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赫い配達人  作者: 村雨志柳
第一章 配達人と少年
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第3話 〈赫い配達人〉の伝説


 店内は三時を回っていたにも関わらず、なかなかの盛況ぶりだった。たまたま会計を済ませたばかりの老夫婦と入れ替わりで、入り口近くのテーブルを確保できたのは幸運だったと言える。先程囲まれた団体の観光客といい、今日はやたらと街中に人が多い。

 少々疲れの見え始めた――恐らくは店主であろう年配の男が、注文を取りに来た。だが店主は汚れた上にぼろぼろの服を着た少年が、自分の店の中に入り込んでいる事がどうにも気になるらしい。俺がメニューを確認する間も、注文する時も、無遠慮な視線をずっとシリウスに投げかけていた。恐らく〝知り合いの振りをした食い逃げ坊主〟や〝もしや人買いか〟といった、よろしくない想像が彼の脳内を駆け巡っている事だろう。

「旦那、この坊主は……?」

 我慢出来なかったのか、好奇心が勝ったのか。踵を返す直前、店主はついに怪訝な顔のまま聞いてきた。

「私の連れです。ではよろしく」

 ――何か問題が? と、にっこり笑って撤退を促すと、店主は存外素直に厨房の方へと戻って行った。とにかく俺から支払いは受け取れそうだ、と踏んだのかもしれない。


 注文の品を待ちながら少し話をしたが、驚いたのは彼の十七歳という年齢だった。小柄な上に華奢なので、もう少し下だと思っていたのだが。恐らくまともな食事が、久しく出来ていなかったのだろう。だが配達の仕事は体が資本だ。馬車や馬が入れない、山道を行かねばならない時もある。これから栄養のあるものをしっかり食べて、まず基礎体力をつけて貰おう。

 そしてもう一つ、俺がどうしても気になっている点があった。シリウスの首には、日焼けが薄くムラになっている部分があり、それがぐるりと一周しているのだ。おまけにその形に沿うように、無数の細かい傷を負った跡がある。――まるで首輪でもつけていたかのように。襟元がそんな形だったのなら問題はないが、傷がどうにも引っ掛かる。

「……その、……配達人ってどんな事をするんだ? 何か運ぶんだよな?」

 本当は首の妙な日焼け跡について聞きたかったが、シリウスが仕事の内容に興味を持ってくれたのは良い兆候だ。今から根掘り葉掘り聞き過ぎて、警戒されてしまっては元も子もない。この機会を逃さず、ここは簡易的な説明をしておく事にした。

「基本的には、依頼主から預かった手紙や荷物の運搬だね。この腕輪みたいな魔道具で、重いものを軽くしたり、大きい物を小さくしたりして運ぶ事もある。届け先が遠くの国だったり、貴重な品だったりした場合は、特別料金が追加で貰える」

「……給料って、どれくらい出るんだ?」

 うん、そこは当然気になるよな。

「一ヶ月制で、基本が金貨二十枚。さっきの特別手当以外だと、届け先によっては危険手当が出る。まぁそれは、クラスがもっと上になってからの話だけど」

 給料を聞いてびっくりしたようだったが、こんな生活をしていたんだ、無理もない。賑やかな店内での説明だったが、シリウスは静かに耳を傾けてくれている。この際丁度良いから、ある程度階級のしくみについても話しておく。

「配達人はAからE、五つのクラスで分けられているんだ。始めたばかりの頃は見習いの〈クラスE〉。次の年からは自動的に〈クラスD〉。クラスEとDは、必ずクラスC以上の者とバディを組む事が、仕事をする必須条件なんだ。三年経つと〈クラスC〉の試験を受ける資格を得られる。ここから一人で仕事が出来るようになるよ。その上はB、一番上がAだ。腕章の色を見れば、その人のクラスが解る」

 シリウスが何か質問しようとしたその時、店主が盆に乗せられた食事を運んで来た。テーブルに二人分のパンと、湯気を立てるじゃがいもと鶏肉のスープが乗せられると、シリウスが思わずごくりと喉を鳴らした。

 先程メニューを渡そうとしたら「おっさんと同じものでいい」と言われたのでメインをスープにしたが、それにはちょっと理由がある。

「ゆっくり食べていいから。急に食べ物を沢山かき込むと、体がびっくりして――」

「吐くんだろ。わかってる」

 ――知っていたのか。という事は、経験済みか。

 この子の体の細さは、一朝一夕で出来たものではない。碌な食事も摂れずに長い時が経つと、胃が小さくなり機能も衰える。そんな状態で急に消化の悪い肉の塊などを大量に食べてしまうと、体が拒否反応を示し、吐き戻してしまう事がある。それを避ける為に、出来るだけ胃に優しい品を選んだ上で、本人に忠告したのだが。……久しぶりの食料を腹に詰め込んだ後、一人苦しんだのかと思うと胸が痛む。

「今日はここで泊まって、明日の朝出発するからね。あとは宿を決めればいいだけだから、時間は気にしなくていいよ」

「……泊まるトコ、決めてねぇのか? 大丈夫か?」

「今日は妙に人が多いけど、まだなんとかなると思うよ。まだ夕刻前だし――」

「明日から、何かの祭りがあるってあいつらが言ってた。カモがいっぱいわざわざ来るから、ありがてぇって」

 ――祭り?

