第19話: 西の大遺跡 (第十一部)
二人は再び構えを取った。互いに、この一戦こそが最後の決着になると理解していた。
観衆は静まり返る。
城壁の上から見下ろす者も、回廊のバルコニーから見守る者も、その表情は皆よく似ていた。
期待と不安。
その二つが入り混じっていた。
誰が最初に動いたのか、誰一人として見届けることはできなかった。
ただ、高速でぶつかり合う二つの影だけが目に映る。
磨き上げられた青銅の黄金色と、蒼白い鋼の輝きが入り乱れる中、その攻防を見切れたのは歴戦の戦士たちだけだった。
斬撃は止まらない。
激突するたびに音は重くなり、互いの傷口からさらに血が溢れ出していく。
そして――
ひときわ大きな衝撃音が戦場に響いた。
アルダンが少年の肋骨へ致命の一撃を叩き込もうと踏み込んだ、その瞬間だった。
リアムの渾身の横薙ぎが、彼の腹部へ叩き込まれる。
アルダンは咄嗟に、先ほどリアムが見せた防御を真似た。
剣の腹を盾のように立て、その裏側から前腕で支える。
それでも――完全には防ぎ切れなかった。
二人は絶叫していた。
リアムは最後の一撃へ、己に残されたすべての力を注ぎ込んでいた。
唾液が飛び散り、涙が混じり、血が衣を濡らす。
それほどまでに全身を振り絞っていた。
蒼白い大剣は、アルダンの鱗鎧へ凄まじい勢いで叩き付けられる。
防御しながらなお、彼の身体は吹き飛ばされた。
同時に、アルダンの剣は耐え切れず砕け散る。
刃は無数の破片となって戦場へ降り注いだ。
衝撃は凄まじく、支えにしていた腕ごと吹き飛ばされたアルダンは、剣の柄だけを握ったまま城壁へ激突する。
轟音。
石積みの壁には亀裂が走り、煉瓦が崩れ落ちる。
砂煙の中へ彼の身体は飲み込まれた。
砕けたのは剣だけではない。
腕の肉も抉れ、鎧も原形を失っていた。
辛うじて形を残した鱗板も深く潰れ、残る部分は細かな破片となって地面へ散らばる。
人々は理解できない言葉でざわめいていた。
ある者は何か不吉な相談を交わし、
ある者は泣き叫びながら負傷した長の元へ駆け寄り、
またある者は、その場で膝をつき、リアムへ向かって慈悲を請い始める。
しかし当の本人は、何一つ理解できていなかった。
「……俺が、勝ったのか?」
リアムの傷も決して浅くはない。
巨人との戦い。
そして今日だけで繰り返された数々の死闘。
失った血はあまりにも多かった。
世界が回る。
視界が揺れる。
星座は夜空で一本の白い線へと溶けていき、
やがて何もかもが意味を失う。
瞼は重く閉じ、
冷たい金属が泥濘んだ草地へ落ちる音だけが、最後に耳へ届いた。
――ガラン。
「おい、起きろって! リアム! 起きろ!」
(……うるさい声だ。)
ゆっくりと目を開ける。
そこには見慣れた顔があった。
またしても、小さな妖精が額の上へ腰掛けている。
翡翠色の瞳を金色の髪がくすぐり、その甲高い声が容赦なく耳へ響いた。
ただ今回は――涙は流していなかった。
「正直、もう慣れてきたわ。」
「慣れてきたなら、なんで毎回そんな必死に起こすんだよ?」
「えいっ!」
「いてっ!」
アエルフレドは両目の間を勢いよく踏みつけると、ぷいっと飛び去ってしまう。
頬を膨らませたその姿は、完全に拗ねていた。
(待てよ……。
アエルフレドがここにいるってことは……)
リアムは飛び起き、反射的に右手で剣を探した。
自分は藁で編まれた敷物の上に寝かされている。
毛織りの外套を掛けられ、
荷物は枕代わりにされていた。
周囲には数人の老人が膝をついて座り、
そのさらに奥には、先ほどまで戦場を囲んでいた者たちが壁や柱へ寄り掛かっていた。
誰もが沈んだ表情を浮かべている。
まるで、自分たちの運命をすでに受け入れてしまった者たちのようだった。
「……これは、一体……」
「お前の傷も治療しているところだ。」
しゃがれた声が聞こえた。
アルダンだった。
胸には厚く包帯が巻かれ、顔の半分と右手まで白い布で覆われている。
鎧と武器は、他の装備と共に壁際へ整然と並べられていた。
リアムは思わず目を見開く。
まさかまだ生きているとは思わなかった。
「そんな顔をするな。
あれくらいで俺は死なん。
あれし――」
その途中。
アエルフレドが包帯の上を歩き始める。
炭を片手に、顔へ好き放題落書きを始めた。
「この地獄トンボめ!!
