第17話: 西の大遺跡 (第九部)
他に手立てはなかった。
リアムは斃したばかりの蛮族の亡骸を盾代わりに担ぎ上げ、そのまま矢の雨へ飛び込む。
二度目の一斉射撃を受け止めた瞬間、死体を胸壁へ投げつけ、その勢いを利用して再び駆け出した。
左右へ蛇行しながら。
ただ一つ願う。
――どうか、あの射手たちの中に腕の立つ者がいないように。
城壁が緩やかに湾曲したところで、ようやく背後から飛来する矢を遮ることができた。
しかし、その先に広がる光景は安堵とは程遠いものだった。
数百人もの戦士が入り乱れ、互いに殺し合っている。
城壁の上では短剣や手斧による一騎討ちが続き、その背後では弓兵や槍投げたちが、眼下の盾の壁へ絶え間なく攻撃を浴びせていた。
両軍はあまりにも密集している。
槍を突き出す隙間すらない。
ただ、相手の身体へ刃をねじ込むためだけに押し合い、潰し合う。
肉と鉄。
木と青銅。
それらが幾重にも積み重なった巨大な壁は、誰かが倒れ、誰かが退くたびに脈打つように揺れ動いた。
怒号は雷鳴にも似ていた。
秋の嵐でさえ、静かな通り雨と思えるほどに。
リアムは止まらない。
立ち塞がる戦士は、そのたびに最小限の一太刀で斬り伏せる。
狙うのは敵の脇を抜けることだけ。
生きようが死のうが構わない。
霧の断崖を越えた先の森まで辿り着ければ、身を隠すことができる。
それだけだった。
気づけば、さらに三人を斬り倒していた。
だが、その勢いも長くは続かない。
城壁は狭い。
そして前方には、四人の蛮族が怒りに顔を歪めながら立ち塞がっていた。
逃げ道はない。
中庭へ下りる階段は彼らの背後だ。
リアムは走りながら静かに重心を落とした。
最後の瞬間、滑り込む。
二人の股下を抜け、その頃には彼らの斧は元いた位置を叩き潰している。
そんな無茶な算段を頭の中で描く。
だが。
相手は四人。
成功する可能性はあまりにも低かった。
リアムは周囲を一瞥する。
ほんのわずかな隙でもいい。
何か使えるものはないか。
そして見つけた。
少し低い位置にある木造の屋根。
先ほどの塔ほど豪華ではない。
だが飛び移るには十分だった。
リアムは速度を緩めない。
四人の蛮族も同時に駆け出す。
彼らには、自殺行為にしか見えなかった。
先頭の男が斧を振り下ろす。
しかし刃が砕いたのは、リアムではなく、彼が踏み切った胸壁だった。
轟音。
屋根が衝撃で崩れ落ちる。
それでも眼下の盾壁は揺るがない。
誰も振り返らない。
誰も助けない。
彼らの世界には敵しか存在していなかった。
――少なくとも。
自分たちの邪魔をされるまでは。
建物の扉が激しく揺れる。
内側から何かが叩きつけている。
どう見ても普通の建物ではない。
倉庫のようでもあり、小さな鍛冶場のようでもある。
壁際には金槌や火箸が並び、革袋には大量の釘が詰め込まれていた。
追ってきた蛮族たちも足を止める。
誰もが扉を見つめていた。
中で何が起きているのか理解できない。
扉は激しく軋む。
何人もの兵が恐る恐る近づく。
それでも、閂代わりの木材を外そうとする者はいない。
そして――。
爆発した。
轟音とともに扉は粉々に砕け散る。
無数の木片と破片が四方八方へ飛び散った。
一人は破片が両目へ突き刺さり、その場へ膝をつく。
両手で顔を押さえながら絶叫した。
別の一人は鼻を貫かれ、さらにもう一人は頬を貫通した木片に血を滴らせている。
その煙の中から。
一頭の漆黒の駿馬が飛び出した。
全身を青銅色の鱗で覆われた、威容ある軍馬だった。
リアムは必死にその背へしがみつく。
鐙へ入った足は片方だけ。
もう一方は鞍の革紐すら踏めない。
膝と脛だけで身体を支え、振り落とされまいと食らいつく。
その馬は巨大だった。
蹄から鞍までだけで、リアムの背丈ほどもある。
鬣は淡い銀灰色。
脚元では厚く波打ち、まるで冬の霜のようだった。
深紅の瞳には感情が宿っている。
だが、それは決して喜びではない。
リアムはようやく姿勢を安定させると、馬上から剣を振るった。
その一撃は凄まじかった。
地上よりも速く。
地上よりも重い。
刃は鎧ごと肉を断ち、骨へ届く。
蛮族たちは次々と退き始めた。
黒き巨馬は雷鳴のような勢いで駆ける。
前方など見ていない。
槍も。
剣も。
人も。
すべて踏み砕く。
四本の脚はまさしく災厄だった。
盾の壁でさえ、それを止めることはできない。
次の瞬間。
戦場全体へ轟音が響き渡る。
その衝撃は城壁を越え、周囲の森まで震わせた。
見守っていた鳥たちは一斉に飛び立つ。
男たちは岩壁へ叩きつけられた。
ある者は、その場で蹄の下敷きとなる。
何十人もの蛮族が築き上げた盾壁は。
たった一騎の突撃によって粉砕された。
六列にも及ぶ隊列が、一瞬で押し潰される。
吹き飛ばされる者。
踏み砕かれる者。
最上級の鎧でさえ耐え切れない。
鎖帷子の輪は引き裂かれ、深くへこんだ胸当ては肉へ食い込み、筋肉と血肉を黒く潰していく。
その瞬間。
蛮族同士の戦は終わった。
誰もが武器を止める。
視線はただ一つ。
黄金にも似た淡い髪をなびかせる、一人の少年へ。
まるで神話から抜け出してきた英雄でも目の当たりにしたかのように。
誰もが息を呑み、その姿を見つめていた。




