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美しく切ない花火  作者: オーストリッチマン
革命編

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第9話 首都キニチ

 途中、野盗団に襲われたが難なく対処し、無事にヴフ山を越えた。

 あとは、王私領トゥランの首都である『キニチ』に繋がる街道を突き進むだけだ。


 ――だが、そこからの道程が長かった。

 いくらなんでも、この距離を毎回徒歩で移動するのは骨が折れる。やはり、一瞬で長距離を移動できる魔法の使い手を見つけたら、最優先で仲間に加えたほうが良さそうだ。


 そんな打算で内心の徒労感を誤魔化しつつ、涼しい顔を作って荒野を歩くこと数時間。

 殺風景な土の道は終わり、足元はいつの間にか精巧な石畳へと変わっていた。


「ユリウス様、ようやくキニチが見えてまいりましたね」

「ああ」


 ジズゥの言葉に頷き、俺は視線を上げる。

 見据える先には、周囲の景色を圧するような巨大な首都の輪郭がそびえ立っていた。

 ポポル村とは打って変わり、街全体が威圧的なほどの高さを持つ堅牢な城壁にぐるりと囲まれている。内部へ入るには、正面にそびえる重厚な通行門を抜けるしかない――そして、その門の前には既に問題があった。


 通行門の前には二十組ほどが列を作り、それぞれが入門の手続きを待っている。どうやら、税関のような検査が行われているらしい。石畳に刻まれた無数の靴音と、遠くで吠える門番の声が、広場全体に低い緊張を張っていた。


 万が一、身分証明の類を求められた場合はどう切り抜けるか――。

 いや、今は考えるだけ無駄だ。情報が足りない。手元に何もない状態で対策を練っても、それは策ではなく空想に過ぎない。

 まずは列の最後尾につく。前方で交わされるやり取りを観察し、検問の性質と基準を見極めるのが先決だ。


 門番が優秀なのか、それとも検査自体が簡易的なのかは分からないが、一組当たり一分くらいのハイペースで通過していく。俺たちの前の組がキニチの中に入って行くと、門番が俺たちを呼んだ。


「次!」


 門番の声が、短く空気を断ち切った。

 めんどくさい事態にならないよう、口が悪いユニィとルティには『絶対に余計なことは喋るな』と念を押し、門番の元へ向かう。


「住民なら身分証、商人なら通行許可証の提示をお願いします」

「あいにく、我々はどちらも持ち合わせていない旅の者でございます。いかなる手続きを踏めば、門を潜るお許しをいただけるでしょうか?」


 ベージュのハットに手を添え、ジズゥが紳士的な笑みで尋ねる。

 すると、門番はあからさまに下卑た笑いを浮かべ、身分証を持たないよそ者に対して一人につき『通行料30万エル』を要求してきた。

 ゲーム時代の換算で、1エルはおよそ1円。つまり一人頭30万円だ。


(おいおい、いくらなんでも高すぎねぇか?)