羽を引きちぎって猫だらけの部屋へ閉じ込めてやる!!」
「無理よ。
これからは何をするにも、あなたのご主人様の許可が必要になるんだから。」
妖精は得意げにリアムを見る。
「……なんで急に俺を見るんだ?」
「あなたが、私たちの新しい族長――
『ギフィルム』様だからよ。」
「ギフィルム?」
「『蒼白き髪の男』という意味です。
……そろそろ私の上から降りていただけますか、森の化け物。」
「気を付けろよ、アルダン。
そいつ、本当に血に飢えてるからな。
そのうち本当に殺されるぞ。」
リアムの言葉に、アエルフレドは舌を出してアルダンを挑発する。
「……それより、『新しい族長』って何の話だ?
俺は決闘で勝っただけだぞ。
しかも結構ボロボロになったし。
それに、お前ここで俺の言葉を話せる唯一の人間じゃなかったのか?」
「戦いの最中の小さな嘘くらい、誰が気にする。
……婆さん。
あとは俺たちの掟を説明してやってくれ。
俺はもう少し寝る。」
そう言うや否や、アルダンは本当に再び眠ってしまった。
当然、その瞬間を待っていたアエルフレドが嬉々として炭を握り直す。
「ギフィルム様。
あなた様は、先代大族長マボンリアンの子であるアルダン様の後継者として、統一された新たな部族の長となります。
どうか我らをお導きくださいませ。」
老女は膝をついたまま深く頭を垂れた。
額が雑草へ触れるほどに。
その後ろにいた全員も同じように跪き、声を揃える。
「我らが主よ。
この命は、今よりあなた様のもの。
我らは永遠に、あなた様へ仕えます。」
リアムは困惑していた。
自分が何をしたというのか。
なぜ見ず知らずの相手へ、彼らは命まで差し出そうとしているのか。
「マボンリアンって……
アルダンのお父さんが、お前たちの族長だったのか?」
「はい。
五つの部族から成る連合の大族長でございました。
ですが今では……
三部族の残党だけが生き残っております。」
「残りの二つは?
みんな、どこへ行ったんだ?」
その後ろでは、アエルフレドがリアムの荷物から木炭を取り出し、熟睡中のアルダンの顔へさらに模様を書き足していた。
「南方諸王国との戦争で滅びました。」
老女は静かに答える。
「二つの部族は完全に壊滅し、
現在あなた様へ仕える戦士たちも、その戦で多くを失いました。
生き残った斥候たちの報告によれば、
マボンリアン様は敵軍を丘の上まで追い詰め、
敵は柵と杭で守りを固めて立て籠もったそうです。」
アルダンの顔には、いつの間にか意味不明な紋様がびっしり描かれていた。
包帯にまで及んでいる。
アエルフレドは少しも悪びれる様子がない。
どうせ誰も空を飛んで追い掛けられないことを知っているのだ。
やがて、片脚を失った老兵が群衆の中から歩み出た。
彼はリアムの言葉を十分には理解できなかったため、老女が通訳を務める。
「我らの長は、防御陣地へ正面から突撃させる危険を理解しておられました。
そこで大胆な策を選ばれたのです。
一隊は丘の中腹で敵を監視し、
一隊は木材や枝、枯草を集め、
残る者たちは土を掘りました。
交代しながら作業を続けた結果、
わずかな期間で丘を取り囲む円形の土塁と木柵を築き上げたのです。」
老兵は遠い日を思い出すように目を閉じた。
「包囲は続きました。
敵は一週間も食料が持たないと、我らは信じて疑いませんでした。
しかし彼らは降伏しない。
まるで一粒の大麦すら不足していないかのようでした。
数日が過ぎても、白旗は上がらない。
そしてある日――
周囲から角笛が鳴り響いたのです。
斥候が、敵の援軍到着を知らせました。
誰も援軍など来るとは思っていなかった。
ですがマボンリアン様は評議会と相談の末、さらに賭けへ出られます。
食料をすべて回収し、
狩れる獣も、採れる草も、すべて集めました。
そのうえで急ぎ第二の土塁と木柵を築いたのです。
――我らは、自ら包囲されながらも、敵を包囲し続ける道を選びました。