「初めてやるんだって聞いた。えっと、確か茶がどうとかって――」

 何だっけ。確か〈世界の茶の飲み比べ〉だったか。ネストカは山岳国だし、名水で有名だからな。そういえば、情報紙にそんな内容が載っていた気がする。最近は本部でおちおち座っている事も出来ないから、斜め見くらいしか出来ていなかった事が悔やまれる。もしやさっきの団体観光客も、それが目当てか。

「いつもより人が多いとは思っていたんだけど。まぁ、俺たち配達人には裏技があるから。なんとかなるさ」

 俺の言葉に安心したのか、シリウスがもぐもぐパンを食べながら、こくりと頷いた。

 暫し二人で腹を満たす事に集中し、美味い飯の有難みを噛み締める。俺の分の皿が全て空になった頃、少し離れた斜め後ろのテーブル客が、立ち上がる気配がした。

「じゃ、オヤジさん、ここに置いておくよ!」

 聞き覚えのあり過ぎる声に、思わず振り返る。

「ウィル?」

「……えっ、ミカド?! ミカドじゃないか!! 久し振り!」

 今は情報紙の会社にいるが、ウィルは〈鳥籠〉の元配達人だ。気さくで明るく人懐こい性格で、遠方の仕事を好んで受けていた程、昔から細身だが体力があった。

「相変わらず飛び回ってるな。今日も情報集めだろう? たまにはゆっくり骨休めもしないと、保たないぞ」

「それをミカドに言われてもなぁ。……で、そっちはどうなんだ? まだアリスに、バディの件で付き纏われてるのか?」

 ぴたりと一瞬、残り少ないパンをちぎっていたシリウスの手が止まった。

「その件はお陰様で、やっと解決しそうだよ」

「解決、って……」

 ウィルは俺の目線を辿って、すぐさま向き合った席に座る少年に気付いた。

「おい、まさか。見つかったのか?!」

 喜色を浮かべて問うてきた友人に、俺は小さく頷く。

「良い男の子が見つかって有難いよ」

「探した甲斐があったじゃないか! もしかして、これから鳥籠に戻って登録か?」

「いや、今日はここ泊まりだよ。夜に諸々連絡して、明日の朝出発予定だ。これから宿探しさ」

「だったら、これ使えよ。この裏の通りに宿を取ってたけど、思わぬデカいネタを掴んでな。今日最終の〈幻燈馬車〉で、一旦戻る事にしたんだ。うちの会社が契約してる所で、これを見せたら泊まれるようになってるから。宿のオヤジには後でオレから声をかけておくよ。」

 そう言って、ウィルは出版社の名前が書かれた紙を手渡してきた。予定外の事が重なったこんな時だ。礼を言って、ありがたく好意を受け取る。

「そうだ、いい機会だし……ちょっといいか」

 不意に俺と肩を組むと、顔を寄せたウィルが小声になった。

「例の〈(あか)い配達人〉だが。最近配達途中でそれっぽい奴を見たり、噂を聞いたりしてないか?」

「――いや、無いね。残念ながら」

 ――嘘はついていない。

 突然の質問だったから、一瞬変な間を置いてしまったが。

「〈赫い配達人〉って、何だ?」

 腰のあたりから、静かな問いが放たれた。大人二人が思わず見下ろすと、ようやく食べ終えたらしいシリウスの瞳が、じっとこちらを見上げている。

「五年前に一度だけ現れた、伝説の配達人さ」

 ウィルが目線で『オレが話すけど、いいな?』と伝えてきた。

「その日たまたま、夜釣りに出かけていたとある村のオヤジが目撃者でね。『全身真っ赤に輝く男』が、少し離れた岩場を、風のように走り抜けて行ったそうだ。肝を冷やしたオヤジは釣り道具を放り出して、息も絶え絶えに村に帰ったらしい。後に『腕に腕章らしきもの』と『背中に何か背負っているように見えた』と話していたのが、行商人たちの噂話から広まってな。その特徴から、いつしか奴は〈赫い配達人〉と呼ばれるようになったんだ」

「……そいつ、本当に人なのか?」

「わからない。魔族じゃないかという人もいる。男ってのも、そのオヤジが『上背もあったし、男に見えた。女の体つきじゃなかった』と言っていただけだからな。奴はそこから目撃者が一切出ていないんだ。噂が出て調べに行くと、〝誰かから聞いた〟って話で、信憑性がないものばかり。また現れてくれたら、うちの情報紙の売り上げでも一、二を争う記事になる事請け合いなんだが」

