Flag3―試験と試練―(13)
盾と拳がぶつかった事により起きた衝撃で砂が舞う。
「……ならば!」
直ぐに拳を引いたショウシは、盾の横から回り込んで拳を繰り出すが、学園長は手を添えて少し体をずらす事でその拳をいなしてしまう。
一切無駄の無い動き。少しでも間違えれば失敗してしまいそうなのに、学園長は物怖じせずにいなし続けている。寒気がするほど美しかった。
「今度はこちらから行かせて貰おう! 我求めしは魔神の腕! 〝サピーナ〟!」
いなした後、距離を取った学園長がそう叫ぶと、学園長の目の前に人の背丈程の魔法陣が浮かび上がる。するとそこから巨大で黒く、ゴツゴツとした禍々しい腕が一本飛び出した。
腕はショウシに向かって真っ直ぐ掴み掛かりにいくも、すんでのところで空を切った。
「危ない……」
「そうには見えないな」
「済まないがこういう顔でな、あまり変わらないんだ」
腕が消えると共にショウシは再び学園長と距離を詰めるために走り出す。
「愛想は必要だぞ? 我求めしは盾! 〝サピーナ〟!」
そうして拳は振り下ろされるが、学園長は今まで同様防ぎきる。するとショウシは更にスピードを上げ、間髪入れずに詰め寄り、拳を何度も突き出した。
対する学園長は拳を躱し、いなし続ける。が、唐突にショウシが足払いを掛けると、対応しきれなかったのか、翔んだ先、空中で体勢を崩してしまった。
「なっ……」
そこへショウシは思いきり右の拳を繰り出す。
「――なんてな。我求めしは暴食の主〝サピーナ〟!」
向かってくる拳に学園長は笑った。
二人の間に巨大な七芒星の魔法陣が浮かぶ。金属が何度も摺り合わさっている様な音が聞こえた瞬間、魔法陣から鋭い歯をびっしりと生やした巨大な芋虫が現れた。
『グギギギギャギギ!』
音なのか鳴き声なのか判断が付かない声を上げて、芋虫はショウシに向かって貪り喰うかのように跳び掛った。
しかしショウシは横に跳び、それを躱す。目標を失った事で、芋虫は勢い余り地面にぶつかってしまい土埃を上げた。
「隙有りだ」
その間に無防備な学園長と距離を詰めたショウシは、土埃を切り裂きながら拳を突き出す。
「どっちがだ?」
しかし学園長は愉快そうに笑う。
その瞬間、彼女の目の前の地面から先程の芋虫が現れ、向かって来るショウシに向かって突っ込んで行った。
「ぐぅ……ぉぉ……!」
芋虫はショウシを食い潰そうとするが水の鎧に阻まれる。しかしそれも万能というわけではない様で、踏ん張り芋虫を受け止めているショウシの体からは所々血が流れていた。
俺が翻弄されていた相手を、遊ぶように、あんなに簡単に追い詰めている。わかっていたけれど、悔しさを堪えられない。
「大丈夫だ。話を聞くために貴様を殺しはせん。まあ、殺してしまって口煩く言われるのが嫌なだけなんだが……何にせよ、終わりだ」
学園長がそう言うと、芋虫の歯は一層強くショウシの体に食い込んでいく。
「終わらない……」
声が微かに聞こえた。
そして突然、ショウシの後ろから黒い靄が発生したかと思うと、靄の中からフードを被った男が現れた。
続け様にフードの男が芋虫へと手を向けるとその袖口から黒い靄が発生し、芋虫を包み込む。
『ギギギギ……』
すると芋虫は歯をショウシから離し、のた打ち回りだしてしまった。
「ムカンか……」
血を流すショウシが息も絶え絶えでそう溢すと、ムカンと呼ばれたフードの男が呟く様に応えた。
「……帰還だ」
「漸くか……」
「では……帰らして貰う……」
ムカンがそう言うと黒い靄がショウシとムカンを包み込み、靄が消えるとそこには誰も居なかった。
「逃げたか…………あっ、怒られる」
学園長が肩を落として表情が暗くなると共に、同じデザインの制服を着た人達が流れ込んできた。確か……騎士団だっけ。
頭の中から記憶を引っ張りだそうとしていると、騎士団の中に私服の人が二人、紛れ込んでいるのが見えた。というか知り合いだった。
「司さーん!」
「ツカサー!」
