第26話: あの存在
「――本気で、全部あんなことをした後で、よくもここに顔を出せたな、このクソ野郎が!」
その場で繰り広げられる光景を見るため、一群の人々が集まっていた。
その中には、手綱を引いて馬を連れたリアムの姿もあった。
そこは村の中でも特に離れた区域だった。大きな農場や畑に近い家々が集まっている場所である。
そして、すべての注目を集めていたのは――他でもない、マリアだった。
彼女は弓を構え、矢を番えたまま、淡い髪の少年より少し年上の男へ向けている。
その男は、波打つ髪の少女を見て病的な笑みを浮かべていた。
まるで、彼女が怒りを露わにすることそのものを楽しんでいるかのようだった。
背は高く、細長い身体つきをしている。
腕や脚を動かしながら少女の周囲を回ろうとしているだけにもかかわらず、その目には相手を値踏みするような光が浮かんでいた。
髪は茶色で後ろへ撫でつけられ、顔は細い。
その瞳は、イカの墨のように真っ黒だった。
長い鼻を絶えずすすり、舌を外へ出したがるような癖がある。
唇の内側を、まるで同時に二つの場所で動かすかのように蠢かせていた。
「落ち着けよ、リザ。まさか、また俺の顔を見ただけで、ここまで怒るとは思わなかった。前に会った時から、ほとんど成長してないじゃないか」
話している間も、彼は舌を見せずにはいられなかった。
その舌は中央から裂けており、まるで蛇のように「S」の音を引き伸ばして発音する、異様な男だった。
「黙れ! もう二度と、あんたみたいな汚らわしい口で私の妹の名前を呼ばせない!」
「妹? ああ、お前はエリザベスじゃないのか……」
「黙れって言ってるでしょう!」
張り詰めた弦から矢を放とうとした瞬間、マリアの腕をリアムが掴んだ。
少女は歯を食いしばり、憎悪に満ちた目をしていた。
いつもの無表情とは、まるで別人だった。
「もういい、マリア。行こう。ビアには僕たちが必要なんだ」
少年は低い声でそう言った。
だが、その男へ向けられた憎悪の表情だけは消さなかった。
「彼の言うことを聞いたほうがいいぞ、マリア。俺はもう追放者じゃない。今は他の村人と同じ、正式な村民だ。俺を殺せばどうなるか、お前もよく知っているだろう?」
少女は、いまだに弓を下ろせなかった。
矢を放てないのは、リアムに止められているからだ。
それでも身体そのものが、外からの命令を拒絶していた。
男が口を開いて何かを言うたび、彼女の中にある憎悪だけがさらに膨れ上がっていく。
「マリア!」
あらゆるものを振り切るようにして、少女はようやく弓を下ろした。
それを見て状況が収まったと判断したリアムも、彼女の腕から手を離す。
「行こう」
それだけを言い、マリアは自分たちを見つめる人々に背を向けた。
そして馬へ跨る。
リアムも同じように馬へ乗り、手綱を取ると、その場を後にした。
二人が人々から十分に離れたところで、少年は再び口を開いた。
「この話は後でいい。大丈夫か?」
マリアは無言で頷いた。
「よし。ところで、アエルフェルドは一緒なのか?」
「やっと迎えに来てくれた。もう寂しくなってたんだから」
どうやら、小さなエルフは今までずっと、少女が肩に掛けていた黒い革の外套の下に隠れていたらしい。
「どうやら、道中で仲直りはできなかったみたいだな」
「ちゃんと仲直りしたよ」
「じゃあ、どうして僕に文句を言うんだ?」
「あなたが、自分が何をしたのか分からなくて困った顔をするのを見るのが好きなの」
アエルフェルドは小さく嘲るような笑い声を漏らした。
リアムは黙っていた。
ここで不満を漏らしたり、彼女の頭を軽く小突いたりすれば、必要なことを手伝ってくれなくなるかもしれない。
「もう出てきてもいいぞ。ここまで来る人はほとんどいない。だから、誰かに見られることもない」
