第10話 冒険者ギルド(1)
翌日。部屋に朝日が差し込み、俺は目を覚ました。
「おはようございます。今日はどうなさいますか?」
すでに起きて身支度を整えていたジズゥが、今日の予定を尋ねてくる。
「ああ、おはよう。今日は、二手に分かれて情報収集をしようと思う」
「――二手ですか?」
「ああ、手分けして情報を集めるために、『冒険者に聞くチーム』と『商人に聞くチーム』に分ける」
情報源として冒険者と商人を選んだのは、一般の住民より、裏事情や他国の情報を持っていそうだからだ。
「じゃあ、オイはユリウス様と組むけん!」
「いえ、ユリウス様と組むのは私でしょう」
ジズゥとルティが、朝から俺を取り合っている。
正直、仲間からこんなに慕われている光景は嬉しくてたまらなかったが、俺は必死にニヤけ顔を堪えて答えた。
「ルティは俺と冒険者ギルドへ。ジズゥはユニィと一緒に、商人に聞き込みをしてきてくれ」
この編成にした理由は単純だ。喧嘩っ早いユニィとルティを組ませれば、街中で何かやらかすのは目に見えている。
「……承知いたしました」
少しばかり残念そうにハットのつばを下げつつも、生真面目な紳士であるジズゥは、一切の不満を漏らすことなく快く俺の指示に従った。
約束の時間になり、俺たちは一階の受付へと足を運ぶ。
――だが、約束の時間を十分過ぎても、一向にユニィが姿を見せない。
(もしかして、まだ夢の中か?)
「ルティ。すまんが、ユニィを起こしてきてくれっ」
「ういっス」
ルティがユニィの居る二階の部屋へ向かおうとしたその時、階段の板をぶち破るようなけたたましい足音が響き渡る。
見上げると、ユニィが猛ダッシュで階段を駆け下りてくるところだった。
ユニィは受付に辿り着くや否や、勢いよく頭を下げる。
「寝坊しちゃいましたぁ! ごめんなさぁい!」
満面の笑みで、まったく悪びれる様子のないその態度に、俺は怒る気も失せてしまった。そのまま今日の予定を伝える。
「過ぎたことはもういい。今日の予定だが――」
ユニィに別行動になることを説明すると、彼女は盛大に駄々をこねた。
「えーっ! ウチもユリウス様と一緒に組みたかったんですけどぉ!」
「悪いな。でも、次は俺と組んでくれ。頼めるか?」
「……はぁい!」
俺がなだめるように頼み込むと、ユニィはコロッと機嫌を直してパッと笑顔を咲かせた。
それにしても、ユニィは自由奔放というか、本当に天真爛漫だ。
二手に分かれるとは言ったものの、この世界には携帯電話もないし、念話みたいな便利な魔法も使えない。よって、一度離れるとお互いに連絡を取り合うことが出来ない。
となると、やっぱりこういう時は古典的な方法に限る。
「二時間後に、ここで落ち合おう」
「了解しました!」
二時間後にこの宿屋の前で落ち合うことを決めて、俺たちは二手に分かれた。
◇
宿屋が立ち並ぶ通りを進んでいると、遠目に青い外壁にオレンジ色の屋根をした二階建ての建物を視認。
ルティがその建物を指差し、俺に話しかける。
「ユリウス様、宿屋の親父が言っとった建物は、あいじゃなかっスか?」
「たぶんな」
建物に近づくと、出入り口の上に『冒険者ギルド』と書かれた無骨な看板が掲げてある。ここで間違いなさそうだ。
俺たちは重厚な観音開きのドアを押し開け、ギルドの内部へと足を踏み入れた。
途端、タバコと安酒のツンとする匂いが鼻を突く。怒声と笑い声と、グラスのぶつかる音が混ざり合い、空気そのものが濁って聞こえた。
一階は四人掛けの無骨な木製テーブルが所狭しと並べられており、昼間から顔を赤くした荒くれ者たちがグラスを傾けていた。
周囲を見渡すが、それらしき受付やクエストボードの類は一切見当たらない。視線を奥へ流すと、薄暗い階段が二階へと続いていた。
ギルドとしての機能は、すべてそちらに集約されているようだ。
――では、目的の情報収集を始めるか!
普通に考えれば、経験豊富な高位の冒険者の方が、裏事情や他国の情報などを色々と知っているに違いない。そこで俺たちは、見た目がいかにも『腕が立ちそうな奴』に的を絞って話を聞くことにした。
一階にはそれらしい人物が見当たらなかったので、俺たちは二階へ上がる。
すると、いかにも高価そうな『漆黒の鎧』をまとった男を発見した――!
「すみません。少しお聞きしたいことがあるんですが、今よろしいですか?」
俺はあくまで丁寧に声をかけたつもりだった。だが、漆黒の鎧の男は不機嫌そうに顔を歪め、いきなり怒鳴ってきた。
「何だァ、貴様。見ねェツラだなァ。新人かァ?」
(……何だこいつ! 物凄く態度がデカい。というより、何で初対面でいきなり喧嘩腰なんだ?)
完全に声をかける相手を間違えた……。
俺の信条は『相手の態度に合わせる』ことだ。この無礼な態度には当然ムカついたが、目立つのは避けたかったのでスルーしようとした。
だが、俺以上にこの態度に激昂したルティが、間髪入れずに応戦してしまう。
「おい。ユリウス様が丁寧に聞いとろォがッ? なんやワイのそん態度はァ」
「おいコラ。俺様が誰だか分かって喧嘩売ってんのか?」
「知るかボケェッ」
「……ルティ、その辺で止めとけ」
さすがに注目を集めすぎた。
俺は慌ててルティを制止した――その瞬間、今度は漆黒のコートをまとった男が「どうしたぁ? 喧嘩かぁ?」とニヤニヤしながらこちらに近づいて来た。
「おう、聞いてくれよぉ〜。こいつらがこの俺様に、気安く話しかけて来やがってよぉ〜」
「ハァ〜! 気安くグスマンに声をかけただァ? こいつら、俺たちのことを知らねェのか? どんだけ田舎もんなんだよ」
仲裁に入るのかと思えば、同類か。それにしても、揃いも揃って不遜な輩だ。
漆黒のコートの男が乱入してきたことで、ルティの怒りがさらにヒートアップする。
「やけん、知らんって言いよろォがッ! このビチグソ野郎ォォォ!」
「あぁ!? お前、今なんて言いやがったァ?」
ルティの瞳に、竜のような凶光が宿る。
「聞こえんやったとやッ!? だったらよォ、そん耳ん中に溜まった耳クソばシュポシュポ吸い取って聞きやがれ! ビチグソ野郎ォ!」
こうなっては情報収集どころではない。ルティを連れてギルドを出ようか……と迷っていたら、突然、フロア全体に響き渡る大声が轟いた。
「――双方、止めェェェいッ!」
ガタイの良い五十代の男がこちらに向かってくると同時に、面白がって群がっていた野次馬たちがサッと散っていく。
「マ、マスター。何でもないですよぉ〜」
(――マスター!? ってことは、この恰幅のいい男が『ギルドマスター』か)
「君たちに、ウチのモンが迷惑かけたみたいだな。ワシの監督不行き届きだ。申し訳ない」
ギルマスは、俺たちに向かって深々と頭を下げ、申し訳なさそうに謝罪してきた。
「いえいえ」
「グスマン、モラレス。お前たちは一階でメシでも食ってろっ」
ギルマスが怒鳴りつけたことで、漆黒のコートの男はモラレスという名前だと分かった。




