第13話 ゴブリンの洞窟へ
ゴブリンの洞窟に向かうのはいいが、問題は今から出発しても到着する頃にはすっかり夜になるということだ。
夜間行動は夜行性の魔獣に襲われる危険がある。だが、この仲間たちなら、その程度は問題ないだろう。
俺たちはキニチの街を離れ、ゴブリンたちが潜む『ヤマの森』へと向かった――。
◇
ヴフ山の麓に着くころには、すっかり陽が落ちて辺りは深い暗闇に包まれていた。
「よし、完全に暗くなったな。これなら空を飛んでも目立ちにくい。ここからは空路で行くぞ」
「了解ッス!」
ジズゥは俺を、ルティはユニィをそれぞれ抱え込み、ヤマの森に向かって夜空へと飛び立った。
夜風を切り裂きながら上空を進む。眼下には真っ暗な森がどこまでも広がり、転移という便利な手段がないこの世界の広大さを改めて肌で感じさせた。
ふと見上げると、満天の星が夜空を埋め尽くしている。
「綺麗な星空だな……」
俺がポツリと呟くと、俺を抱えて飛んでいるジズゥが静かに頷いた。
「ええ、誠に。まるで夜空に咲く無数の花のようです」
「花、か。……いつの日か、とびきりデカくて美しい花火を打ち上げるのも良いかもな」
柄にもないことを口にしてしまった俺は、照れ隠しに鼻で笑った。
当たり前のことだが、徒歩とは比べ物にならないほど速い。そんな星空の飛行を楽しむこと四十分。
俺たちは目的地の、ゴブリンたちが住む洞窟へと到着した。
鼻を突く血の匂いもなければ、争った形跡もない。
よかった、ゴブリンたちは健在だ。どうやら、まだグスマンたちは来ていないらしい。
俺たちが洞窟に近づくと、見張りをしていたゴブリンがこちらの姿に気づき、慌てて仲間を呼んだ。
すると、ぞろぞろとゴブリンたちが外に出てくる。その中から俺の顔を認識したゴブリンの長であるアトが、ホッとしたような顔で歩み寄ってきた。
「ユリウス殿じゃないですか。こんな夜更けに何用ですかな?」
「ちょっとアトさんに、急ぎで伝えておきたいことがあってな」
「伝えたいこと……ですか?」
「ああ。単刀直入に言うが、これからここに『黒き稲妻』というA級冒険者のパーティーが、ここに居るゴブリンたちを退治しにやって来る」
俺はアトに、ギルドで起きた出来事と、この森に危機が迫っている経緯を手短に語った。
「――ワシたちを退治に!? ポポル村の村長は、何があろうともワシたちを消し去りたいようですなぁ……」
「ああ、そうみたいだ」
「やはり、本格的に引っ越しを考えないといかんですのぉ……。わざわざのご報告、痛み入ります」
アトは深々と頭を下げ、俺に心からのお礼を言った。
「いや、俺たちが守るから引っ越さなくていい。これから来る冒険者とはちょっとした因縁があってな。俺たちがここで返り討ちにするつもりだ」
「ですが……相手はA級冒険者なのでしょう?」
「心配は無用だ。俺たちがここで返り討ちにする」
勝負の世界に『絶対』はない。だが、俺たちのステータスや戦力差を冷静に計算すれば、A級冒険者相手に遅れを取ることはないだろう。
俺は元来、最悪のケースばかりを危惧する心配性だ。だからこそ石橋を叩いて渡るように慎重に動くが、同時に『最後はどうにかなる』とタカを括る厄介な楽観主義も同居している。
――だが、一瞬の気の緩みが致命傷になるのが世の常だ。
楽観という名の猛毒に殺される前に、自分自身の手綱はきつく締めておかないとな。
「では、お言葉に甘えさせて頂きますじゃ。……ところで皆様、晩御飯はもう食べられましたかな?」
「晩飯か。急いで来たから、まだだけど……」
洞窟の前で焚き火が爆ぜ、川魚の焼ける香ばしい匂いが漂い始める。
「川魚と小動物の肉しかありませんが、よかったら食べていってください」
差し出されたのは、素朴だが丁寧に塩を振られた串焼きだ。
「おっ、美味そうッスね! ばってん、塩だけじゃちぃと物足らんばい。醤油でもあれば最高なんスけどねぇ」
ルティが軽口を叩きながら、豪快に串に齧りつく。
「ウチはこれくらいシンプルな方が好きだしー! アウトドアって感じでアガるし!」
ユニィはゴブリンの子供たちと肩を並べ、楽しげな笑い声を上げながら豪快に焼魚を頬張っている。一方、ジズゥは少し離れた場所で、配られた肉を自前のナイフで一つ一つ紳士的に切り分けていた。
種族の垣根など存在しない、騒がしくも温かい宴の風景。
目を細めてその光景を見守っていると、アトさんが俺の隣へと静かに歩み寄ってきた。
「……驚きましたな」
「ん? 何がだ?」
「人間であるユリウス殿が、竜人や獣人、鳥人……そしてワシらのような被差別種族のゴブリンとも、こうして対等に笑い合っておられる。このような光景、ワシは永い人生で初めて見ました」
俺は串焼きを片手にふっと息を吐き出して笑った。
「種族なんて関係ねぇよ。……俺はただ、生まれや皮膚の色で他者の価値を決めるような、くだらねぇ真似をしたくないだけだ。つまらねぇしがらみ抜きで、仲間と笑い合える場所があればそれでいい」
以前にも語った、俺の個人的な矜持だ。見た目が違うだけで、本質は何も変わらない。ましてやこの過酷な世界において、種族の壁など無意味なノイズでしかない。俺はただ、自分が気の置けない連中と気兼ねなく過ごせる場所を作りたいという、極めて自己中心的な願望を口にしたに過ぎない。
俺の言葉にアトは目を丸くした後、深く、深く頷いた。
金に物を言わせた豪華なメシも悪くないが、この泥臭くも温かいもてなしこそが、今の俺には一番のご馳走に思えた。
A級冒険者のグスマンたちが来るとしても、どうせ明日の朝以降だろう。
腹も減ったし、ここは厚意に甘えて、決戦前の腹ごしらえをさせてもらうことにした。




