第15話 ククルカン(1)
「おい、そろそろ三時間経つばい。ク、クク……なんちゃらって奴はまだやっ? もしかして、ビビッて逃げたっちゃなかとや? ギャッハッハ!」
「あ、アホ言え! ククルカンさんが逃げるわけが無いだろうが!」
ルティとバルデスが言い合いをしていた――その時だ。
地の底から這い上がるような重低音が、空気ごと震わせた。
猛烈な突風が吹き荒れ、巻き上がった土煙が周囲の視界を一瞬にして茶色く染め上げる。頭上から『何か』が、隕石のごとく墜落してきたのだ。
この時刻、この場所に現れるとすれば一人しかいない。状況を整理する間もなく、俺の頭は答えを弾き出していた――そう、ククルカンだ。
舞い上がった砂煙の中から、不機嫌そうなダミ声が響き、バルデスを怒鳴りつける。
「テメェ、つまんねェことで連絡よこしやがってよォ、めんどくせェ。で、そいつらがお前たちをイジメたって奴らか?」
「は、はい。そうです。ククルカンさんのお手を煩わせて申し訳ないです……」
(何だ。あのバルデスが、ブルブル震えながら直立不動とは……ククルカンとは、それほどの人物ってことか?)
やがて砂煙が晴れると、そこには立派な角を生やした一人の女が仁王立ちしていた。
オレンジ色の髪を、若い頃の『ボニー・タイラー』みたいにワイルドに逆立て、口には太い葉巻をくわえている。
そして何といっても、隠しきれないこの圧倒的な強者感。バルデスが恐怖で固まるのも、頷ける。
しかし、まさかククルカンが女だったとはな……。『ナンバーワン冒険者』という肩書のせいで、勝手にいかつい大男だと思い込んでいた。完全に予想外だった。
見た感じ、ルティと同じ竜人族で、年は三十代前半くらいだろうか?
ククルカンが俺たちをじっくりと見つめ、唐突に喋り出した。
「なるほどねェ、こいつらを容易くぶち殺すとは。あんたら、ドエレーつえェだろ? わかる。わかるよォォォ。お姉さんにはねッ。ア〜ハッハッハッハ!」
ここは機嫌を損ねないように『お姉さん』と呼んであげた方が良いのか?
「で、お姉さん。ここへはこいつらの敵討ちに来たんだろ?」
「やだぁ! お姉さんって呼んでくれるのぉ〜? 嬉しいこと言ってくれるじゃあないかっ。――あっ、敵討ちだったな? 安心しな。ここへ来た目的は敵討ちじゃねェからよ」
敵討ちじゃない? なら、何のためにここに来た?
「――えっ! ククルカンさん、オレらの敵討ちのために来てくれたんじゃないんですか……?」
後ろで聞いていたバルデスが、焦った表情でククルカンに尋ねた。これに対し、ククルカンは底冷えするような声で、静かに吐き捨てる。
「ハァ〜! 何でオレ様が、テメェらみてェなクズ共の敵討ちをやらないかんのだ。めんどくせェ」
これを聞いたバルデスは、絶望で泣きそうな顔になり呟いた。
「そ、そんなぁ……」
「そんなによォ、敵討ちしてほしいならよォ……テメェの武器を貸せ」
「えっ! 武器ですか? まさかククルカンさん、ご自分の武器を忘れたんですか?」
バルデスは言われるがまま、手に持っていた剣を彼女へと差し出す。
――だが次の瞬間、俺は自分の目を疑った。
剣を受け取ったククルカンが、瞬きする間もなく、味方であるはずのバルデスの胴体を真っ二つに両断したのだ。
「――ッ」
バルデスは何が起きたのか理解できないまま、絶命した。
それにしても、恐ろしく見事な剣捌きだった。一太刀見ただけでハッキリと分かる。こいつは、今まで出会った奴らとは明らかに次元が違う。
バルデスを斬り殺して満足したのか、ククルカンが嬉しそうに喋り出す。
「さぁ、これで静かになったな」
たしかに静かにはなった。
だが、同じギルドの人間を始末すれば、それなりの面倒が伴うはず。そのリスクをどう処理するつもりなのか。俺は相手の底を探るように視線を向けた。
「同じ冒険者ギルドに所属してるんだろ? 仲間じゃないのか?」
「仲間ァ? さっきオレ様が言ってたのを聞いてただろ? こいつらはクズ中のクズってことをよォ。だから、仲間じゃあねェ」
「だとしても、お姉さんが冒険者を殺したらギルド的にまずいんじゃ?」
「適当に誤魔化すから気にすんな。んなことよりも、オレ様のことはククルでいい。けど、お姉さんと呼びたかったら呼んでもいいんだぞっ!」
本当に掴みどころがない。
「じゃあ、ククルと呼ばせてもらうよ」
「お前たちの名前も教えてくれ」
ひとまず敵意はなさそうなので、俺たちは素直に自己紹介をした。もちろん、素性など言える範囲でだが。
自己紹介のあと、ククルが語った『黒き稲妻』の実態は、想像を絶するクズっぷりだった。
自分より弱い奴には威張り散らし、強い奴にはペコペコ媚びへつらう。弱い奴が希少品を手に入れたら横取りし、殴る蹴るの暴行を加える。
ギルド側もあまりの素行の悪さに除名しようとしたらしいが、奴らが貴族に賄賂を贈って取り入っていたため、手出しができなかったという。だからギルド側は、奴らがクエストなどで勝手に野垂れ死ぬ日を、今か今かと待ち望んでいたらしい。
そんな話をしている間は和やかだったが、不意にククルの表情がスッと険しくなった。
「さて、お喋りはここまでだっ! やろうか?」
「やろうか? って、俺たちと戦うってことか?」
「お前たちの他に誰がいる?」
何となくこうなるとは思っていたが、どうにも話の筋が通らない。
「……おい。敵討ちはしないんじゃなかったのか?」
「ああ、その通り。これは敵討ちじゃねェ。オレ様の『夢』のために、確かめたいだけだ。ここへはそのために来た」
「夢のために確かめる? 一体何を?」
「そいつァ、戦闘のあとに教えてやるよっ!」
(ちょうどいい。俺もこの世界の強者と戦っておきたかったところだ)
「……わかった。いいぜ、やろうか」
「ユリウス、お前は話がわかる奴だな! 気に入ったぜッ」
ついにこの世界の実力者と戦える。これで、俺の力がこの現実でどこまで通用するのか、答えが出る。
俺はジズゥとユニィ、ルティに指示を出し、戦闘の邪魔にならないよう後ろへ下がらせる。
「じゃあ、始めようか」
「ちょっと待て、このゴミが邪魔だ」
そう言うと、ククルは指先から火球を放ち、転がっていたバルデスの死体を一瞬で消し炭に変えて隠滅した。
ククルは、炎魔法の使い手らしい。それも、相当な高火力の。
「待たせたな。さぁ、やろうか」
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