……どうやって紛れ込んだの? 何か騎士団の人達もぎょっとしてるし。
「無事だったかツカサ……って学園長!?」
俺の元へ掛けてきた二人は、学園長の姿を見て驚きの声を上げる。俺からしたら騎士団に紛れて来た二人の方が驚きなんだけど。
「どうした? コーチ=クロック」
「いやっ……あの、パン――うッ!?」
おい、コーチ。今『パンツ見せて下さい』って言おうとしただろ。いや、『何で今殴った?』って顔すんな。
「どうして学園長がここへ?」
「た、たまたま近くを通りかかってな……」
腹を抑えるコーチに一切目も向けず、ルーナが学園長に問い掛けると、何故か学園長は目を逸らして答えた。……サボってたのかな。
「演習場の外とか通路に倒れてた危なそうな方々は学園長が?」
「そうだ」
純粋に不思議そうな表情を浮かべて、「学園長でもこんな所に来るんですね」というルーナの質問に、ばつの悪そうな表情を浮かべる学園長は、やや適当気味に言葉を返すと、ルーナの次の質問を遮る様に口を開いた。
「あ、ああそうだツカサ!」
「何ですか?」
「どうしてこんな事になったか聞かせてくれ」
どうやら誤魔化すだけのものとして話を振られた訳では無いらしい。《リアトラの影》の事等、何れにせよ伝えた方が良さそうな事もあるで断る理由も無い。
「わかりました」
俺は頷いて、出来るだけ事細かに、ここで起きた出来事を説明した。
「良く無事だったな……」
「無事で良かったです……」
結果、コーチは呆れ、ルーナは泣きそうな表情を浮かべている。
「……何故そんな無謀な事をした?」
しかし、安堵したような反応を見せた二人とは裏腹に、学園長は静かだが強い口調ではっきりと、責めるような声音でった。
「誰かが殺されるのを、殺されていくのを殺しにしたく無かった……から」
「ならば何故そんなタイミングで動いた? 何れ騎士団がうごく事を考慮していなかったのか?」
「それは……」
「自分の力に過信していたか?」
「そんなこと……」
ない……そう言いたかったけれど、俺にそう言える権利は無かった。学園長の意見は最もだ。
「もし貴様のしたことのせいで被害が広がっていたらどうしたつもりだ? 結局、お前のそれは、正義感から来るものでも何でもない。自分が死にたくなかったから他人を犠牲にする事と何ら変わりない、ただの自分勝手な自己犠牲と自己満足だ」
何も言い返せなかった……唇から血の味がした。
「貴様のような、自分が持っている物がどれだけのものを傷付けるか理解出来ていない者に、魔法を扱う資格は無い」
それは多分、魔術学院の試験は事実上不合格という事なのだろう。
「ちょっ、学園長! いくら何でもそれはやり過ぎじゃねぇのか?」
「ありがとう、コーチ……けど、仕方無いよ」
俺の為に反論してくれたコーチには悪いけれど、学園長の言っている事は全て正論だ。だから反論の余地もなかった。
「ですが……」
「良いんだよルーナ」
ルーナも抗議してくれた。けれど、実際に誰かが死んでからでは遅い。今回は偶々学園長が来てくれたけれど、この先都合良く誰かが来てくれるとは限らない。やっぱりこれ以上、誰かに迷惑を掛けるわけにはいかないのだ。
「……短い間でしたがお世話になりました」
俺は上手く力が入らない体を無理矢理起こして頭を下げる。別に、道が塞がってしまった訳じゃない。確かに遠回りになってしまうのかもしれないけど、諦めなければ、死なない限り、來依菜に近付ける可能性はある。
「……だが」
しかし、学園長は俺の言葉を無視した。いや、してくれた。
「本来学校とは学ぶ所であり未熟な者達が通う所だ! ならばツカサ=ホーリーツリー! 私は未熟な貴様を我が校に招待しよう! そして色々な事を知り、学ぶがいい!」
大袈裟で、尊大な態度だったけれ。
「なあ、ツカサ!」
「ツカサさん!」
「それって……!」
二人の友人の顔は綻んでいく。
「ああ、貴様はこれから王都魔術学院に通え! 我が校は貴様を歓迎しよう!」
それは、塞がったかと思っていた道が開けた証だった。