 ――すまん、ウィル。恐らくそいつは二度と現れない可能性が高いんだ。

『全身真っ赤に輝く男』――少し距離があったから、そう見えたのだろう。もっと近くにいたら、『全身が燃えている男』と言った筈だ。何故ならあの時、俺は炎を体中に纏ったまま山中を疾走していたのだから。


 五大精霊の中でも最も強力な力を持つと言われる、火の精霊〈火生(かしょう)〉の父と、人間の母の間に産まれた〈(ほむら)〉。

 それが、俺のもう一つの顔だった。


 〈焔〉への変化は〝怒り〟の感情が引き金となる。

 幼い頃、初めて変化した俺を見た養父はすぐ、剣士としての鍛錬を俺に課した。今思えば、徹底して〝心の平静を保つ〟術を教える為だったのだろう。だがそのお陰でその後、変化する程の怒りの感情に、振り回されるような事はほぼ無かった。

 あの時俺は、野盗に襲われ瀕死の重傷を負った仲間の替わりに、約束の時刻が迫っていた荷を届ける事で、頭が一杯だった。ところが血に染まった悲惨な仲間の姿を見て、激高したまま残党と一戦交えた事により、変化した姿がなかなか元に戻らない。やむなく人気のない山道を移動したのに、まさか夜釣りのオヤジに見られていたとは。後から噂でこの話を聞いた時は、背中に変な汗をかいた。

「……という訳で、少年! もしそんな奴を見かけたら、この敏腕記者ウィルさんに必ず伝えてくれ。良いネタには謝礼もあるし、ネタ元は絶対秘密にするのが我が社の方針だ。心配はいらないぞ」

 はっと我に返った俺の横で、シリウスに音がしそうな勢いで片目を瞑ると、ウィルは荷物を背負い直した。

「さて、行くか。いいネタを手に入れたし、何より懐かしい顔に会えた。良い日になったよ、ありがとうな」

「それはこっちの台詞だよ。気を付けてな」

 シリウスの横を通り過ぎる時、ウィルは柔らかい顔で足を止めた。

「……なぁ、少年。君は幸運だ。こんなバディ、滅多にいるものじゃないんだよ。ミカドについて行けば、きっと凄く良い未来が待ってるぞ。オレが保証する」

 頑張れよ! と最後に告げて、友人の姿は外の陽光の中に消えて行った。

「……そんな御大層な人間じゃないんだが」

 ウィルのことだ、最後の言葉はシリウスだけじゃなく、俺にも贈ってくれたのだろう。何か別の良いネタでも手に入れたら、教えてやるとするか。


 そろそろ店を出よう、と荷物を椅子に乗せて確認していたら、ウィルと入れ違いに店に入って来た若い男女の集団が、シリウスに目を止めた。横を通りすがりにクスクス笑いながら、少女達は小声で囁き合っている。その隣では鼻をつまみ、しかめ面を作って「ねぇ、何の臭い?」とわざと大声で独り言を呟く若者もいた。

 当のシリウスは、彼等の言動を静観した後、ゆっくりと立ち上がった。〝いつものこと〟とその横顔が語っている。

 しかし、明日共に行こうとしている隣国ティエンファルーラは、別名〈学都〉と呼ばれる事もある国だ。各種学び舎が建ち並び、市内は若い学生達で満ちている。こんな狭い店の中ですらこれなのだ、このままでは向こうで角を曲がる都度、似たような事が起きかねない。

 どうせ今晩は風呂に入って貰うのだし、身綺麗になったついでに、せめて少しでも服装を整えてやりたい。

 人に揶揄される事に慣れてしまう、そんな生活をこれ以上この子にさせたくなかった。

 支払いを済ませ外に出ると、教会の鐘が四回、湿度を含む風に乗って鳴り響くのが聞こえた。

「シリウス、ちょっと買い物に付き合ってくれるかい?」

「あぁ」

 ところが、歩き始めてすぐ異変に気付いた。通りに並ぶ多くの店が、なんと鐘の音が合図だったかのように、戸締まりを始めたのだ。

「すみません、この辺りではこの時間にもう店を閉めるんですか?」

 すぐ近くで店の前を掃除していた店主をつかまえ、慌てて聞き込む。

「あぁ、今日は特別なんです。明日からの祭りの準備をする為に、食事をする店以外は皆、早仕舞いだと思いますよ。」

 聞いている間も、そこかしこで窓や扉を閉める音がし始めた。

 これはまずい。

「ごめん、ちょっと急がなきゃならないみたいだ!」

 驚いて瞳を丸くした少年の腕を引き、俺は手近な服屋に文字通り飛び込んだ。



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