「どうしてそんなことが分かるのよ!? 私が人間に見つかったらどうなるか、よく知ってるでしょう!」
「マリア、本当に道中で恐ろしいことを色々吹き込んだんだろうな。いかにも彼女らしい」
「ほら、あそこに家が見えるだろ?」
リアムはヘルマンの鍛冶場を指差した。
「ここから先は、誰も来ない。そもそも、この先にあるのは僕たちの家だけだからな」
「僕たちの?」
「そう。僕たちの家だ。あの牢から逃げた時、お前にもここで一緒に暮らそうって言っただろ」
「ああ、そうだった。でも、よく考えたら、逃げる必要があったのはあなたのほうでしょう? 私が手伝ったから逃げられたんだし」
彼女は皮肉めいた口調で言った。
だが、その顔には嬉しさが隠しきれずに浮かんでいた。
一方、家の中では、ベアトリスが再び手術台へ寝かされていた。
もっとも、そこにいる者たちは、リアムが部屋を出る時に口にしたことへ、それほど期待してはいなかった。
薬の第一段階もすでに完成していた。
金は非常に柔らかい金属だったため、鍛冶屋が古い首飾りを、本に記された寸法通りの針へ加工するのに、それほど時間はかからなかった。
血管を貫けるほど細く、それでいて破裂させない程度の針だった。
「本当に、あいつが言っていたことは本当だと思う? それとも、あの知らせで頭がおかしくなったのかしら、アルベルト?」
マリアが尋ねた。
「人間をそこまで見極めるのは得意じゃない。だから、俺にはさっぱり分からん。疑うなら、本当に気が狂ったのかもしれないな」
「誰か私のこと呼んだ!?」
勢いよく扉が開いた。
アエルフェルドが飛び込んできたのである。
実のところ、これは彼女自身がリアムに頼んだことだった。
理由はただ一つ。
「華麗な登場」が必要だったから。
「人間たちは信用できるって言った途端、怖がらなくなったな」
誰一人として言葉を発することができなかった。
ヘルマンでさえ、目の前の光景に顎を落としていた。
あまりの驚きに、アルベルトの顎が仮面の下から覗いているほどだった。
ヴィオレットに至っては床に倒れている。
完全に気絶したわけではない。
ただ、身体が後ろへ投げ出され、そのまま起き上がろうともしなかった。
「正直、もっと違う反応を期待してたんだけどな」
「こんなのと違う反応をする人なんて、いないと思うけど」
マリアが言った。
「最初に私へ矢を射った人が言う?」
「もう干し肉をあげて謝ったでしょう」
「どうして俺は、お前が胃袋で買収されたことに驚かないんだろうな」
「リアム、この飛んでるのは何?」
エリザベスが怯えた様子でエルフを指差した。
「『これ』って呼ばなくてもいいのに……」
「彼女は誰?」
「まずはみんなに紹介したほうがいいな。みんな、この子はアエルフェルド。僕が本を探している途中で出会って、互いに助け合ったんだ」
リアムは一人ずつ紹介していった。
もっとも、細かな説明は必要なかった。
帰路の間に、皆についての話は嫌というほどしていたのだから。
「こっちはヘルマン。僕の雇い主で、師匠でもある」
全員の反応は、相変わらずほとんど変わらなかった。
「こっちはエリザベス。僕の――」
「初めまして!」
赤髪の少女がエルフへ向かって頭を下げた。
「こっちはアルベルト」
「変な仮面を着けてるって、リアムが言ってたわ」
「身体の手足が普通より長いっていう話も聞いてたけど……不気味ね」
「何か言ってくれ、アルベルト」
リアムが医師の背中を軽く叩いた。
「は、はい! えっと……初めまして、アエルフェルド」
「私のこと怖がってるの!?」
彼女は笑いながら、カラスの頭蓋骨を模した仮面を指でつつき始めた。
実際、その判断は間違っていなかった。
アルベルトは本当に彼女を怖がっていた。
「あそこで倒れてるのがヴィオレット。まあ……たぶん気絶してる」
「人を起こすいい方法を知ってるよ」
「その方法って……」
「ひひひ」
