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ヒュール  作者: グラム
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第5話 ヴルファガズ山

白峰山脈の麓にそびえるヴルファガズ山。

 その周囲には数多くの村々が点在していた。

 最大の理由は、少し南に広がる銀鉱山である。

 およそ一世紀前、《ガルラ》と大平原諸国との長き戦争を引き起こした、まさにその鉱脈だった。

 季節がいつであろうと、この地を寒気が離れることはない。

 標高の高さゆえ、冷気は一年を通して山肌を覆い続ける。

 盗賊が根城に選ぶには奇妙な土地だった。

 普通なら、もっと低い丘陵か、草原沿いの森へ身を潜めるものだ。

 しかし彼らは違った。

 街道への襲撃は日に日に増え、ついにはロード・ベリンが所有する銀山の一つまで略奪した。

 老領主の堪忍袋の緒は、そこでとうとう切れた。

 夏の終わり。

 彼は次男カイン・ベリンへ討伐を命じる。

 率いる兵は、重騎兵百騎、重装兵二百、軽装兵四百。

 十分すぎる戦力だった。

 ――帰還したのは、たった一騎。

 カインの近衛にして副官。

 それに従う七人の重装兵と、領主から武器を与えられた農兵二人。

 副官が両手に抱えていたのは、主君の敗北そのものだった。

 大平原式の兜。

 カイン・ベリンが身につけていたものだ。

 その姿を見たロード・ベリンは深い悲嘆に沈み、自ら塔へ閉じこもった。

 以来、彼は誰の前にも姿を現していない。

 領地の政務は、長男ディーデリク・ベリンが代わりに執り行うこととなった。

 この悲劇を好機と見たのは、《ガルラ》国王ハーコン二世である。

 彼は弟――ロード・ハルヤへ勅書を送った。

 銀の王印を用い、五千の兵を招集し、ヴルファガズへ築かれた盗賊たちの砦を討て、と。

 王家の威信を諸侯へ示すには、願ってもない機会だった。

________________________________________

 スヴァルトラズブルク領主ハルヤが率いた軍勢は、人数以上に質で名高かった。

 先鋒を務めるのは二百名の《竜槍兵》。

 王国最精鋭と謳われる歩兵部隊である。

 彼らは徒歩で戦う。

 南方に見られる騎士中心の戦い方とは対照的だった。

 北方半島は岩山と急峻な山岳に覆われている。

 その地形では、騎兵より歩兵の方がはるかに力を発揮した。

 残る兵の多くは、各領主が徴募し武装させた農兵である。

 さらに前衛を支えるように、およそ百名ずつから成る弓兵隊が三隊配置されていた。

________________________________________

 夕暮れが山々を飲み込み始めた頃。

 斥候隊が、敵砦らしきものを視認した。

 三人。

 その中でも先頭を進む男が隊長なのだろう。

 二十五歳ほどに見える、少し年嵩の男だった。

 漆を幾重にも塗り重ねた革製の札甲。

 首元には、枯葉色の羽根飾りをあしらった肩掛け。

 三人とも同じ装いで、羽飾りは首から肘近くまで垂れている。

 不意に先頭の男が拳を掲げた。

 三騎は同時に停止する。

 続いて、人差し指と中指を地面へ向ける合図。

 全員が無言で馬を降りた。

「馬を頼む、ネイク。

 俺とヴァラーで、あの灯りを見てくる。」

 そう言ってウルフは、もっとも古参の部下へ手綱を渡した。

 返事は短い頷きだけだった。

「灯り……ですか?」

 新人のヴァラーが首を傾げる。

「月明かり以外、何も見えませんが。」

「歩けば分かる。」

 ウルフはそれだけ答えた。

________________________________________

 百メートルも進まないうちに、その言葉は証明された。

 森が深まるにつれ、木々の隙間から小さな光が一つ、また一つと姿を現していく。

 同時に、水の流れる音も徐々に大きくなっていった。

 やがて視界が開ける。

 そこには急峻な丘。

 土地の者たちがヴルファガズと呼ぶ場所だった。

 かつて狼の毛皮をまとい、顎骨まで残したまま被っていたという古代部族に由来する名である。

 丘全体が、無数の篝火によって照らされていた。

 背後には川。

 天然の要害となり右翼を守っている。

 左翼には二段高く築かれた陣地。

 盾が並び、その背後には矢壺が積み上げられていた。

 細い丸太を何本も地面へ打ち込み、それらを編み合わせた柵。

 槍や矢を通しながら、敵兵だけを阻む構造になっている。

「見張りは二百ほどか……。

 もっと多いと思っていた。」

 ヴァラーが呟く。

 ウルフは静かに首を振った。

「二百なわけがない。

 夜通し全軍を見張りに立たせる馬鹿はいない。」

「じゃあ……頂上ですか?」

「何もありませんよ?」

「本当にそう見えるか?」

 ウルフは丘の頂を指差した。

「あそこだけ、不自然に黒い影になっている。」

 ヴァラーは目を凝らす。

 言われてみれば、確かに奇妙な輪郭だった。

「まさか……」

「砦だ。」

 ウルフは断言する。

「俺の目をごまかせると思ったか。

 ハルヤ軍の斥候を甘く見るな。」

「そ、それじゃ……本当に砦を築いたんですか?」

「静かに。」

 低く言い放つ。

「敵にも斥候はいる。

 こちらの足音くらい聞き取れるだろう。」

 ヴァラーは慌てて口を押さえた。

「申し訳ありません……。

 こんな短期間で砦を築けるとは思いませんでした。

 どうせ木柵程度だと……。」

 ウルフは険しい表情で首を振る。

「いや。」

「高すぎる。」

「あれが木だけなら、壁を斜めにする必要はない。」

 しばらく観察を続けたあと、小さく舌打ちする。

「……土と藁だ。」

「石と砂、粘土、それに石灰で土台を固めている。」

「つまり、本格的な土砦か。」

 ヴァラーは息を呑む。

「そんなもの……工兵でもいなければ築けません。」

「つまり敵には軍事技術者が?」

 ウルフは静かに答えた。

「そうであってくれた方が、まだ救いがある。」

「え?」

「工兵でありながら名将でもある相手ほど厄介なものはない。」

 その声は低く重かった。

「特に、自分で砦まで築くような男ならな。」

 彼は踵を返す。

「戻るぞ。」

「この距離なら、向こうの斥候も動いている頃だ。」


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