)
ククルが異空間収納から武器を取り出した。
現れたのは、彼女の身の丈ほどもある巨大な剣――大剣だ。
「いくぞォォォッ!」
咆哮とともに、ククルが力任せに俺へと斬りかかってくる。
俺は愛剣を合わせ、吸い込まれるような完璧な軌道でその剛剣を受け流した。
軌道を逸らしたはずの刀身から、腕の骨が軋むほどの重圧が伝わってくる。
完璧にいなしてこれか……さすがはトゥラン最強の冒険者が振るう大剣の一撃だ。まともに食らえば、致命傷になりかねない破壊力がある。
「挨拶代わりの一撃だったとはいえ、完璧にいなすたァ……。思った通り、ただ者じゃねェな。オレ様の目に狂いはなさそうだ。安心したぜ、ア〜ッハッハ」
ククルは獰猛に笑うと、自身と同等ほどもある大剣を軽々と構え直す。
「ここからは出し惜しみナシだっ! ユリウスゥ、あっさり死ぬんじゃねェぞっ!」
いよいよ本気を出すってわけか。
一発でもまともに食らえば即死しかねないというのに、まったく理不尽な女だ。……だが、だからこそ、やりがいがあるというものだ。
「ウッシャァァ! オラオラオラオラァァァッ!!」
ククルの雄叫びとともに、間髪入れず怒涛の連撃が叩き込まれる。
けたたましい鋼の悲鳴と火花を散らしながら、俺はその重い一撃一撃を冷静に捌いていく。
すると、俺が反撃もせずにただ『観察』していることに気づいたのか、ククルがさらに闘争心を煽るように楽しげな挑発を投げてきた。
「どうしたユリウス、防戦一方じゃねェか。受け流すだけじゃなく攻撃して来いよォォォ! つまんねェだろッ!」
腕はビリビリと痺れているが、刃を交えてみてハッキリと分かった。ククルの強さは本物だ。今まで出会った奴らとは、比較にならない。
だが――勝てる。
この世界におけるL級寄りのS級冒険者がどれほどの強さなのか、大体の基準は把握できた。
俺はククルの大剣を鋭く弾き返した反動を利用し、一気に距離を取った。
「お言葉に甘えて攻撃してやる。そっちこそ、死ぬなよ?」
「アーハッハッハ! いいねェェェ、かかって来なッ!」
地を蹴り、一瞬でククルの懐へ飛び込む。
挨拶代わりに放った一閃は、巨大な剣の腹で難なく防がれた。
やっぱり、この程度の斬撃なら余裕で捌くか。さすがはトゥラン最強の冒険者。
こうでなくては面白くない。少し、本気を出すとするか。
俺は息をつく暇も与えず、ククルを凌駕する速度で凄まじい連撃を叩き込んだ。
鋭い金属音が連続して弾け、その猛攻のうちの二撃がついに彼女の防御を抜け、浅く肉を裂く。
「へェ〜、やるねェ〜! かすり傷だが、二発も食らってしまったぜ。ア〜ハッハッハ」
血を流しながらも無邪気に笑い声を上げるククルを見て、俺の口角も自然と吊り上がっていた。
どうやら、こいつの戦闘狂が少し移ったらしい。
その後も十分近く激しい打ち合いが続いたが、展開は終始、俺の優勢だった。
ただ、ククルがどこまで本気だったのか――それは分からない。
「いやァ、想像以上だ! まさかここまで強いとは思わなかったぞッ」
「どうも」
「だが、剣だけじゃなく魔法はどうかな? 試させてもらうぜェッ!」
ククルが不敵に笑う。対する俺は、首を横に振って忠告した。
「魔法勝負をやりたいのか? なら止めといた方がいいぜ」
「――ッ!? なぜだ?」
俺が自信満々に言い切ると、ククルは意外そうに目を丸くした。
「俺が使用する『宇宙魔法』には、ブラッ――」
「――宇宙魔法!? ユリウス、いま宇宙魔法……って言ったのか?」
宇宙魔法という単語を出した瞬間、ククルが異常なまでの食いつきを見せた。俺の言葉を強引に遮り、顔を近づけてくる。
「ああ、そうだが……。何か問題でもあるのか?」
「……宇宙魔法はな、『失われた魔法』の一つだ。まさか、使える奴がこの世に存在していたとはなぁ……。さすがのオレ様も驚いたぜ。だが、その様子だと、知らなかったようだな」
宇宙魔法が――ロストマジック!?