アエルフェルドは床に倒れている少女の額へ飛んでいき、その上へ腰を下ろした。
そして、じっと彼女の顔を見つめる。
「おい、僕はそれは――」
マリアの言葉は、紫髪の少女が上げた絶叫によって遮られた。
それでもヴィオレットは動かなかった。
ただ、必死に叫び続けている。
「私、嫌われたみたい」
「彼女みたいにあれだけ懐疑的な人間が、魔法の生き物の存在を認めるんだ。そりゃ大きな衝撃だろうな」
「あと一人、紹介しないといけない人がいると思うんだけど……あの子が誰なのかは、言わなくても分かるよね。リアムにすごく似てる」
「僕たちは母さんに似たんだ。特に顔と髪はな」
「治療師!」
「私のこと?」
「もちろん、あなたよ。リアムから聞いたんだけど、ベアトリスを治すためにエルフが必要なんでしょう? 私に何ができるの?」
「えっと……必要なものは全部揃ったんだ。ただ、一つだけ足りない。……本には、エルフの翼が必要だと書いてある」
その言葉を聞いた瞬間、少年の中に恐怖が広がった。
妹を救うためには、自分の友を救ってくれた者を犠牲にしなければならない。
そう考えただけで、胃が締めつけられるようだった。
「いいよ」
エルフは答えた。
「アエルフェルド、お前自身が言ったじゃないか。エルフは翼を失ったら、針を失った蜂みたいに死んでしまうって!」
友人が叫んだ。
「分かってる。でも、あの場所を出てからずっと、私が持ってきた大切なものが一つあるの」
彼女は背中から小さな袋を取り出した。
そこに何が入っているのか、リアムはこれまで何度か尋ねていた。
どこから持ってきたのかと聞いた時も、返ってきた答えは曖昧で簡単なものだった。
『ちょっと大切なものよ。あなたが鞄に入れてるような、簡単で役に立つものとかね』
実際、そこには彼女にとって大切なものが入っていた。
細い銀色の紐で結ばれた、小さな袋。
「彼は昔から、人を助けるのが大好きだったの。きっと、あなたの妹の命を救えるなら喜ぶと思う」
「それは……?」
「そう。エルフの翼よ。正確には……一番高い塔で見つけた、私の兄さんの翼」
「エルフの身体は死ぬと消えてしまう。残るのは翼だけで、それもすぐに粉になるの」
「そう。兄さんの遺灰を、綺麗な場所に撒いてあげたいと思ってた。私たちの家族や友達が死んだ場所じゃなくてね。でも、兄さんのことはよく知ってる。子供一人を助けられるなら、きっと喜んで自分を犠牲にすると思う。だから……兄さんの翼を使って」
「本当にいいのか、アエルフェルド?」
リアムが尋ねた。
「うん。お願い。これを使って、あの子の命を救って」
彼女は医師が受け取れるよう、袋を差し出した。
アルベルトはそれを、とても静かに、そして敬意を込めて受け取った。
小さな袋だったにもかかわらず、跪き、両手で受け取った。
「あなたの願い、必ず叶えましょう。アエルフェルド嬢。あなたの兄上は、この世を去った後も、小さなベアトリスを救うことになるでしょう」
エルフは涙を浮かべ、微笑みながら小さく頷いた。
細かく透き通った粉末は、黒く油のような液体へ混ぜられた。
そこには薬草や根だけではなく、熊の脂まで含まれていた。
煮立っていくにつれて、その混合液は次第に薄く、透明になっていく。
まるで冬の氷河から流れ落ちる水のようだった。
金の針は様々な場所へ配置された。
その先端が少女の血管や筋肉へ突き刺さり、固定されている。
少しずつ液体が細い金の針へ垂らされ、針を伝って身体の内部へ流れ込み、肉と血へ混ざっていく。
その頃には、すでに夜が周囲を包み始めていた。
そして彼らは夜通し、薬を投与し続けた。
一人につき、少なくとも三か所を受け持つ。
痛みを示す様子はなかった。
ベアトリスの身体にも苦痛は見られない。
そこにあるのは、ただ静かな安らぎと――奇妙なほどの弛緩だけだった。