 この世界の基準がこれなのか、異常な物価高なのか、それとも単にこの国自体が腐りきっているだけなのか。

 推測するしかないが、まともな神経の奴が設定した金額じゃないことだけは確かだ。

 だが、俺は内心で不敵に口角を吊り上げた。


 いずれにせよ、今の俺にはどうでもいいことだ。

 なにせ、俺の異空間収納(アイテムボックス)に眠る所持金は、とうの昔に上限到達(カンスト)している。

 ゲームに、2万時間という途方もない歳月を費やしてきたんだ。金は有り余るほどある。


 俺は門番の侮るような視線を正面から受け流し、異空間収納(アイテムボックス)から120万エルの金貨が詰まった革袋を無造作に取り出した。

 そして、それを門番の手に、重厚な音を立てて預けた。


「四人分の120万エル。……これで通れますよね?」

「……っ!? あ、ああ……確かにな」


 黄金の輝きと重みに、門番の表情が一瞬で卑屈な笑みに変わった。

 男がガツガツと金貨を数え始めたのを横目に、俺は門番に一瞥もくれず、仲間に目配せして門へと向かった。


 ――その、すれ違いざまだった。


「――おい、待て。そこの男」


 横の詰め所から出てきた別の門番が鋭い声を上げた。

 俺がわずかに肩越しに振り返ると、男の視線は俺の顔ではなく、俺のコートの『背中』に釘付けになっていた。


「おい、相棒……見ろ。あのコートの背中だ」


 金貨を数えていた門番が、相棒に促されて俺の背中を覗き込む。

 そこに刻まれた、真紅の生地に浮き出るような【生殺与奪】の四文字。


「……っ、生殺与奪、だと?」


 背後に流れる空気が、静電気を帯びたようにチリチリと張り詰めるのを肌で感じた。

 カチリ、と硬い音が鳴り、二人の手が反射的に腰の剣の(つか)へと伸びる。

 だが、金貨を握っている門番は、その袋の重みを思い出すようにして、下卑(げび)た笑いを顔に張り付かせた。


「……ふん。物騒な看板を背負ってやがるが、こいつはきちんと通行料を払った。……通してやれ」


 抜きかけた剣を鞘に戻し、男は手のひらを返したように道を開けた。

 背中に突き刺さるような視線を置き去りにして、俺たちは石畳の都へと足を踏み入れた。


 ◇


 門をくぐった瞬間、俺の網膜を刺したのは、かつての記憶を根底から覆すような極彩色の奔流だった。


「うっわ、マジヤバっ! 噂には聞いてたけど、この街の景色パないねぇ〜!」


 隣でユニィがのんきに感嘆の声を上げているが、俺はそれどころではない。

 視界を埋め尽くす極彩色の奔流に、ただただ立ち尽くし、言葉を失うほどに驚愕していた。


 ゲーム内でのキニチは『白色の外壁にオレンジの屋根』で統一された、いかにもファンタジーチックな街並みだった。だが、目に飛び込んできたのは、暴力的なまでの極彩色だ。

 鮮やかなコバルトブルー、燃えるようなマゼンタ、毒々しいまでのイエロー。

 この美しさは、果たして繁栄の証なのか。それとも、腐敗を隠すための化粧なのか。


 地理、アイテム、魔法の法則などは『ミソロジーワールド』とほぼ同一だが、どうやら世界観そのものは、俺の知っているものとは違っているようだ。

 やはり、この世界は『ミソロジーワールド』とは別物の世界だと思ったほうが良いだろう。その手がかりを得られただけでも、キニチに来た甲斐があった。


 しかし、ゲームの時とは違ってやけに広いな。だからなのか、街の中を馬車で移動している人までいる。さすがは一国の首都。

 もうすぐ日も落ちるだろうし、まずは宿探しだ。


 適当に街中を散策していると、三階建ての宿屋を発見した。


「ジズゥ、すまんが宿泊料と空き部屋があるか聞いてきてくれ」

「かしこまりました」


 そう言って、ジズゥが宿に入る。少しすると、彼が戻ってきた。


「一泊いくらだった?」

「10万エルだそうです」

「普通の部屋でか!?」

「はい」


 スイートルームでもない、ただの普通の部屋で10万エル……。


(いくらなんでも法外ではないか? それとも、この宿がたまたま高級志向なのか?)


 外観や内装はどう贔屓目に見ても、普通程度にしか見えないのだが。

 しかし、情報が足りない現状で早計な判断を下すのは愚策。他の宿の料金も確認し、まずは相場を探る必要があるか。


 再び街中を歩き、いくつか宿を巡って聞き込みを行った結果、一つの事実が判明した。

 二軒目は11万エル。三軒目は10万エル。どうやら、この首都においては『一泊10万エル前後』が妥当な相場であるらしい。


 最初の提示額が不当な料金ではないと分かれば、これ以上探し回るのも無駄な労力だ。俺は無用な徒労を切り捨てるため、最後に立ち寄った三軒目の宿に泊まることにした。


 ――待てよ。

 宿泊するのは良いが、さすがに年頃のユニィを男と同じ部屋で寝かせるのはまずいか?

 そこで部屋割りを、男部屋と女子部屋の二部屋に分けることにした。


「よし、今日の寝床は確保したし、晩飯でも食べに行くか!」

「はぁい!」


 適当に街を散策していると、赤提灯がぶら下がっている『焼き鳥屋』みたいな大衆飯屋を発見した。


「ここにするか?」

「了解っす!」


 古びた木戸を押し開け、中へと足を踏み入れる。

 店内には四人掛けのテーブルがいくつか並び、年季の入ったカウンター席の奥からは、香ばしく焦げた肉の串焼きと、タレの匂いが充満していた。

 満席というわけではないが、客の入りは悪くない。ここは当たりの店らしい。


 中へ進むと、兎の耳をした獣人の娘に『こちらの席へどうぞ』と案内された。

 促されるまま席に着き、卓上に置かれた品書きへと目を通す。


(……ビールが一杯三千エル、串焼きが一本五百エル、だと?)


 大衆向けに見える店構えに反して、高級店並みの価格設定だ。通行料や先ほどの宿代でも薄々感じてはいたが、やはりこの首都の物価は異常に高いらしい。


 ――だが、ここで出費を惜しんでは主君としての威厳に関わる。こういう時こそ、気前よく振る舞うのが上の者の務めだろう。


「遠慮はいらない。好きなものを頼んでくれ」

「やったぁ!」


 注文が決まると、ジズゥが店員を呼びオーダーを通す。すると、すぐに人数分の冷えたビールが届いた。

 全員がグラスを持ったところで、ルティが口を開く。


「ユリウス様。乾杯の音頭ばお願いしますばい!」

「……わかった」


(乾杯の音頭か! これは絶好の好機じゃないのか!?)


 三国志という物語を知る者ならば、誰もが一度は夢見る()()()()()。共に戦う仲間と杯を交わす、あの胸熱な真似事ができる良い機会だ。

 俺は内心の高揚を顔に出さぬよう、あくまで静かに、そして重々しく、ビールが満たされたジョッキを高く掲げた。


「我ら四人、生まれし日は違えど――死す時は同年、同月、同日であることを願わん」


 静まり返った卓の空気に、俺はニヤリと笑みを深め、ジョッキを前に突き出した。


「――乾杯」

「「「「乾杯!!!」」」

「なんすかその音頭!? バリカッコよかっすねっ!」


 ヤンキー気質のルティに、桃園の誓いのフレーズが刺さったようだ。

 乾杯の音頭が終わると、俺たちはワイワイと談笑しながらメシを食った。


 気づけば、二時間が経っていた。腹も膨れたし、そろそろお開きだな。


「ぼちぼち宿に戻るか」


 会計を済ませ、俺たちは宿に向かった。

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