よくよく考えれば、元のゲームでも宇宙魔法は特別な特典でしか手に入らない――レア魔法だった。
つまり、この現実でもレア魔法ということか。
「ああ、まったく知らなかったよ。……ついでに教えてくれ。さっき、宇宙魔法がロストマジックの《《一つ》》と言ったな?」
「ああ、言ったぜ」
「――ということは、他にも存在するんだな?」
「ああ。宇宙魔法以外だと、『時間魔法』や『蘇生魔法』などが、ロストマジックと呼ばれている」
やはり、宇宙魔法以外にも存在するのか。これは、非常に良いことを聞いた。
それに、『失われた』とは言われているが、実際にこうして使用できる者が目の前にいる。
(まぁ、俺のことだが)
ということは――『時間魔法』や『蘇生魔法』を使用できる者も、ただ発見されていないだけで、この世界のどこかに潜んでいる可能性があるということだ。
「そういやァ、途中で話を遮っちまったな。さっき、何を言いかけたんだ?」
「ああ、そうだったな。俺の宇宙魔法に【ブラックホール】という魔法がある。こいつは、どんな魔法でも無効化する魔法だ。だから、魔法勝負じゃ俺には勝てねェと言おうとした」
これを聞いたククルは、新しい獲物を見つけた獣のように目を輝かせて、喋り出した。
「ブラックホール……? 聞いたこともねェ名だが、どんな魔法でも無効化だとォ? アハッ、そんなこと言われたら、試したくなるじゃねェかよォ!」
俺もこの現実世界でブラックホールを試しておきたかった。ちょうどいい。
俺とククルは互いに距離を取る。
「いいぜ。全力で撃って来い」
「うっしゃ〜! 遠慮なくいくぜェッ! 炎龍のブレス」
ククルが放った炎龍のブレスは、ルティが放ったものに匹敵する、巨大な炎だった。
「ブラックホール」
俺が突き出した左手から、周囲の光すら歪める巨大な漆黒の球体が出現する。
それは俺目掛けて迫る猛烈な炎を音もなく根こそぎ飲み込み、文字通り跡形もなく消し去ってしまった。
「ほォ! ならこれはどうだッ! 炎龍王のブレス」
炎龍王のブレス!? 上位魔法か――炎の色が青白い。
凄まじい熱波が辺りを焼き焦がすが――いかに強力な魔法だろうと、ブラックホールに例外はない。
青白い業火もまた、漆黒の球体に吸い込まれ、一瞬で消滅した。
「ア〜ハッハッハッハ! ホントに魔法を完全に無効化しやがるとはなァ。文句なしの合格だッ!」
(合格? 何のだ?)
意味が分からずキョトンとする俺に、ククルがニカッと笑って種明かしをする。
「オレ様が探し求めている人材の基準に、ユリウスが達していたということだ」
「探し求めている人材……?」
「言葉通りの意味だ。戦闘の前に言わなかったか? 確かめたいことがあるってよっ」
「そう言えば、そんなこと言ってたな。で、確かめたいこととは?」
「ユリウス、お前の実力だ。……オレ様の夢を叶えるためのな」
「――夢?」
「ああ。だが、その前にもう一つだけ確認させてくれ。お前の仲間も、ユリウスと同等の実力なのか?」
ユニィやルティとは戦ったことがないから何とも言えんないが、強いのは確かだ。だが、俺やククルと同等かと言われると、正確なところ……分からない。
何と答えようか迷っていると、「もう終わったとですかっ?」とルティが叫びながら近づいて来た。
俺たちの戦いが止まったのを見て、様子を見に来たんだろう。絶妙なタイミングだ。
「ちょうどいい。ククルが、お前たちの強さが俺と同等なのか知りたいらしいぞ」
「オイたちがユリウス様と同等? そがん訳なかでしょ。オイたちじゃ、ユリウス様に全く歯が立たんばい。ばってん、ククルよりは強かばい」
これを聞いたククルは、カチンときたのか不敵な笑みをルティに向ける。
「ほぉ〜? オレ様より強いだとォォォ。言ってくれるじゃねェか」
「ハッタリじゃなかってことば見してやっけん。ユリウス様ぁ、ブラックホールでオイの魔法ば吸い込んでください!」
ルティは巻き添えを防ぐため、俺から少し離れた位置へ移動した。
「ユリウス様ぁ、準備はよかですかぁ?」
「ああ、いつでもいいぞ。ブラックホール」
「ククルッ、魚んごと目ばひん剝いて見とけよ! 炎龍王のブレス」
ルティの口から放たれた青白い業火は――先ほどククルが放ったものよりも、さらに一回りほど巨大で凶悪なものだった。
ブラックホールがその圧倒的な火力を全て吸い込み終わると、ククルが呆れたように溜息を漏らす。
「……いやぁ、参った。オレ様の『炎龍王のブレス』を軽く上回るとはな。想像以上だ。そっちのジズゥも、ルティと同等の力があるのか?」
「お恥ずかしながら、単純な火力や腕力においてはルティに軍配が上がります。……ですが、総合力なら負けませんよ」
「ジズゥもルティとほぼ同等か! いいねェェェ!」
「ねぇ、ウチにも聞かないのぉ?」
何も質問されなかったユニィがしびれを切らし、ムスッとした顔でククルに詰め寄った。
「何となくだが、お前は戦闘系じゃねェだろ? だから聞かなかった。すまねェな」
「あ、それは当たりぃ! でもさー、ウチがいればルティやジズゥの腕が吹っ飛んでも、秒で元通りに復元できるんだからねっ!」
「おいおい嘘だろ。まさかお前、リストアを使えるのか!? 宇宙魔法とまではいわねぇが、リストアも十分レア魔法だぞ!」
目を丸くして驚愕するククルに、ユニィは屈託のないピースサインで応える。
(リストアってそんなレアだったのか。ただでさえ大事な仲間なのに、代わりの利かないヒーラーでもあるなら、ますます死なせるわけにはいかないな)
「これで一通り確認は終わったな。じゃあそろそろ、その『夢』ってやつを教えてくれよ」
ククルは葉巻を一度くゆらせると、火のように熱い眼差しを俺たちに向け、堂々と宣言した。
「このククルカンには、どうしても叶えなきゃならねェ夢がある!」
その壮大な夢が、彼女の口から語られ始めた――。




